第32話 対魔王軍戦⑧ -Infiltrate and exit-

 勇者と賢者は敵の隙を見て物置小屋から移動を開始し、これから戦場であるランゴルへ向けて出発しようとする馬車―といっても荷車を引くのは馬のような奇妙な生物である―を見つける。魔物の言葉は分からないが、荷物を運び入れる様子を見て賢者が確信する。

 賢者は自慢の魔法で自身を透明にする。その様子を勇者は羨ましそうに見つめるも、どうやら透明にできるのは一体までだそうで、勇者は露骨に舌打ちを放つ。賢者はそんな勇者を慰める様に肩を数回叩くと、魔物のいない荷車の一つにそそくさと案内する。

 

「ここに身を潜めておけば多分大丈夫。」

 「ほんまに言うてんの?もっと他にないの?なんなんこのキモイ味噌みたいなん。勘弁してくれや」

 「残念ながら他にお前が入れるようなところは無かった」

 「お前、自分が透明なれるからって横着してるやろ?他人事やと思て。あぁ?くっさいしよぉ。てか、これでバレたら意味ないから」

 「大丈夫や。バレへん」

 「なんでそんなことが言えるねん」

 「こういうのはなんでも心持ちが大事やねん。不安になってる所は負のオーラが蔓延するから察知されやすい。逆にこのキモくて臭い味噌のような何かと同化するぐらいの気概で臨めば、確実にバレることはない」

 「キモくて臭い味噌のような何かと僕は初めましてやねんけど。輪に入れる気がせんねんけど」

 「おいおい。お前ええ歳こいて人見知り発動させてる場合とちゃうやろ?」

 「人ちゃうけどな。味噌やけどな」

 「向こうから歩み寄ってくれるのを待ってたらあかんで?気になる人には自分から歩み寄れよ。それがグルーヴとなるねんから」

 「人やったらな。今、味噌の話やから」

 「もうこれしかここから脱出する方法ないねん。今はクソ味噌塗れかもしれんけど、ここから抜けたらヒーローやで」

 「クソ味噌塗れのヒーローが歓迎されるとは思えんけどな」

 「人は見かけやない。中身で勝負や」

 「うん。人の場合はな。てかサラっとクソ味噌とかいうなよ。そろそろしばくぞ」


 勇者は顔をしかめつつ味噌のような何かに充満されている巨大なかめの中に入る。荷車には勇者の入った甕と同じものが複数積まれている。賢者は一瞬、この味噌のようなものが人体に悪影響を及ばさないか心配になるが、「まぁ大丈夫やろ」と切り替える。賢者は保険と称して、勇者入りの甕に※隠遁の魔術をかける。


※説明しよう!隠遁の魔術とは空気の振動を操作するフィルターを出現させ、気配を暫くの間薄めることができる魔法である!物音や匂い、息遣いなどを敵から察知されにくくするため多くの隠者や工作部隊などが使っているぞ!フィルターはハエの形を模しているが、微量ながら魔力を放出しているため魔力探知などに長けている相手にはバレてしまうこともあるぞ!なにごとも絶対的な力などはこの世にないということですなぁ~!(大賢者スイカバによる魔法図鑑第三巻より抜粋)


 「この魔力を探知されたら終わりやけどな(笑)」


 賢者がからかうように笑いながら、甕を小突く。


 「〇×△※!!」


 勇者がそれに対してなにか返答するも、甕の中であるため声がくぐもり聞き取れない。

 ゴトリと音を立てて荷車が揺れ、徐々に動き出す。賢者は素早く勇者の隠れる荷車から離れ、周囲を取り囲む様に配する魔物達を見渡す。

 荷車は全部で五つ。勇者が隠れてるのは前から三つめである。周囲の魔物は顔がトカゲのような種族であり、仲間と言葉を交わすこともなく淡々と歩を進める。一体一体からとてつもない殺気、覇気を感じるが、賢者は涼しげな表情で後方を見やる。

 最後尾の荷車は他のものと違い、何者かが搭乗しているようだ。賢者は足音を立てないように慎重に近付き、中を観察する。

 中には周囲のトカゲ達よりも大柄で、同じトカゲの頭でありながらも醜悪で、さすがの賢者も身の危険と吐き気を感じる程の雰囲気を纏った魔物が座していた。その魔物はひたすらに先ほどの味噌のような何かを食し、黒い液体を流しこんでは、盛大な噯気げっぷを放つ。その両隣には目が虚ろとなったエルフの女たちが裸同然の服装で巨大なトカゲの体やらを愛撫している。


 「絵に描いたような悪役がおった」


 賢者は笑いをこらえながらボソリと呟く。


 荷車は拠点を出発し、洞窟を通り、開けた場所で休憩を挟みながら順調に進んでいく。途中、賢者の横を血相を変えた魔物が横切り、巨大トカゲに何かを話していたが、巨大トカゲは動じず、ひたすらに味噌のような何かと、黒い液体を貪るだけだった。

 拠点を出発してから1時間程経過した先に、勇者と賢者が転送されたものと同じゲートが見えてくる。ゲートは二つあり、その上に小さく、家と剣の印が刻まれている。


 『絶対剣やろ。セキュリティガバガバなんけ』


 賢者はそう思い、剣の刻まれてあるゲートへ近づいていくが、前方の馬車は家の印の刻まれたゲートへ向かう。


 『え?そっちなん?戦場を意味する剣じゃないの?』


 賢者はしばらく様子を伺う。一番前を走っていた馬車が家の印が刻まれたゲートに消えて行く。


 『え!?ものすごスムーズに行くやん!?こういうのって入る前になんかあるんちゃうの!?そんな淡々と入るもんなん!?』


 賢者が内心驚きながら見つめていると、とうとう勇者の隠れる馬車までもがゲートへ消えて行く。


 『え!?流れ早くない!?こういうのって直前でバレたりとかするんちゃうの!?っていうか家の方なん!?…あ、なるほど。はいはい。そういうことね。要塞=家ね。はいはい。絵心が無いだけの話ね。それはしゃないな』


 賢者が内心関心しながら瞑っていた目を開けると馬車群は全てゲートへ消えて行った後であった。


 『え!?こんな感じで置いてけぼりになるとか、仲間に一人はいるちょっとおバカなムードメーカー的存在の、でもいざという時頼れる存在的なやつやん!?やぁつやん!そういうポジションやん!?…待てよ。ということは。俺だけゲート潜れなくて頭抱えるオチなんちゃうやろか…』


 賢者が恐る恐るゲートに足を踏み入れると、先ほどまでの洞窟とは打って変わり、目の前に大草原が広がる。建造物は木造の家が一棟あるだけで他には何もない殺風景な場所である。しかし時折吹く風が爽やかで心地よい。先ほどまでのおどろおどろしい魔物達の気配に塗れた状況からは打って変わる。賢者はその景色を見渡しながらため息をつく。


 『いや、通れるんかい。いや、剣のほうやったやん。いや、ここどこやねん。』

 

 

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