第25話 対魔王軍戦① -劣勢と遭難-

 風切り音と共に鉄球が真っすぐに飛んでくる。それを間一髪で避ける小柄なドラゴンに跨る兵士。額に汗が滲む。ベルリ王国の紋章が誇らしげに刺繍されていたであろう鐙は戦を経て擦れている。鉄球を避けたドラゴンに左右から同じくドラゴンに跨った兵士たちが集まってくる。


 『密集して飛ぶな!散らばれ!狙われるぞ!』


 リーダー格の男が首元にかけられた丸い石に向かって咆哮する。それはリュオリテと呼ばれる魔石で、同じくリュオリテを所持する者と遠隔で会話できるドワーフ族の逸品である。


 『隊長!あのデカブツの投石、半端ねぇっす!避けるのに必死で近付くなんてできねぇ!』

 『今は避けることに徹しろ!無駄なことを考えるな!』

 『そうだぞケイク!第一お前に一番槍を期待してる奴なんて一人もいねぇんだから!』

 『ッチ!今に見てろよバカタレ共が!お!右側のデカブツが弾切れだ!隊長!アナができたぜ!あそこから切り崩そう!』


 ケイクが嬉々としてリュオリテ伝いで問いかけるが、隊長からの返答はない。ケイクは何度も繰り返し呼びかけ続ける。敵陣の次弾装填が終了したことを確認し、舌打ちを打ち、隊長に対する悪口を小声で愚痴りながら旋回した際、隊長の乗る青いドラゴンが血を撒き散らしながら落下していくのを目撃する。

 

 「嘘だろ!?」


 ケイクはその光景により瞬間、硬直する。相棒のドラゴンが機転を利かし飛んでくる石を回避する。その先に放たれた禍々しい程に燃え盛る火弾も間一髪で回避する。ケイクはドラゴンの首筋を軽く叩き、冷静さを取り戻し、落下していくドラゴンに向けて空を駆ける。

 

 『ケイク!!』


 ケイクの首にかかったリュオリテから仲間の悲痛な叫びが聞こえる。その瞬間、ケイクは投石により粉々になる。先程まで感じていた重さを失ったドラゴンは痛々しい咆哮を上げると、要塞へむかって火を放つ。石を運んでいた魔物がその火を受け、悶える様に死んでいく。それに激昂した魔物がドラゴンへ向かって槍を投げる。ドラゴンはそれを首に食らう。諦めるような表情と共に落下していく。ドラゴンが勢いよく地上にぶつかる。青と赤のドラゴンが絡まるように息絶え、その近くにはリュオリテを握りしめた手だけが残っている。




―――――――――。





 「姐さん、地上も空中もしっかり対応されていて要塞に近付くことさえできない。これ以上は兵を無駄に死なせるだけだ。相手の兵糧が尽きるのを待つ方が良いんじゃないか?」

 

 丘の上に築かれた騎士団の拠点。険しい顔で戦場と、地図とを睨みつけるロアンヌにグンテが声をかける。しかしロアンヌはそれに返答せず、じっと地図を見つめ続ける。


 「私に考えがあるんですが、聞いていただけます?」


 桃色の髪を首元で切り揃え、襟足を少し外にハネさせた小柄な少女が二人の間を潜り抜ける。美しく大きな瞳は自信と、企みを表す。

 

 「…。コアラか。言ってみろ」

 「前回のダンジョン、あれって本当にあれで終わりだったんですかね?」

 「あ?何が言いてぇんだよ」

 「確かに我々でヴィソンなる魔物は倒しましたが、私はどうもまだ納得できないんですよ。そもそもダンジョンというものが何なのか、それは全く理解できていないんですけど…けれど可笑しなことが盛りだくさんでしたよね?ネームドである魔物が脱走兵だったり、近辺の村から奪った家畜を食らった痕跡がなかったり…」

 「アイツが脱走兵なのかどうかは怪しいとは思うが…。だが、ロッテがあの後ダンジョンを隈なく調査したが、どこかへ続くような道は無かった。そうだろう?」


 グンテが拠点の隅で、自分の靴の臭いを嗅いで爆笑している男に声をかける。ロッテと呼ばれた男は靴を適当に放り投げると、裸足のままグンテ達の方へ近づいてくる。


 「なんすか?あ、食べれるキノコの話?」

 「ダンジョンの話だ馬鹿野郎。ちゃんと聞いてろ」


 ロッテがグンテから拳骨を食らう。コアラはその様子を見てため息を吐く。ロアンヌは表情変えず地図を見つめ続けている。


 「イテェ…。ダンジョンね。はいはい。いや、この前言った通りですよ。魔物もいないし、魔力も感じない。隠し通路みたいなものも無かったし。あ、羊と三本線はなんかブツブツ言ってましたけど。まぁよく分かんなかったし。とりあえず空っぽですよ。防空壕かっつうぐらいただの洞穴」

 「羊と三本線のお二人はどちらに?」


 コアラの問いかけにロッテは急に真面目な顔つきになると、しばらく熟考する。


 「…。そういえばダンジョン出てから会ってないかも…」

 「なに!?」

 


 「飯はマズいし、異形の者がウジャウジャおる。なるほど。ここがいわゆる魔界というやつなんちゃうけ?」

 「いや、外出たいわ」

 「せやんな。俺は透明なれるからな。その辺歩けるからな。お前無理やもんな」

 「透明なれるんズルいわ。そんなんお前できたっけ?」

 「昔さ、駄菓子でさ、青とかピンクのさ、四角いおもちみたいなんなかった?爪楊枝刺して食べるやつ」

 「もちもち君な」

 「いやちゃう。フルーツなんとかみたいなやつ」

 「一緒やねん。名前ちゃうだけや。ほんでそれが何やねん」

 「あれを爪楊枝で一気に六個とか串刺しにしてさ、一気食いみたいなん俺してたんよな」

 「やってるやつおったなぁ。アホや思てたわ。勿体ない」

 「あれしたらできるようになってん」

 「…しといたら良かった…」

 

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