第20話 王国騎士団長ロアンヌと羊と三本線①

 ストラブル近郊に魔王軍の将が侵攻していると報告受け、我らベルリ王国騎士団もその対応を任された。哨戒任務に就いていた者達からの報告によれば敵軍の数は三万程度。六ヶ月前の大戦時と同程度の軍勢である。それだけでも魔王軍の兵力が異常に整っていることが伺える。しかも前回同様、ネームドと呼ばれる特殊個体が数匹存在しているはずだ。哨戒任務の兵士が遠目からでも将であると分かる程の強力な個体が…。


 「姐さん、敵軍はランゴルの遺跡を占拠しそこに軍を構えているようだ」

 「あそこにはディフク将軍が居たはずでは?」

 「二日で取られちまったそうだ。将軍はなんとか撤退して今は治療中だとよ」

 「将軍を撤退させるのはなかなか骨が折れただろうな」


 私の右腕であるグンテからの情報で敵の陣営が少しづつ分かってくる。机に広げた地図に敵軍の配置を印していく。「また面倒な場所を…」とグンテが忌々しそうに地図を睨みつける。

 ランゴルはストラブルの西側にある古代戦争の遺跡が残る集落である。その遺跡に王国は要塞を築き上げ、魔王軍との国境を監視していた。しかしそれも前回の大戦時、魔王軍はダンジョンと呼ばれる洞窟から侵攻することが可能であることが分かり、その存在性も揺らぎ始めていた。

 しかし今回は正々堂々と国境を突破しようとしている。これは確実に何か裏があると考える。それが団長である私の仕事であり、それゆえに私は無情と呼ばれる。

 理想は国境付近に侵攻している敵軍の撃破。三万の軍勢が国境付近で陣取られてはたまらないし、我らの要塞も占拠されてしまってはこちらも動きにくくて仕方がない。しかし、ここで動けばどこかのダンジョンとやらからベルリへの伏兵が出現する可能性もある。恐らく敵軍の将もそれを見越した上で、あえて挑発するようにランゴルを占拠したと考える。非常に戦いにくい相手であるし、常勝将軍と謳われるディフクのあっけなさに腹が立つ。

 

 「姐さん、どうやらストラブル周辺のダンジョンに異変が起こっているとのことだ」

 「誰がそれを?」

 「羊と三本線」


 私はグンテのその一言に鳥肌が立つのを感じる。先の大戦で数々の武勲を上げ、王より【勇者】と【賢者】の肩書と、この世の硬貨の中でも一等の価値があるとされる【王貨】を授けられたといわれる伝説の冒険者。私はまだ会ったことはないが、その話だけで十分すぎる程の存在である。

 

 「今報告に来ているが、姐さん、会っとくかい?」

 「そうしよう」


 グンテが部下に声をかけるとすぐさま案内を始めた。二人は別室に待機しているそうだ。私は誰がそのような対応を?と案内人である部下に尋ねると、恐縮しつつも「例の二人があまりにうるさいので…」と申し訳なさそうな表情を向ける。私はあえてそれには返答せず、例の二人が【用意させた部屋】に向かう。

 

 「こちらです」


 案内人が扉の前で声をかけてくる。グンテが「いいぞ」と返答すると案内人がゆっくり扉を開ける。中からは大量の煙が漏れ出る。非常に臭い。どうやら煙草の紫煙のようだ。王国騎士団は身体能力の低下のため煙草は原則禁止としているため、この部屋に入るのは非常に不愉快である。私は何も悪くない案内人を睨みつける。そして咳き込むグンテの後ろについて入室する。

 中には羊の毛のようなクルクルになった髪に、顎に無精髭を蓄えた目の細い男と、坊主頭で耳や鼻などにピアスを備えた、切れ長の鋭い眼光の男が煙草を燻らせながら、机の上に足を置き、存分に寛いでいた。

 自分で言うのもなんだが、王国騎士団といえば聞こえは気品高く、清廉な集団のようだが、その実は有力な冒険者や、獰猛な犯罪者なども偏見なく取り込んだ無法者集団である。その人選は団長である私に一任されており、そういう私自身も若い頃は多くの人を殺めてきた極悪人である。もちろん王直属の騎士である自覚は十分に植え付けられ、気品や礼節、勉学や教養などは備えている。

 つまり私が言いたいのは、王国騎士団に対して、王国騎士団の拠点に赴いて、なおかつ部屋を用意させ、その上我々が憎いとしている煙草の紫煙で部屋を充満させ、堂々と寛いでいるという態度そのものが我ら騎士団に対する冒涜であり、そんな態度を易々と取っていることが驚きでもある。

 グンテも私と同様の感情を抱いているようだ。青筋がうっすらと見え隠れする。しかしさすがは私の右腕だ。感情をなんとか押し殺し、丁寧に二人へ挨拶する。


 「今回は協力助かった。俺は王国騎士団副団長のグンテだ。こちらが団長の…」

 「ロアンヌだ。失礼だが、私は煙草の類が苦手でな。火を消してはくれないだろうか?」

 「嫌じゃボケ」

 「吸うも消すも俺らの勝手じゃカス」


 私は彼ら二人に対して尋常ではない殺意を覚える。

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