第22話 ストラブル大聖堂

 羊と三本線により半ば懐柔された気もするが、私は手練れの部下二名を彼らに同行させることにした。グンテは最後まで反対し続けていたが、今は少しでも兵力が欲しい立場であることを説明し、渋々承諾してくれた。彼と初めて会った時、彼は十二名の男女の生首を部屋に飾り、それを見て陶酔するような変態だった。今では真面目な男に更生したが、たまにその光景が脳裏に過り、人間変われば変わるもんだなと感心することがある。

 羊と三本線が我々に見返りとしてストラブル大聖堂や冒険者ギルド、魔術学院を案内してくれることとなった。彼らはこの街にかなり馴染んでいる様子だ。街を闊歩すると多くの者達から声をかけられている。しかし、私に対しては、ストラブル大聖堂の司教による影響のためか、捻じれた感情を抱いた者が多いようだ。首都の人間がデカい顔して歩くな、と言わんばかりの顔で牽制される。


 「お前たちもこの街に来てまだ日が浅いのだろう?随分打ち解けているように見えるが…」

 「お前昨日俺のパンツ穿いたやろ?」

 「誰がお前のきったないパンツやこと穿くねん」

 「失礼なやっちゃな。めちゃくちゃ綺麗やから。いや、一枚減っとるから」

 

 私の質問は驚くほど華麗に無視された。時折、彼らと同行していると、自身が王国騎士団長であり、巷から【血鬼姫】と恐れられている身分を忘れそうになる―自分で言うのも恥ずかしい程にセンスの悪い二つ名であると思う―。拠点で彼等二人に出会った時はあまりの態度の悪さと、喫煙量の多さに殺してやろうと思っていたが、今は不思議と彼らの纏うこの独特の緩い雰囲気が気に入りつつある。また、そんな自分に自身がまだ追いついていない奇妙な感覚すら覚える。


 「ロアちゃんなんか言うた?」


 羊が私に尋ねてくる。相変わらずの無気力な表情に魔王軍の事など失念してしまいそうになる。


 「いや、別になんでもない。それよりパンツの行方は分かったのか?」

 「いや、分からへん。俺はコイツが穿いてたんや思うねん。絶対に。絶対にやねん。それは譲られへんねん」

 「頑固さ出すとこまちごてんねん」


 私たち三人が軽口を回していると、いつの間にかストラブル大聖堂に到着している。ストラブルへは何度か来たことはあったが、実際に訪れるのは初めてである。見上げる程の巨大且つ荘厳な建物に思わず息を呑む。さすがストラブルの象徴である。緊張とは少し違う、気持ちが高揚するような気分にさせる。歴史ある建物の屋根に複数羽の鳥が羽を休めている。定時になると美しい音色を響かせる巨大な鐘は今はじっとその時を待っているように見える。

 目線を落とすと、修道者の若者が周りを掃除している。羊と三本線は彼らに気安く声をかけている。「知り合いなのか?」と尋ねると「知らん」と言われた。彼ら二人の感覚が私にはまだ理解できない。

 

 「ジジィ、起きとるけ?」

 

 大聖堂に入るやいなや、二人を怪しむ者などおらず、二人はどんどん奥へと進んでいく。まるで自分の家かのような騒々しい足取りに呆気にとられる。私は周囲を警戒しつつそれに着いていく。すれ違う修道者や神官が会釈する。ふてぶてしい態度で進む彼らはそれらにたまに手を上げて返す時もあれば、何もしない時もある。

 徐々に灯が絞れていき、人気もなくなってくる。どうやら関係者でしか入れないような神聖な区域だと思われるが、依然として二人は堂々と進む。彼等の背中を頼もしくも、不安げに見つめていると、突然ある部屋の前で足を止め、ドアをノックする。ジジィと呼ばれた男がそれに呼応し、少しドアが開く。隙間から見覚えのある、しかし覚えある神聖さは鳴りを潜めた男の顔が出てくる。


 「なんじゃコラ。勝手に入ってくんじゃねぇよ」


 司教コニャックだ。ストラブルを統治しており、神の代弁者などと称される男である。我々のようなベルリの人間がストラブルで粋がれないのは王ですら恐縮するほどの彼のカリスマ性と、優れた統制力、流麗で柔和な演説により市民からの熱い信頼を得ていることが関係している。ストラブルの市民は自らを神聖な存在と疑わず、その自信はこの男によりもたらされている。

 私は咄嗟にその場で膝を付き、頭を下げる。無礼が原因で戦争になりかねない。


 「?ロアちゃんどしたん?」

 「普通はこうするの!お前らがおかしいの!ったく、何の用だよ?」

 「この人、ベルリの騎士団やねん。俺らも世話になるからちょっとうまいこと面倒みたってくれへんけ?」

 「ベルリの?…。あぁ、なるほど。魔王軍の件だな」

 「はい!ベルリ王国騎士団団長、ロアンヌ・ゴーフレットと申します!この度はストラブルに拠点を構えさせて頂いた身分にも関わらず司教殿へのご挨拶が遅れてしまい、誠に申し訳ございせん!」

 「良い良い。その態度だけで十分だ。綺麗なお嬢さん、もう少しちゃんと顔が見たい。身体を起こして頂けるかな?」


 コニャックの低く、どこか色気のある声が降りかかる。私は動揺しつつもゆっくり立ち上がる。


 「やっぱり!物凄い美人だな!お前ら二人にはいつも酒ばかり奢るばかりで厄介者でしかないと思っていたが、たまにはやるじゃないか」

 

 羊と三本線を揶揄しつつ、私に握手を求めてくる。私はそれに応える。女のそれのような線の細い美しい手だった。


 「それで、この度の戦、勝算はあるのかい?」

 「…。期待をさせる言葉を軽々しくは扱いたくないものです」

 「フ…。正直な団長殿だ。素晴らしい。ますます興味が湧いた。他の団員はどちらに?」

 「この街の駐屯兵が使用している兵舎のお借りしております」

 「よろしい。自由に寛いでくれ。うちの兵士はあまりこういう事態には不慣れだが、手ほどきしてもらっても構わん。おい、羊!お前、ダンジョンの件はどうなってる?」

 「あ、ほんまや。一応報告書書いてきたんよ」


 羊はそう言うと、自分の中に手を突っ込み、中をまさぐりだす。その際にチラリと下着が垣間見える。


 「それ俺のパンツやないけぇぇ!!!」

 

 

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