第24話 酒の席②

 「お待たせしました。ご注文のツェルニッシュと、イスヴァインです」

 「待ってました!」


 チェルシーが慣れた様子で両手に大皿を持ってテーブルに運んでくる。食欲をそそる匂いが漂う。揚げたての牛肉は未だ爆ぜるような音を立て、香草と共に煮込まれた豚肉は振動を受け柔軟に震える。

 それらに今から舌鼓を打とうとしているのが、ベルリのギルド【ウォートルス・コンドル】のオーナーであるベッコウと、彼に強引に連れてこられた冒険者のキッポと、ババロウワ、そしてギルドの受付嬢のスフレである。


 「さぁ、皆食べてくれ!」


 ベッコウは快活な笑い声と共に料理を皆に薦める。もうかなりの飲酒を重ねている様子だ。


 「ベッコウさん、俺はな、まだあいつ等2人を認めたわけじゃないんら!」


 隣に座るキッポはすっかり酩酊しており、呂律が回らない。紅潮させた顔を激しく揺らしながらベッコウに絡む。


 「キッポがここまで酔うなんて珍しいわね」

 「ババロウワさんは全然酔わないですよね」

 「この程度の酒では全然ね」

 「カッコいいっすわ~。私もババロウワさんみたいなカッコいい女に憧れます」

 「スフレは可愛く、あざとく、賢い女になって玉の輿を見つけなさい」

 「…。ほんとどっかにいないっすかね?いい男。今の仕事してても出会う男は皆ゴリゴリの筋肉ダルマばっかりですもん」

 「三本線は遠慮してよ。私のだから」

 「…。ババロウワさんの男の趣味、相変わらず最悪っすね」

 「あの男の良さが分からないようじゃ、貴方もまだまだ幸せは掴めそうにないわね」


 ババロウワは話しながら巻き上げた煙草に火を点ける。三本線同様に人差し指から火を生み出す。その所作を見たスフレは舌を出し、「やだやだ」と首を振る。


 「ベッコウさん!俺は!やっぱり戦に出るぞ!!」

 「お!キッポ!そうか!やめておけ!」

 「なんでだよ!俺はまだまだいけるぜ!この前は討ち漏らしたかもしれないけど!いいや!そんなことはないと思う!討ち漏らしたのはババロウワが悪いんだ!アイツが確認してなかったのが悪いんだと思う!強く!わたくしは!強くそう思うのであります!!うおぉぉ!!」

 「キッポ!糞みたいな酔い方してるな!迷惑だ!チェルシー!オカワリをくれ!!」

 「ちょっとぉ…オーナー、まだ飲むんですかぁ?私もうそろそろ帰りたいんですけど…」

 「この後エトンにいくわよ?スフレもご一緒しなさいよ。聞けば、城の人間が何人か出入りしてるとかって…」

 「行きましょう!玉の輿ですね!」

 

 四人が賑わうテーブルにチェルシーが薬草チューハイを二杯持ってくる。ベッコウはそれにご機嫌な様子で感謝し、キッポは「こんなもん水ですよ!」と強がりをみせている。ババロウワは追加でワインを頼み、スフレも食後のデザートを注文する。チェルシーが紙切れにそれらをメモしていると違うテーブルから声がかかる。チェルシーはそれに返事をするとベッコウ達に一礼し、声の方へと向かう。

 ベッコウはガシャガシャと音を立ててジョッキを傾ける。薬草チューハイをのど越しで感じる。思わず声が漏れる。キッポもそれに続こうとするが、数口飲むと顔色が悪くなる。嘔気にたまらず立ち上がるとババロウワが肩を貸しトイレの方へ移動していく。スフレはその様子を呆れた様子で見守りながら先ほど来た塩漬け豚を一口食べる。


 「オーナー、私は正直、羊と三本線は出すべきではなかったと思うんですよね」

 「ほんとにどいつもこいつもあの二人の話ばかりするな」

 「いや…だって…。正直凄かったし…」

 「確かにな。というよりアイツらはバケモノだよ。オークをたったの二人で、それも15分程度で始末するんだからな。どういう経験を積んできたのかは知らんが…。とにかく規格外だ」

 「だからこそですよ。あんな逸材もう出てこないですよ?あの二人のおかげでウチだってそれなりに有名になってきたのに…」

 「だからこそだよ。そんな二人を一つの場所に縛っておくのは大きな間違いだ。俺はアイツらなら魔王だって倒せると信じている」

 「…オーナー。飲みすぎですよ」

 「なぜ信じられない?お前だってアイツらの実力を知っているだろう!興奮した様子で何度俺の部屋に駆け込んできた?仕事が楽しくなってきました!と息も絶え絶えになって言ってたのはなんだったんだ?」

