第17話 パーティ

 僕はトッポ。一月前にストラブルの冒険者ギルド【スネルマンズ・ピアノ】に登録したばかりの駆け出しの冒険者だ。歳は十六。故郷はロインテという田舎で、親元を離れて単身ストラブルに来た。

 冒険者への憧れは幼少の頃から抱いていた。僕の父は農家で、母は昔どこかのギルドで受付をしていたそうだ。僕は小さい頃から母の話す冒険者の話に夢中だった。剣聖ヤツハシのドラゴン討伐や、大魔導士スイカバによる闇の拳王との死闘の話が特にお気に入りだった。

 ある時僕は両親に冒険者になりたいと打ち明けた。打ち明けられた二人はさして驚くこともなく、「そろそろそう言うだろうと思っていた」と半ば呆れたような表情で受け入れてくれた。父は祖父が使っていたという直剣を手渡してくれた。

 

 「父さんはなぜ冒険者にならなかったんだい?」


 僕がふとした疑問を若気の調子に乗せて尋ねた。父は僕の顔を見ることなく、ただ祖父の直剣を砥石で磨きながらポツリと答えた。


 「じいちゃんが死んで、その遺体が家に送られてきて、変わり果てた姿を見て、俺のかあちゃん…お前で言うばあちゃんだな。ばあちゃんの泣き声が忘れられなくてな。その時、俺は勇気が出なかったよ。これ以上自分の母親を悲しませたくない、そう思ったって情けなくはないだろ?」


 父の返答に僕は言葉が生まれなかった。自分の志が少し揺らぎそうな気さえした。今は沈黙することが正解だと思い込み、何も言わず、ただただ父が剣を研ぐのを見つめていた。

 僕がストラブルへ旅立つまで、父と母は何も言わなかった。父は稽古をつけてくれたし、母は受付時代の知識をできる限り思い出しながら僕に冒険者の知恵を授けてくれた。

 僕がストラブルへ旅立つ当日、父はようやく僕に怒鳴った。母はようやく膝を崩して泣き崩れた。


 「なぜ思いとどまらない!この親不孝者が!早く行け!お前が今ここに居ることがなによりの不幸だ!どこへでも行ってしまえ!お前の顔なぞ二度と見たくない!もう家族ではない!」


 辛辣な言葉だった。けれど僕は父のその言葉の真意を知っていた。縁を切れば、僕が死んでも遺体を見ずに済むのだと。父の想いを受け取った時、僕は気の木陰で慟哭した。自分が勇敢で、ストラブルへ着けばすぐにでも勇者になり、数々の依頼をこなし、多くの人々から賛辞を浴びせられる男であると、不思議と疑わなかった自分が、なんと愚かで情けないことか。しかし、もう後戻りはできない。

 そうして僕は冒険者になった。


 「お前、薬草なんか買ったんけ?あんまり効かんで、街で売っとるようなやつわ」


 今日のパーティは僕を含めて四人。

 僕は父から剣を授かったが、やはり才能はなく、前衛は任されることはなく、落ち込みついでにヤケで買った魔導書の回復魔法が使えることが分かり、後衛を任されることになった。

 弓を使う女性はエルフだそうで、非常に美しい女性だった。口数は少ないが、駆け出しの僕に対しても的確に指導してくれ、戦場でも冷静な判断を崩さない。

 双剣という珍しいエモノを扱う女性はもともとベルリのスラムで生き抜いていたらしい。僕が経験したこともないようなこの世の闇を知り、その経験が冒険者稼業でも役立っているのだという。彼女は瘦せ型で、あまり体力はない。しかし魔物と対峙した際の物怖じしない初速の速さは圧巻であり、一瞬の内に魔物を切り刻む。

 もう一人が、先ほど僕に薬草のことで声をかけてきた剣士の男だ。羊のようなフワフワの髪の毛が特徴的だ。歳はこの中では一番年長者のように見えるが、なんという、どこか頼りない。表情も力が抜けていて、煙草をふかしてはどこかボーっとしている。また、独特の方言を使うため所々意味が分かりにくい。


 「僕は植物の選別がまだできないので…。これから勉強します。羊さんは分かるんですか?」


 僕は彼が名前を教えてくれないので勝手に「羊さん」と呼んでいる。彼もそれに対しては特になにも言わない。


 「分かるで。教えたろか?」

 「おい、そんなことに時間を使う暇なんてないんだよバカ共が。大体お前は回復魔法が使えるんだろ?薬草なんて必要ねぇだろうが」


 双剣使いの女が鋭く言葉で刺してくる。その後ろにいるエルフの女は僕らには興味がないようで、一人で書物を読みふけっている。


 「え?ちょっと待って。トッポ、この姉ちゃん今なんて言うた?」

 「なんだよ」

 「え、僕には薬草は必要ないって…。でも、そ、そうですよね…」

 「いやいや何言うてんねん。回復魔法って一回かますだけでもごっついしんどいやん」

 「え、えぇまぁ…」

 「それやのに薬草はいらんて…え?ちょっとまって…え?マジで言うてんのコイツ」

 「おい、お前、あたしに喧嘩売ってんのかよ?あ?」

 

 双剣の女が腰に備えた剣の柄を掴みながら凄む。僕は正直この修羅場と化した現状に耐えられる自信がなく、膝を震わせる。


 「いや、そんな。喧嘩なんて。ただ、お嬢ちゃんがどこまで理解してはんのかな?って思っただけやん。そんな怖い顔せんでもええやん。何も知らんかったんやろ?魔法のことも、薬草の大事さも。頭ウンコ女やったんやろ?死ねよ。ほな一人で死ね。冒険者なんてやっとるんやったら同じパーティの奴のことよう見て、自分が分からんことは素直に吸収しろボケ。死ね。お前みたいな独りよがりのくせに努力もせんと一人でヘバっとる奴は真っ先に死ね。キショい。お前キショい」


