第29話 対魔王軍戦⑤ -魔法発動-

 薬物中毒者のヴァネロが異例の戦果を示し、王国軍側の士気は大幅に上昇する。カラに従軍している多くの兵士や冒険者がこの勢いに乗じて一気に攻略しようと勇むが、エクレアがそれを制止する。カラの魔法が発動間近なのである。


 『ええかカラちゃん。魔法ってのはなイメージや。カラちゃんは炎メラメラ系やから、もっと頭の中でそういうのをイメージするねん。例えば、そやな…。ゴルゴ松本とかな。命!のイメージが強いと思うけど、炎!っていう、レッド吉田との合体技もある。あれはとびきり良いと思う。え?知らん?マジかぁ…。それやったらマオやな。中華一番の。アイツは料理の為やったら船まで燃やすから。そうとうイカれてるから。それぐらいのインパクトを持ってないとビッグバンアタックは発動できへんから。え?知らんの?いや、じゃぁ逆に何知ってんの?え?技名ビックバンアタックじゃないの?いや、じゃぁもう完全に興味ないわ』


 詠唱も佳境に入ったところにカラの脳裏にふと、賢者との会話が想起される。懐古の情と同時に、つくづく変わり者であったなと再認する。賢者の言っていた内容はほとんどが理解できなかったが、魔法発動時にその対象のイメージを想起するというのは古くから伝えられていた内容であった。

 カラは幼い頃に両親を亡くし、師匠であるムーチョに拾われ、育てられた。両親を屠った魔物に襲われ隻眼となった彼女はなかなか人に心を開くことはなかった―それは彼女の心境を想像すれば容易いことであるだろう―。しかし、なぜかムーチョはすぐに打ち解けることができた。カラはハゲが好きだった。

 ムーチョと過ごす中で、徐々に魔法へ興味を持つのは至極当然のことだった。カラはムーチョの反対をなんとか説得し弟子にしてもらった。恩人への恩返しがしたい、何か力になりたい、今までの弱者だった自分と決別したい、そういう想いが彼女を幾度となく立ち直らせ、厳しい修練を乗り越えさせた。

 ある日、がむしゃらになって読み耽った書物の中に、【脳裏に目標とする現象に類似もしくは連結する事柄を想起することで魔導は強力なものになる】という一文を見つけた。それは大賢者スイカバの記した有名な一文であった。

 カラはムーチョにその感覚についてを問うたが、ムーチョは悔しそうな表情と共に「全く分からない」と返答した。カラはその表情と声色だけで、とてつもない経験が含有されていることを理解し、二度と言うまいと誓った。


 「カラ!なんかいらんこと考えてない!?早くしてよ!これ以上時間、稼げないよ!あの薬中は副反応で今んとこ使いモンにならないし!」


 ムーチョは冒険者で稼ぐのに必要な魔法さえあれば十分だ、と考える男だった。進んで魔導書を読むこともなければ、研究にいそしむこともない。しかしカラはいつも不思議に思っていた。それならどうして師匠の部屋には無数の書物があるのだろう、と。

 ムーチョは自身のことをあまり語らず、大体はカラが話していることが多かった。彼はカラの話に優しく頷き、良き間で相槌を打ち、そして優しく微笑む。いつしかそんな彼に惹かれ始めている自分に気が付いた。


 『え?俺の部屋の本?あぁ…。昔の名残だよ。そうだな、お前にはまだ話したことなかったな…。いや、恥ずかしい話なんだがな、俺、死者を復活させようとしていた時期があったんだよ。あ!勿論今は諦めてるぞ?なにより禁忌だしな。…。おかしくなってたんだ。恋人だったんだ。病気でな。ちょっとヌけてるやつでな。毒キノコを食っちまって。笑えるだろう?今時なんだよその死にざま。俺もそう思ったよ。なんだそれ、って。納得できるかって。だから、あの時は狂ったように書物や文献を読み漁っては、研究してたな。飯も食わずに。何度倒れたことか。だからハゲてるのかもな…。スイカバの言葉を頼りに何度も頭に彼女の顔や、彼女との思い出を巡らせたさ。苦しかったが、必死だった』


 カラの詠唱が終わる。カラの周囲には赤い文字が円状に羅列されており、それらは時折日光を受けて美しく反射する。カラが深く一息吐くと、周囲の文字がゆっくりと回り始める。カラが杖を一つ地面に打つ。微かな砂塵が舞う。周囲の文字の回転速度が速くなる。また杖を打つ。また文字が早くなる。また打つ。どんどん速度が上がっていく。ついにはカラの周囲の文字は赤い円となる。

 カラは瞑ってた目を見開くと、杖を要塞に向ける。杖の先端に赤い球体の光が光りだす。


 「イン・フレイムス」


 杖の先端の光が要塞上空に一直線に伸びる。すると要塞上空が徐々に赤く染まっていく。エクレアやマガリはその光景に雄たけびを上げると同時に迫撃砲を起動させ追い打ちをかける。従属する冒険者や兵士達も絶句しつつも笑みを浮かべる。

 上空から巨大な火柱が要塞を貫く。堅牢な要塞がいとも簡単に崩れていく。戦場を見下ろしながら余裕の表情と共に油断していた魔物達が業火に崩れる。爛れる。阿鼻叫喚で埋め尽くされる。その声を聞き、人間たちは溢れんばかりの鬨を上げる。


 「きっちりやるときはやる!さすが私が見込んだ女だ…。え?」


 エクレアがカラの方へ歓喜と共に振り向く。格好つけて鼻で一つ笑い、照れ隠しするカラがそこにいるはずだった。そうでなくとも、息も絶え絶えになっても平静を装って、しかしそれを見抜かれて笑われる彼女の姿があるはずだった。


 「カラぁァァァァァァアアアア!!!!」


 そこにあったのは腹に風穴を空けたカラの無残な姿だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る