第33話 対魔王軍戦⑨ -トカゲの宴会

 「要塞が潰されたってのは、嘘じゃねぇんだろ?」

 

 両隣に女性をはべらせ、部下に質問しつつも片手間でエルフの女の乳房を揉みしだく巨大トカゲ。手の動きに伴い女たちは甘い吐息を漏らす。その正面に規律よく屹立する、同じくトカゲ顔の部下はそれを目の当たりにしても微動だにせず、巨大トカゲの質問に淡々と答える。


 「さっき調査から帰ってきた奴に直接聞いて下さいよ」

 「じゃぁ早く呼んで来いよ」

 「え~。俺がぁ~?」

 「なんだ?あ?お前、俺の今の状況見て理解できてねぇのか?今俺は、女どもの世話で忙しいんだよ。それとも何か?お前が俺の代わりにコイツらを満足させてやれんのかよ?」

 「できますよ。変わってください。てか変われよ。うらやましいんだよ」

 「却下だ。おい、お前、脱いで部屋で寝とけ。後で悦ばしてやる」

 「じゃぁ俺が…」

 「つまらねぇ事言ってねぇで早く呼んで来いよバカタレがぁ!」


 巨大トカゲに叱責された部下は不服そうに一礼して部屋を出る。ため息を一つ漏らすと重たい足取りで廊下を歩く。

 草原の中にポツンと建つ一軒家の割には掃除が行き届いており、窓から陽光を受けた廊下は美しく輝く。それとは裏腹の、女の甘露で刺激的な声が後方から鳴り始める。

 声の方を一瞬振り向いた後、深いため息を吐いたトカゲ男はそのまま裏庭へと向かう。そこには同じくトカゲ顔の者たちがタバコをふかしながらたむろしている。

 

 「ゲコさん、お疲れっす」

 「うい~。お前らもご苦労だったな」

 「とりあえず一杯やりましょ」

 

 ゲコは部下の言葉に短い笑いを添えると、タバコに火を点ける。部下から黒い液体が入ったグラスを受け取る。


 「早く救援に向かわなくていいんすか?」

 

 そう質問しつつも帰ってくる答えが分かっている部下は笑みを隠すことはしない。


 「あのオッサンの性欲が治まるまでは俺たちはタバコを吸って、トレントの汁啜るだけだ。良い仕事じゃねぇか。おい新米、飲め飲め!果てるまで飲め!バカヤロー」

 

 ゲコから茶碗を受けとったトカゲが頂きます!と威勢の良い返事と共に黒い液体を飲み干す。


 「うめぇぇ!!」

 「だろぉ!?オラオラ飲め飲め!今日はもうぶっ潰れるぞ!」


 賢者はその様子を相変わらず透明になった状態で静観する。そして勇者が入っている甕が裏庭に運び込まれてきたのを確認する。


 「どうしよ。どうしよかな。えーっと。どうしよかな。なんか、やっぱ、助けたらなあかんよな。やばいなぁ。なんも考えてなかった。どないしよ。……もうええかな。面倒臭なってきたな。なんかアイツやったらうまいことできそうな気ぃする。うん!なんかそんな気ぃしてきた!」

 

 賢者が強引な開き直りで悩みの種(勇者)を放置しているころ、当の勇者はトレントの汁が満たされた甕の中で息を潜めていた。

 はじめこそ抵抗あったものの、ふと「母親の腹の中にいた時もこんなかんじやったんやろな」と似合わないセリフまで呟くほどには順応している。

 完全に甕の中の住人となった彼はいよいよ居眠りを打つ。トカゲ達に持ち上げられ、転がされても起きる様子は無く、いとも簡単に裏庭へ運び込まれてしまう。

 

 「おぉい!トレントが足りねぇぞぉぉ!もっともってこい!バカヤロー!!」


 泥酔したゲコが赤ら顔で部下を怒鳴りつける。部下は手慣れた様子で「はいはい」と相槌を打つと勇者入りの甕に手を伸ばす。


 「なんか、これだけ重くね?」

 「確かにな。飲みすぎたか?」

 「いや…それにしても…おもてぇけど…」

 「中に金でも入ってたりしてな!」


 2匹のトカゲ顔が必死の形相で甕を荷台から下ろし始める。


 「おい!なにやってんだ!っとに使えねぇなぁ!そんな非力ではリザードマンの名が泣くぞぉ!!馬鹿垂れ!」

  

 ゲコはゲラゲラと笑いながら野次を飛ばす。近くには飲みすぎて突っ伏す者も出始める。

 ようやく甕が荷台から降ろされ、部下の2匹は一旦休息を取る。汗を噴き、鱗が光始める。肩で息をしている部下を遠くから「軟弱ゥ軟弱ゥ!」といびる声が響く。それに耐えかね、また気合を入れて甕に向き直った瞬間、そこにはトレントの汁塗れになった勇者が異臭を放ちながら立ち尽くす。


 「!?」


 トカゲの部下たちは驚くと同時に瞬時に臨戦態勢に入る。一匹が勇者の前に立ちはだかり、一匹はゲコのもとへと急ぐ。しかしさすがリザードマンの精鋭を率いるだけはある。あんなに酩酊していたゲコは一瞬の内に元の顔つきに戻り、勇者を睨みつけている。


 「ゲ、ゲコさん!」

 「わかってる。何者か知らねぇが侵入者だ。しかも人間だぜ。くそったれ。あのエロジジィに伝えてこい。おい、お前らいつまで寝てんだコラ」


 ゲコは机の上で寝転がる部下に拳骨を喰らわせると、自分の口の中に手を突っ込む。胃液と先ほど摂取したトレントの汁を吐きながら、口の中からいびつな形の剣を取り出す。


 「うえぇぇ。気持ちわりぃ。おい!人間!どこから来たか知らねぇが容赦しねぇ。ぶっ殺してやる」

 「やかまっしゃボケ。返り討ちにしたるわ糞トカゲ」

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