 「い、いや…それは…」

 「魔王は絶対に倒せない。それを覆すような存在が現れたんだよ。アイツらきっと女神様が召喚してくれた救世主なんだよ」

 「女神様って…」

 「俺は本気で信じてるんだ。馬鹿にされたって構うもんか。アイツらなら絶対やってくれるぜ!」

 「絡み酒よりも鬱陶しいかも…」


 フランの酒場の一日がまた終わりを告げる。「今日は忙しかったわね」と額の汗を拭いながらフランが嬉しそうな表情をする。チェルシーはそれに返事もせずカウンターに突っ伏している。その隣にはベルリの街で鑑定屋を営んでいるカネロクが焼酎を静かに嗜む。


 「カネロクさんがウチに来るなんて。今日は珍客が多い日だわ」

 「たまには外で飲みてぇ日もある」

 「ローストビーフ、好評だったわよ。ありがとね」

 「もう少し手を加えた方が良いがな」

 「カネロクさんの方は最近順調?」

 「仕事はな。ただ、刺激は無くなった」

 「やっぱりあの二人か…」

 「…」

 「ねぇ?やっぱりあの二人は凄かったの?私は冒険者とかよく分かんないからそこんとこピンとこなくて。飲みに来た時はずっと二人で馬鹿みたいな話しかしてないし…」

 「俺は鑑定をしてもう50年になるが、ここ最近程まで胸が躍ったことは正直無かったよ」

 「そうなんだ」

 「あぁ。平然とキチガイみたいなブツを持ってきやがる。コッチが驚こうが、弟子が慌てふためこうがお構いなしで煙草吹かしてやがる。俺はなフラン、アイツらに心から惚れちまったんだよ」

 「男として、ってやつですか?」

 「そうだ。アイツら、俺らに何にも言わずに行っちまいやがった。寂しいもんさ」

 「こんなカネロクさんが見れるなんて。私も二人に感謝しなきゃね」

 「茶化してんじゃねぇよ。お前だって幾度か世話になってるだろうがよ」

 「…うん。そうね」

 「お前の親父さんの恩人なんだろ?」

 「でも、私がそう言っても茶化されて終わるんだもん」

 「アイツらがまた戻ってくると思ってんのか?」

 「思ってないわよ。もう戻ってこないわよ」

 「じゃぁ、いつまでその焼酎キープしてるつもりだい?ジンコウなんて癖のある酒、アイツらしか飲まねぇだろうがよ」

 「…」

 「一杯くれよ」

 「え?」

 「俺も飲んだことねぇんだよ。ジンコウ、ロックで」

 「…うん」


 フランはジンコウと呼ばれる焼酎の栓を開ける。独特の風味が漂い、懐かしさを感じる。フランはそれを氷の入ったグラスに静かに注ぐ。茶色い液体がグラスを覆っていく。

 カネロクはそれを受け取ると少し躊躇しつつも少し口に含む。癖のある風味と味に思わず下を出す。一瞬でカネロクの顔が紅潮する。


 「ゲェ!こんなマズい酒もう捨てちまえ!」


 フランの笑い声が響き渡る。チェルシーは寝言を打つ。

 羊と三本線がよく居座っていた二人掛けのテーブル席。酒場でも一番奥の、陰に隠れた場所。酒場の人間はいつも二人が来ていることが分かっていても気安く声をかけることがなかなかできず。けれども聞き耳だけは立ててしまう。そんな二人が腰掛けたその場所は今はもう誰も座ることができない。しかしそのテーブルには寄せ書きのように彼ら二人への感謝の言葉が記されている。フランは目尻の涙を拭き取りながらその席を見やる。そしてカネロクに気取られないように軽く一礼する。

 ベルリを救ってくれてありがとう、と。



 「…どう?」

 「めっちゃマズい」

 「せやろ?これで銅貨5枚やで?ぼったくりちゃう?」

 「いやまず、見た目からしてマズさを前面に出してるやん。なんでコレを買うん?どういう感覚で日々を生きてんの?」

 「賢者としての直感…てやつやな」

 「脳味噌、粘土でできてんの?」

 「でもほのかな旨味、感じへん?よく噛んだらちょっと甘味あるやろ?」

 「こんなもん咀嚼したないねん。ウェ…口の中気持ち悪いわ…吐きそう」

 「吐いたら負けやで!精神力!精神力やで!」

 「コレを嬉々として買ってきてる時点でお前の負けは確定しとんねんコラ」

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