 羊の剣士が煙草をふかしながら、煙を吐き出しながら怒涛の罵声を双剣の女に浴びせる。僕はその瞬間、羊の剣士が切り刻まれ血の惨状になることを予想し、硬く瞼を閉じた。


 「ウゥ…ウ…」


 女のすすり泣くような声が聞こえる。僕は頭の中が困惑に塗れ、なかなかその音の正体を理解することは難しかった―本当は瞬間で理解はしたのだが、あまりの豹変する様を納得することができなかった―。僕は恐る恐る目を開ける。

 やはり予想通りだった。双剣の女が地面に座り込み涙を流している。そしてそれを優しくなだめる様にエルフの女が抱きしめている。


 「ちょっと!そんな言い方しなくたっていいでしょ!?この子だって初対面の人たちに囲まれて不安だっただけなんだから。この子はこう見えても繊細な子なのよ!」

 「いや、泣いたからって許される思たら見当違いもええとこやで。まずはトッポに謝罪するのが筋なんちゃうんかい?なぁ?トッポ、納得できへんよなぁ!?」

 「え…?」


 拍子抜けする程乙女のように泣く女と、それを抱擁しつつ羊の剣士を非難するエルフ、そしてそれに対して全く態度を変えることなく突っぱねる羊の剣士の構図に頭の処理が追い付かない。そんな状態の僕に意見を求められたのだ。正直なところ僕はそこまで気にしていなかったし、そんなことより早く冒険に行きたかった。


 「と、とりあえず拠点を作りましょう!話はそれからでもいいでしょう」


 僕はなんとか苦肉の終着点を見つけ出し、提案する。意外にもそれがすんなり受け入れられたため一旦は事なきは得たように思う。


 「トッポ君。あなた冒険者になりたてだとは聞いていたけれど、その割には落ち着いてるわね。周りが見えてる。私はあなたがこのパーティにいてくれたことに感謝しているわ」


 エルフの女の良く分からない世辞を受け、それなりの相槌を返しながら作業する。正直そんなことはどうでもいいから少しでも手伝ってほしかった。しかし僕の願いは叶わず、彼女は僕の隣に座って作業を眺めているだけだった。本当にこの人は僕よりも経験があるのだろうか?


 「おい、トッポ。その…。なんだ…。さっきは…悪かったよ…。すまん」


 僕がテントを建て終え、少し風に当たって休んでいると双剣の女が頭を下げにきた。かなり泣いたのだろう、瞼が赤く腫れている。僕自身は本当に何も気にしていなかったのに、なんでこんなことになっているのだろう。僕はただただ困惑した。


 「い、いえいえ。そろそろ夕食の支度をしましょうか」


 僕には話題を変えることしかできなかった。正直もう少し休んでいたかったが、彼女に隣で腰掛けられるよりはマシだった。

 僕が食事の支度をしようとテントの方へ向かうと羊の剣士が火を起こしてくれていた。愛用しているものだろうか、年季と煤がこべりついた火吹き棒を駆使して炎が徐々に大きくなる。

 

 「すいません。さすが、慣れてますね」

 「かめへんかめへん。トッポ、ビール飲めるけ?」

 「あ、はい。頂きます」


 僕と羊の剣士は焚火を囲むように座り、瓶ビールで乾杯する。僕はあまり酒は得意ではなかったが、この時は不思議と飲みたくなった。

 僕と羊の剣士がビールをのど越しで感じ、少し表情を緩ませた頃合で他の二人が申し訳なさそうに近づいてきた。


 「あんたらもビール飲むけ?」


 羊の剣士が氷の入ったバケツから二本の瓶ビールを取り出しながら尋ねる。二人の女性ははじめこそ躊躇するも、同時に頷き、受け取る。

 四人で乾杯する。焚き木の爆ぜる音が響く。それがキッカケとばかりに少しづつ話が弾みだす。先ほどのどうだっていいような言い合いを掘り返し、互いの言い分が徐々に絡まっていく。僕はほろ酔いになった頭で薄っすら思っていたことを口に出してしまう。


 「羊さん。こうなるように仕組みました?」


 二人の女性も薄々同じことを考えていたようだった。僕の質問に二人も食い入るように羊の剣士の返答を待ち望む。羊の剣士は誰よりも多くの酒を飲んでおり、それゆえの赤ら顔をこちらに向けると、


 「そんなことよりお前、セックスしたことあんのけ?」


 と僕に尋ねる。

 二人の女性は笑い出し、僕も「かなわないなぁ~」と後ろに倒れながら笑った。


 父さん、母さん。冒険者は確かに危険な仕事だ。一癖も二癖もあるような人間ばかりだし、本当に僕みたいな気弱な男が続けられるのか、今では自信がない。剣の才能も無いと言われ、今では魔法使いになっている有様だ。けれども、もう少し続けてみたい。と今は思う。僕が英雄になることは難しくても、もう少し【冒険者】と呼ばれる人たちと関わってみたい。

 それと、伝説の冒険者であるヤツハシやスイカバに並ぶぐらい、憧れる男と出会ったよ。その男は、強さとかじゃないんだ。人の気持ちが分かる、空気が分かる、人の組み合わせ方を知っている、そんな凄い男なんだ。けれども、どうしようもない馬鹿でもあるんだ。

 その男が居る場所はみんな笑ってるんだ。不思議と正直になれるんだ。ついついその暖かさが家を思い出させるんだ。

 返信はいらない。僕は元気だ。いつか彼のような暖かい冒険者になりたいと思っている。


お元気で。


トッポ。

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