第15話 箒②

 校庭に三〇名程の学院生が立ち並ぶ。その視線の先には真白いローブを着こなした長身の男が、寝そべる豹を腰かけ代わりにして悠々とパイプを燻らせている。

 飛行魔術のエキスパートと謳われるプッチンはその飛行魔術だけでなく、動物や魔物を使役するブリーダーと呼ばれる特殊なスキルを世に広めた重要人でもある。彼が腰掛ける豹も元は野生の、それも魔物であり、群の中の長であった個体だ。それを使役しているというだけでも彼の腕前が常軌を逸していることは火を見るよりも明らかである。

 神童の少女、グミとドロプはその居様に感心すると同時に、不思議とそのプッチンという男の底が知れたような気分を持つ。

 

 「揃いましたか?申し遅れました。私はプッチン・アラモウデュ。知っている人もいてるかな?まぁ、この学院では何度か飛行学について講義しているんだけど、早速質問。飛行魔術において一番重要とされることはなんだ?」


 プッチンは唐突な問いを生徒たちに浴びせる。皆の険しい表情を見渡しながら自慢の顎鬚を撫でる。


 「はい」


 グミが挙手する。ドロプは「まじかよ」と驚愕し、プッチンは刹那、鋭い眼光を走らせる。


 「答えてみなさい」

 「飛行魔術において重要なのは魔力の持続と的確な射出。空中に浮遊するだけながら浮力を想起した魔力で身体を包括するようなイメージを維持するだけで可能ですが、その状態で移動するとなるとその状態を持続させたまま推進や後退など空間を想起した魔力を発生且つ的確な量の射出が必要となります。よって飛行魔術においては浮遊魔力の持続、空間魔力の適切な射出が重要であると考えます」

 「…お見事です。レディ、お名前を尋ねても?」

 「僭越ながら。グミ・プラネットです」

 「…あなたが噂の…。その歳でそこまでの魔力の理解を備えているとは、なかなか噂通りの神童具合ですね」


 グミの回答に周囲はどよめき、プッチンに賞賛されたことを周囲は自身のことのように鼻を高くする。


 「時に、賢者殿の御姿が見当たらないのですが…」


 プッチンはわざとらしく首を伸ばしながら辺りを見渡す。それに合わせて寝そべっていた豹がゆっくり腰を上げる。


 「賢者様なら、箒に乗って空を飛ぶのが嫌だということで欠席されると…」

 「な、なんだと!?いかに賢者殿であってもそれは我々魔術師に対する愚弄が過ぎる!」


 プッチンは顔を歪ませ怒りを露わにする。グミとドロプ以外の生徒もその意見に賛同している様子だ。


 「賢者殿は乗り物を用いずとも浮遊することができるようです」

 「そんなバカな話があるか。それは古から取り組まれてきたが終ぞ叶うことがなかった夢の話である。人は自身を人であるという認識を捨てきれぬ強情な生物。であるからして、その概念を捨て去ることができなければ何の媒体も無い状態で浮遊することなどは決して不可能―」


 プッチンが怒りと共に空を見上げた拍子に賢者が空中で体育座りをしているのを見つける。


 「…」

 「…なんで体育座り?」

 「ドロプ、野暮な質問はおよしなさい」


 賢者は空中で体育座りをしたまま真っすぐどこかを見つめ続けている。その表情は真剣そのものであり、何かを探しているようにも、何かを見つけ出し怒りを堪えているようにも見える。


 「け、賢者殿はなぜ空で体育座りをしているのだ」

 「プッチン老師。野暮な質問はおやめください」

 「いや、野暮じゃないだろ。意味が分からないもん」

 「僕もそう思います。プッチン老師は正しい」

 「いや、正否どうこうの話じゃないんだけど…」


 賢者は自身が下から見上げられ、その奇妙な居様について語られていることなど露知らず、いまだまっすぐ目線を変えることなくどこかを見つめ続けている。その先に何があるのか。彼は何を真剣な眼差しで捉え続けているのだろうか。そしてその冷淡な表情に垣間見える沸々とした怒りのような様子は何故なのか。そして何故体育座りを選択したのか。疑問は尽きない。賢者という男の深層世界は深淵である。多くの者はそう思うことで自身を納得させようとする。賢者という男に比べれば我々は常人である。そう思うことで神童の少女や老師、その他の力ある学生たちは個人を成立させることしかできない。

 

 賢者の目線の先には勇者が昼間から大酒をかっくらってゲラゲラと髙笑う姿があった。


 「ええなぁ…」


 賢者の低い、唸り声が零れるが、それは風の音でかき消され、見上げる者達に届くことはなかった。

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