第18話 お金持ち

 「講義一回で十五金貨やで?エグない?」


 賢者がストラブルの酒場でジントニックの入ったグラスを傾けつつ勇者に語る。その居様は悠々としており、自身の懐の温かさにご満悦している様子だ。注文の仕方も豪快そのものであり、テーブルの上には豪勢な料理がズラリと並ぶ。

 勇者はその様を顔色一つ変えず煙草を燻らせながら見つめ続ける。未だ何にも手をつけず、灰皿に煙草の骸が溜まる一方だ。


 「お前、調子コイとるやん。ええ歳して。ダサ…」

 「言うとけ言うとけ。今やなんも腹立たへんわ。金持ちが温厚っていう説は正しいわ。マジで何言われても動じへんくなってる。だって明日また講義あるけど。え?また十五プラスやもん。やば。え?どうしよう。酒なんてチビチビ飲んでたんがアホらしなってくるわ」

 「何言われても動じへんのや?」

 「うん。なんか全部遠くの声に聞こえるわ。あー、まだそこにおるんやぁって感じ。分かる?分からんやろな。だってお前、なんやっけ?四人で冒険して?キャンプして?ごっついモンスター倒して?なんぼ? 三? …三?……。三!?安ゥ!キツイてぇ~!そんなん可哀想すぎるてぇ!」

 「金持ちだしたらトークのワンターン長なるんけ?うっさいわ~。あ、お前昔ゴブリン初めて見た時ウンコ漏らした言うてたよな?クッサイ男やで」

 「おい!!お前!その話はすんな言うたやろ!お前こそいつまでそんな話覚えとんねん!ウンコぐらい漏らすやんけ!初めましてやぞ!やめろや!!」

 「すぐ動じるやんコイツ。もう黙っとけや。あと頼みすぎやねん」


 勇者は灰皿に煙草を圧しつけると、ビールを少し飲み、テーブルに並ぶ料理を睨みつける。


 「冒険者やっとるんやから食えるやろ。現場仕事やろ?食えよ」


 賢者は嫌らしい笑みを含めながら勇者に指図する。その声色に勇者の表情が少し曇る。


 「お前、僕らの目的忘れとるんとちゃうか?」

 「なんやねん目的って」

 「魔王討伐やろがい」

 「アホか。魔王なんておるか。漫画の読みすぎなんじゃ」

 「いやおるから。ホンマ頼むで。魔王倒さんと日本帰られへんのやで?分かってる?ずっとこんなワケわからんとこおりたないやろ?」

 「…なんで魔王倒したら日本帰れんねん」

 「あ?」

 「だからなんで魔王倒したら日本に帰れんねんって聞いてんねん!魔王と日本、なんの関係があんねん!」

 「僕らはそのために女神にこの世界に派遣されたんや」

 「その金髪ボインの言う事なんてどこまで信じれんねん!それよりもコレの方がよっぽど信頼できるわアホ!」


 賢者は金貨を勇者の前に誇らしげに掲げる。勇者はその金貨を奪い取りビールの中に放り込む。


 「お前!何してんねん!」

 「目覚まさんかいアホンダラ!こんな光ってるだけの丸い物体に心奪われとる自分、おかしい思わんのけ?」

 「魔王倒す、言うてるお前の方が頭おかしい」

 「あ?」

 「魔王なんてそもそもどこにおんねん」

 「…なんか…北の方ちゃう?」

 「魔王はズーズー弁なんけ?お?雪国で藁でも編みながら生活しとんのけ?お?」

 「いや、でも多分、北の方から魔物がよく湧くって。僕聞いたことあるから」

 「それ言うたん誰やねん」

 「角刈りや」

 「女神の舎弟が角刈りなんも納得してへんねん!金髪ボインの舎弟やこと相場はボインやろがい!急にいぶし銀すぎて飲み込まれへんわ!口の中イガイガするわ!」

 

 賢者がグラスを勢いよく叩きつける。他のテーブルで飲んでいた者たちの目線が一瞬集まるが、勇者が会釈し場を収める。


 「てか、この料理なんやねん。何を煮つけとんねん…。気持ち悪い。こんなんに金払う気持ちが分からんわ」

 「おい、文句言うな低所得者が。こんなもんお前みたいな現場冒険者じゃ滅多に食えるモンとちゃうねんぞ。ありがたみを出せコラ」

 「魚?」

 「…魚じゃゴラ」

 「なんていう魚?」

 「えー…アリエル」

 「人魚姫の煮付けなんて食う気ならんのじゃボケェ!悪徳貴族みたいな趣向してんちゃうぞカスゥ!」

 「だ、誰も人魚なんて言うてへんやんけ!お前こそ現地の世界観を重視しろや!古巣の知識で論破してくんなボケ!」

 「お前この世界は通じへんワードが多すぎて嫌んなる言うてたやんけ」

 「前はな?でも今は違う。だって、コレがあるから」


 賢者が再び勇者の前に金貨を掲げる。勇者はまたもや奪い取るとビールに放り込む。


 「何ビールやねん!やめろや!」

 「イチイチ見せつけてこんでええねん鬱陶しい」


 勇者がジョッキを傾けると、黄金の泡の動きに沿って二つの金貨が躍る。ジョッキに当たり、カツンと軽快な音を鳴らす。


 「おい」

 「なんじゃ羊」

 「お前、あと何枚持っとんねん」

 「あ?あとはぁ…七枚や」

 「え?七枚!?一枚少ないやろ」

 「あ?そんなはずないやろ。お前の二枚と合わして九枚や。合ってる。残りは宿に預けてあるし」

 「嘘つけ。まちごてるって。お前今日は景気よく十枚や!言うてたやん」

 「…言うてた?マジ?」

 「お前十万(この国の金貨の価値は一枚=約十万円)マイナスやで」

 「お前!実は持ってるとかやろ!もうええから。そういうノリ。寒い寒い。ほら、はよ返せや」

 「いや、ほんまに知らんで」

 「…うそやん…」

 「一回確かめてみいや、ほら、机並べてみろって」


 勇者はテーブルの食器を移動させ、賢者の前方に空間を作る。賢者は先ほどの威勢が嘘かのような青白い顔色で懐から茶色い金袋を取り出す。


 「え~。もうええて…ほんま…怖いて…」


 賢者が一枚一枚丁寧に金貨を並べていく。七枚並べ終えた時点で、袋は空になる。

 「やっぱり七枚や…。え?ほんまに?俺十枚持ってきてた?九枚じゃなかった?」


 賢者が不安そうな声を漏らしながら再度金袋を確認する。するとボチャンと大きな音が鳴る。賢者が音の方に顔を向ける。ジョッキには溢れんばかりの金貨が入っており、体積に押し出されるようにビールが零れだす。勇者はそれを不敵な笑みとともに掲げる。


 「アホが」


 勇者はそれを一気に放り投げる。ジョッキは宙でクルクルと回転する。泡と金貨が酒場中に散乱する。酒場にいた者達は我こそにと金貨をめがけて走り出す。酒場中が乱闘騒ぎになる。賢者は開いた口が塞がらない。勇者は腹を抱えて笑い続け、開いた口が塞がらない。

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