第30話 対魔王軍戦⑥ -狙撃-

 突然空が赤くなった。


 いつものように私は仲間と監視塔から戦場を見下ろし、他愛もない雑談を交わす。戦況は我が軍優勢、そもそも要塞を占拠した時点で結果は決まったも同然だろう。要塞内にダンジョンも作成し、補給拠点からのルートにも抜かりはない。それでも挑んでくる人間たちに、半ば腹を立てながら、流れ作業のように狙撃する。馬鹿の一つ覚えのように真っすぐに突撃してくる人間の滑稽さを仲間と笑いながら、命ある生物に対する最小限の敬意として、なるだけ一撃で仕留めるよう努める。

 

 そもそもこんな戦争に意味など無い。人間共の侵略を阻止している我々が正義であり、それにも関わらず我々カルニヴォをマモノなどという不快な俗称で侮蔑し、我々の街や土地を強奪するあの野蛮な種族には鉄槌を下さねばならない。歴史を辿ればカルニヴォは勿論、ドワーフやエルフ、それこそ人間ですら理解できるほどに事の発端は単純なのに。

 

 奴らは神や女神を信仰しているようだ。疑うこともせず。本当におめでたい種族だ。神や女神といった存在が正義だと信じて疑わない。我らの姿を獣でもない奇妙なモノに変化させ―それもただの遊び心で―、それに飽くと今度は戦争が見たいがために人間を生み出し、今の今まで泥沼にさせた。

 私たちカルニヴォは平穏な生活を送ってきただけだ。武器など必要とせず、ただひたすらに本能に従って生存してきた。それだけで良かったのだ。今のように何かを思考したり、大規模に協調する必要など全くない。

 私はなぜ獣の顔を備えていながらも、人間と同じような、こんな悪魔のような手足を操らなければならないのだろうか。なぜこんな引き金を引くだけで遠くの生物を屠る悪魔のような道具が傍らにないと落ち着いて眠ることもできなくなったのだろうか。

 

 一体私は何者なのだろう…。

 

 そんな意味のないことを―しかしそんな自分に陶酔しつつも―考えながら休憩所のベッドに横たわる私のもとに部下が駆けてくる。私はゆっくりと枕から頭を上げ、部下の方に振り向く。彼の表情からただ事ではないのだろうと推察する。私は自分の鼓動が早くなるのを感じるが、殊更冷静に対応する。それが正解だったのか、部下は少し落ち着いた様子で、ゆっくりと報告する。

 

 「ラットの兄貴が…討たれました…」


 胸に鉄球でも落ちてきたかのような衝撃が走る。受け止められない一言に不思議と腹が立つ。驚く私の顔を見た部下が咄嗟に顔を伏せる。やめろ。そういう行為がどんどん真実味を深めていくのだ。

 ラットさんは私たちの兄貴的存在だった。非力ではあったものの、彼が放つ啖呵はいつも私たちの心を燃やしてくれた。そんな兄貴の背中にいつも憧れていた。どれだけこちらがヤジっても巧みに返してくれた。大好きな兄貴だった。

 

 「…誰にやられたの?」

 「イカれたクソ野郎ですよ。白鼻の」

 「なんであんな最高にイケてる兄貴が、そんなヨタヨタのジャンキーにやられなきゃなんないのよ。ムカつく。このまま兄貴の顔に泥を塗られっぱなしでいられる程、私たちはシャバくないよ。着いてきな!」


 私は部下を連れ監視塔を昇る。いまだ戦場の方からは阿鼻叫喚が木霊する。意味のない殺し合いに反吐が出る。どうせ人間に勝ち目などないのに。

 監視塔には相棒のアイルダがすでに双眼鏡で観測している。私は煙草を一本部下に要求し、それに火を点けアイルダに手渡す。

 アイルダはパンダのカルニヴォである。大柄であるが、優しい男だ。彼は「気が利くね」と私から煙草を受け取りながら黒模様に潜む瞳を細くさせる。そして染みるように煙を吐き出しながら、私に双眼鏡を手渡す。

 

 「兄貴を殺った奴はあの辺で呆けてやがる。いつでも殺せそうだ、が。あそこ。なんか気味の悪い盾持った人形が囲んでる場所あるだろ?そう、そこだ。そこから馬鹿みてぇな魔力の流れを感じる。お前は鈍感だから分からねぇだろうが、俺には分かるんだよ。ジブ、お前、あそこの中身を撃て。アイツはやばいぞ。下手すると要塞ココが潰されかねん」 


 アイルダの指示した場所は戦場中央付近。ドワーフ族の秘術だろうか、盾を持った泥人形が四方八方を防御するように陣取っている。双眼鏡のツマミをいじり、より詳細に観察する。

 一見、隙が無いように盾が埋め尽くされているようだが、僅かばかりの隙間を見つける。アイルダは先にそれを見つけており、私であればそこを射抜けると踏んだのだろう。

 彼は魔力探知に関しては非常に優秀であるため、あの防壁の中身に潜む魔術師はきわめて危険な存在であるということは疑わない。私は腹を括る。本当であれば今すぐにでも呆けて宙を見つめるだらしない男の額を貫き、絶命させ、親愛なる兄貴の弔いを果たし、雄たけびをあげてやりたいところだ。アイルダも気持ちは同じだろう。しかし、彼は冷静に振舞い、状況を俯瞰する。狙撃手である私の相棒としてこれほど信用できる男は他にいない。

 ライフルを構える。窓枠に合わせて銃身を彩る。早く仕留めるよりも、確実に仕留めることを優先する。「必殺でなければならない」私が師匠から何度も言われた言葉である。無意識に口から零れていたのだろう、アイルダが「よくわかってんじゃねぇか」と茶化してくる。

 アイルダが双眼鏡を除きながら細かく指示する。風の動き、目標までの距離、周囲の戦闘による弾丸への影響などなど…。それらを相槌もせず全て頭に叩き込む。

 わずかな隙間を狙い続ける。一瞬、女の顔が見える。眼帯をつけた、恐ろしい程冷静な目をした女だ。なるほど。こいつは危険だ。

 赤い光が漏れだす。盾と盾の隙間から、針でも飛び出てきたかのように。肩に力が入る。アイルダが私の肩に手を置く。「分かってる」と吐き捨てる様に言う。アイルダは何も返さず、私の肩を二回叩く。

 囲まれていた盾が開ける。その内部から赤い光が一直線に伸びてくる。私たちのいる要塞上空に気味の悪いほどの赤い光が伸びてくる。寒気がする。人間に恐怖など感じたことはなかったのに…。


 そして、突然空が赤くなった。


 反射的に私は引き金を引いた。

 

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