第26話 対魔王軍戦② -消沈と薬中-

 戦況は未だロアンヌ率いる王国軍が攻めあぐね、魔王軍が堂々と陣を構える要塞へはなかなか辿り着けない。戦いの経過とともに王国軍の士気は低下する一方であり、開幕時とは異なる陰鬱な雰囲気を纏う。何かキッカケが欲しい。誰もがそう望む。しかし、自身が矢面に立つのはとてもじゃないが勇気が出ない。そんな重く、弱気で苦しい時間が続く。勇んでいた仲間が四肢を繋げたまま帰還することなく、聞くだけでも痛々しくなるほどの断末魔と共に運ばれてくるばかり。その度に一人、二人と生気を薄める。騎士団の面々が鼓舞しようにも、こればかりはどうにもならない。言葉を心へ響かせるまでの余裕などとてもじゃないがありはしない。耳から耳へと貫くが如く、騎士の叱咤激励に応える者は少ない。


 「私が行く」


 冒険者のカラが乾燥したパンをガリガリと音を立てて齧りつつ強く呟く。彼女の周りには彼女の盟友であるエルフのカトレアと、同じくエルフのヴァネロ、そしてドワーフのマガリが居座る。それらの面々は彼女の突然の意思表示に言葉を詰まらせるが、すぐさま笑みを溢す。


 「あんたが行くなら私も行く。あんたを見殺しになんかしたらムーチョのおじさんや、ビスケトの兄貴に顔向けできないよ」

 「カ、カトレアさんの、言う通りだ、だよ!ぼ、僕も!着いて行く!」

 「えー。皆行くんですかい?えー。怖いなぁ。でも、ワシも稼がないとカミさんに怒られるからなぁ…。ちょっと準備していいですかい?新兵器があるんですよ」


 カラも仲間たちの言葉に小さな笑みを溢す。ムーチョから貰った首飾りを握りしめ、何かを呟く。その後、皆の方に向きなおし、作戦について話し始める。中央で燃え続ける焚火の光に全員が吸い寄せられるように近付く。


 「私の魔法は威力も範囲もでかいが、その分発動までに10分程かかる。しかし、この人数で私の魔法発動までを援護してもらうようなことは頼むつもりはない。マガリさんの兵器はどのようなものだ?それによって方針を考える」

 「カラ、あんた全くの無計画だったのね。ほんと肝っ玉だけは一人前だね」

 「ワシの兵器は岩の巨人と、投石機、迫撃砲、それとうってつけのだと、岩壁っていう新人もありますぜ」

 「が、岩壁って、そ、その、どどど、どんな魔法なんですか!?」

 「小僧、ドワーフ族の秘儀を魔法と称するのは危険だぜ。次はねぇぞ」


 マガリがヴァネロを睨みつける。ヴァネロは蛇にでも睨まれたように萎縮する。手には小袋を持っており、そこから耳かきのような棒でなにかを掻きだしている。ヴァネロは「すいません…」と小さく力なく謝罪しながら、自身の前に置いてある小さな机に小袋の中身を出す。それは白い粉である。ヴァネロはそれらを一つの山にすると、棒を巧みに使って、一直線にする。そうするとヴァネロは懐から紙切れを取り出すと、舌なめずりをしながらそれを円柱状に巻いていく。そしてそれを滑らかな動作で鼻腔につけ、片方の鼻を指で閉鎖すると同時に、先ほどの白い直線を一気に吸引する。


 「…ッフォォォォォォオオオ!!!!」


 吸引し、おもむろに顔を上げながらヴァネロは雄たけびを上げる。負傷した兵や、次の出撃に怯える兵達はその声に驚き、一斉にヴァネロの方を振り向く。当のヴァネロは先ほどのおどおどした様子なく、瞳孔を開かせた異様な表情でしっかり立っている。


 「こいつ!なんか吸ったぞ!」


 あまりに素早く、流れるような手つきだったため隣にいたマガリもヴァネロが雄たけびを上げるまでは気付かなかったようだ。ヴァネロの急な変容に驚き、尻もちを打つ。カラとエクレアも今回の戦場で初めてヴァネロと出会ったため彼が違法な薬物を吸引するような―彼の普段の挙動不審な態度、どもるような不安気な話しぶりから誰がそう想像できただろうか―人間だとは知らなかった。二人は絶句しつつも半ば呆れた様子で笑う。


 「どこにでもいるんだな…ビスケトのような奴は」

 「なんか、少し安心してる自分がいる」


 マガリは未だヴァネロの豹変ように驚愕し続けるが、カラとエクレアはすっかり冷静さを取り戻し、なんならこちらを凝視する兵士達を焚きつけるような檄を飛ばし、騎士団達ができなかった鼓舞を成し遂げ、その場の笑いをもかっさらった。


 「どこでそんなジョーク覚えたのよ?」


 エクレアが自身の弓を丁寧に手入れしながらカラに尋ねる。


 「噂の馬鹿二人」


 二人は笑い合う。

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