第19話 ビール&パスタ
ストラブルの酒場で金貨がバラまかれた事件から数日経ち、街は金貨の話から、魔王軍の将がストラブル近郊にまで進軍してきているという話で持ち切りになっている。哨戒任務についていた王国の兵士が発見したそうだ。ストラブルの冒険者ギルド、【スネルマンズ・ピアノ】の面々も今か今かとその時を待ちわびている。
「ここストラブルは勇者発祥の地らしいで」
物々しい雰囲気を放つギルド内でもやはりいつも通りの姿勢を崩さず、賢者が勇者に話しかける。気が立っている他の冒険者たちの鋭い目線など気にも留めない様子で二人は煙草を燻らせながら昼間からビールを煽る。
「そんなことよりお前なんでこの時間にここおんの?仕事は?」
勇者の問いに賢者は額を搔きながら恥ずかしそうにする。
「その…クビになりました…」
賢者の返答を聞くと同時に勇者がビールを吹き出し、肩を小刻みに揺らす。
「何わろとんねんコラ。相棒が職を失ったんやぞ。笑うとこちゃうやろがい」
「…。またなんで急に。生徒に手出したんか?」
「俺は年下の女には興味ない。女は三十五からや」
「お前の性癖知らんねん。何したん?」
「いや、俺ってさ、その、魔法使うやん?けど、そのあんま論理的に考えてないっていうか…。その感覚系やん?直観を大事にするタイプやん?」
「要するにアホやってことやろ?」
「ちゃうわボケアホ!俺みたいなスタイルの魔法使いは講師をするとかには向いてないってことやねん。俺が言うてることが高度すぎて生徒たちには理解できへんらしいねん」
賢者はジョッキを傾ける。勇者はそれを見つめる。
「先生、氷の魔法って、水の魔法を出してからそれを凍らせるようなイメージが大事なんですか?それとも氷そのものをイメージするんですか?」
「どっちもブーや。まず頭の中にヒマラヤをイメージするねん」
「ヒマラヤってなんやねん」
「そんでそこで遭難して絶体絶命、ひとかけらのチョコ、みたいな感じ?山岳救助隊の感覚でもええんやけど。ピッケルとかな。とにかくそういう連想ゲームをしていくわけ。それが繋がれば繋がるほど魔力が強くなるのよ」
「講師として壊滅的な説明力やな。この世界基準で考えてないやん。言葉選びとか。ヒマラヤもそのまま強引に切り抜けようとしてるし。お前そんなんで金貰ってたんか?ある意味詐欺行為やで」
「だってそんなんこの世界の人間のイメージを俺がどう説明すんねん」
「賢者言われてる奴が吐くセリフとは到底思えヘンな」
勇者が咥えていた煙草を灰皿に圧しつける。ため息を吐きながらテーブルのベルを鳴らし、対応に来たギルドの受付嬢にビールを二本注文する。
「そんなこんなで仕事ないから暇やねん。お前、今さらっとビール追加してたけど今日は?クエスト行けよ。ほら、なんか魔王軍の将とか、みんな殺気立ってるやん。お前も頑張って眉間に皺寄せて顔作っとけよ」
「今日は寝違えたから」
「寝違え如きで仕事休む奴が勇者とか言われてるこんな世界滅びろ」
「待て待て。お前に僕の寝違えによる痛み、苦しみがどこまでわかんねん。寝違えという言葉だけで勝手に軽傷と解釈してるのはお前や。その勝手な解釈によって人間社会はどれだけ荒んでいってると思う?もっと根本的に考えようや」
「もう何言うてるか分からへんねん。寝違た奴が偉そうにすんな。自分に合った枕を買え」
「枕洗濯したら異様に膨らむことあるやろ?アレの日やってん」
「デリケートな日みたいな言い方すな。ってか戦ってこいや。寝違え気にしながらも『だりぃ』とか言って敵倒すみたいな強キャラ感出してこいや」
「耳の裏の鈍痛気にしながら魔王軍の将と戦うなんてナメすぎてるやろ。しっかりせぇ」
「お前こそしっかりせぇや!ってかそれ多分寝違えちゃうやろ!なんや耳の裏の鈍痛て。虫刺されかなんかやろ」
賢者はため息を吐きながらテーブルのベルを鳴らし、ビールとパスタを注文する。
「飯食ってないの?」
「さっきホットドッグ食べたんやけど、ちょっと足らんのよな」
「お前ちょっと太ったんちゃう?」
「学院の講師やってたからなぁ…」
「今は無き肩書に思いを馳せるダサ男が…」
「変なとこ虫に刺されたぐらいで仕事休むモヤシが…」
勇者と賢者が睨み合う。鋭い四つの眼には光は宿らず、漆黒の鉛のような重たさでジットリと互いの顔を刺し合う。
「お待たせしました。エビとホタテの海鮮パスタでございます」
受付嬢が湯気立つ香り良い料理をテーブルに運ぶ。
「お前エビアレルギーやったんちゃうんかダサ男が…」
「嘘じゃボケ」
「なんの嘘やねん」
「その方がなんか人間味あってええかなって思う時あるやろ」
「エビアレルギーで人間としての深さ出そうとする奴初めて会うたわ。キショい」
「お前いつまでビール飲んどんねん。大体飲むペース早いからって一気に二本とか注文すんなよ」
「ってか俺のビール来る前になんでお前のパスタが先に来とんねん」
「元、学院の講師やからやろな。気品やろな」
「誰がこんな小汚い坊主に気品感じんねん!」
「お前にだけは言われたないわ!髪切れ!前髪が目にかかってるだけで見てるコッチまで気持ち悪ゥなるわ!一人部屋の片隅でうずくまる僕は…みたいな歌いだしの曲作るバンドマンみたいな髪型すんな!」
「下北って言いたいんか?あんな軟弱モノ共と一緒にされてたまるか」
「お待たせしました。追加のビールになります」
受付嬢がテーブルの上にビールを一本置いていく。
「だから!俺のビールは!??」
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