第27話 対魔王軍戦③ -不良鼠と薬中-

 身の丈よりも大きい杖―ムーチョが作った代物である―を肩に担ぎながらカラが馬を駆ける。その後ろではエクレアが馬上で弓を構え、適宜近づいてくる魔物を淡々と処理していく。ヴァネロは薬物の影響で終始悪魔のような笑い声を響かせながら、巨大なマサカリを振り回す。彼は馬をとっくに失い、手ごろな魔物の上に跨っている。マガリは岩の巨人を召喚し、その肩に座し、眼下を駆ける三人の動きに満足しながら要塞へと目を向ける。

 飛竜部隊少数がカラたちの進軍に合わせて出撃し、上空から攻撃を仕掛ける。しかし敵軍の投石や投げ槍、魔法による抵抗は激しく、あっという間に飛竜部隊は半分以下に減ってしまう。マガリはそれすらも想定内といった様子で、堪らず撤退していく飛竜部隊に手を振る。

 いつの間にかカラ達の後ろには50名程の兵士や冒険者たちが追従しており、もはや一個中隊となったソレらは戦場中央付近までを徐々に進軍していく。皆、先ほどまでの陰鬱な表情とは打って変わり鋭く、且つ活力のある光を瞳に宿している。

 マガリは後方をゆっくりと進みながら要塞に構える魔王軍の動きを観察する。門の上から狙撃していた部隊がエクレアの弓を受け息絶えていく。「そろそろか?」マガリは腰に巻いたベルトから砂の入った瓶を取り出すと、呪文を発しながら地上へ落下させる。瓶が小気味良い音と共に割れると、砂が生きてるかのように奇妙に独りでに波打ちだし、巨大な岩の盾を備えた人形のようなものに成形されると、颯爽とカラの方へ向かう。

 

 「調子に乗ってんじゃねエぞ!クソガキどもがぁぁア!!」


 突如、要塞の方から雷のような怒声が聴こえてくる。同時に要塞の門が開き、そこから炎を纏い、皮膚が爛れた巨大なネズミに跨った兵士が現れる。その男は身体こそ人間であるが、頭にはネズミの耳を備え、両目は潰れているのか閉眼したままである。ミミズのような長い尻尾を振りかざし、器用に槍を巻き付けている。両手には小剣を持ち、自身たっぷりの様子で眼前のカラ達の前に立ち塞がる。

 一方、カラはマガリの岩壁の到着と共に、一旦後方へ下がり、魔法発動への準備に取り掛かる。おそらく強敵であろう魔物の登場にも決して怯むことなく、またその者の挑発に少しの情動も起こさず、必死の形相で詠唱を始める。エクレアはカラと敵将を交互に捉えながら一筋の汗を流す。

 

 「空気が変わった。恐らくネームドだ」

 

 エクレアは静かに告げる。カラは詠唱しながらその言葉に素早く頷く。それを確認したエクレアはより一層力を込めて弓を引く。小刻みに震える両肢を落ち着かせるように、敵将にじっと狙いを定め続ける。ゆっくり息を吐き、一瞬間止める。

 

 射る。

 

 甲高い風切り音と共に、まるで暴風に弄ばれる礫の如く勢いで、ネズミの魔物目掛けて一直線に矢が走る。その速度は衰えることを知らず、むしろ対象に近付くにつれてどんどん速度も力も増していくようである。

 見事、矢は敵の額を貫く。即死。そう思われたが、魔物は額に風穴を空けたまま、血を流しながらも悠々と構え、火だるまのネズミの上で叫び続ける。


 「痛っっっ…………ッてぇぇェェエじゃねぇぇかこのクソボケがぁぁア亜!!!」

 「え!?あいつ!うそ!狂ってるって!なんで!?」


 エクレアが驚く。すぐさま次の射出にかかる。すると、その隣をヴァネロが駆けていく。とんでもない速さで魔物を駆る。いつの間にそこまで手懐けたのか、マガリはそんなことをぼんやりと思いながら敵将のネズミの魔物を凝視する。


 「ネズミがでしゃばんな!ドブに帰れ!変態!」

 「なんじゃお前はぁぁア!死にたいんかぁぁア唖!」


 ヴァネロが飛び上がり、その勢いのままマサカリで首を跳ねに行く。ネズミの魔物はそれを十字に交叉させた二刀で受け止める。辺りに耳がこそばくなるような強烈な金属音が響き渡る。火花が散る。

 魔物はヴァネロの速さと腕力に気圧され、眉間に皺を寄せる。一方のヴァネロは薬物の摂取過多により鼻水は垂れているは、口の中は唾液が泡の様に溢れているはで見てられない表情である。


 「ハム!!ハムを焼く!そこに終ぞ心理があるはず!あるはずだから!!」

 「お前は何を言うとるんじゃぁぁア阿!??」

 「ウワォォォオオオ!!エーテルキメてぇぇぇぇ!!!!!」


 ヴァネロは気味の悪い声で喚き散らしながら頭を左右に振りかざす。


 「あ!切れた!薬切れてる!」

 

 エクレアが指をさしながら叫ぶ。カラは少し笑いそうになるのを我慢する。


 「フォォォ!!気持ちいぃ!ここからが一番気持ちいぃんだからぁぁ!!」


 ヴァネロは半ば高揚するような様子で魔物との戦闘を続ける。対する魔物は完全に目の前の薬物中毒者の様相に飲まれてしまっている。先ほどまでの威勢の良い啖呵は鳴りを潜め、ただひたすらにマサカリの斬撃を防ぐので精一杯である。


 「海は青い!空すらも!けれど血は赤い!果てしなく!それこそが美!フォォォォォォ!!俺と繋がってくれぇぇ!!お前のケツをこっちに向けろ!!」

 「た、助けてくれぇ!怖い!コイツすっごい怖い!!」


 魔物がついに怯んだ際に生まれた一瞬の隙をヴァネロは見逃さず、あっという間に首を跳ね飛ばす。一直線に伸びる流血を顔に浴びながら、ヴァネロはご満悦した様子である。そして逃げていく火のネズミもついでのように屠ると、その死体の隣でまた白い粉を吸引する。


 「やったぁぁぁ!!!

ケッシュ(この世界での薬物の俗称。ケッシの花を乾燥させた物を粉末状に砕いて鼻腔や口腔より吸引する。一時的に高揚感や闘争本能を刺激し、普段よりも好戦的になり、気分も良くなる。薬効が切れると強烈な不安感に襲われ、常用すると発話もたどたどしくなる。)

さいこぉぉぉ!!!」 



 

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