第14話 箒

 「グミ、どこに行ってたんだよ?そろそろ飛行学の授業始まるぜ?」


 賢者に相手にされなかったことを沈痛するグミの背後から青年が声をかける。彼はグミと同じ学年のドロプ・マクサ。茶色く柔らかな髪質と顔のそばかすがトレードマークだ。


 「ドロプ…。たった今私は初めての失恋を経験したの…」

 「お前が人に興味を持つなんて珍しいじゃないか。あ、さては…さっきの賢者か?嘘みたいな魔力してやがったもんな…」

 「魔法が発生する前だというのにあそこまで恐怖したことなんてないわ。賢者様は一体どれほどの力を備えているのか、どんな女性が好きなのか、どんな場所がお気に入りなのか色々知りたいわ」

 「と、とりあえず、授業には出よう」


 グミとドロプは魔法の術式の話をしながら飛行学の授業が行われる校庭へと向かう。先ほどの賢者の凶悪な魔法など無かったかのように空は美しい青を広げる。小鳥が唄と共に優雅に飛び回り、それとは裏腹に学院の生徒たちは鋭い顔つきで分厚い魔術書に向かう。

 階段を降りる際、通り過ぎる生徒たちからの羨望をハエでも払うかのようにいなす。グミは涼しげな顔を崩さず、ドロプからの質問に淡々と答え続ける。ドロプはその様を見慣れている様子で軽く鼻で笑う。

 二人は飛行に用いる箒を受け取る為、ある部屋を目指す。そこは魔道具を貸し出してくれる【魔道具保管室】、通称【ゴブルーム】と呼ばれる部屋である。ここの学院の生徒は大抵の者たちは自身の魔道具を所持しているのだが、学院内では原則使用禁止となっており、授業で使う魔道具は学院のものを使う規則がある。その学院の魔道具を保管・管理しているのがセンベというゴブリンである。

 

 「そろそろ自分の箒で飛びたいわ。ここのは質も悪けりゃ匂いも凄い」

 「まぁまぁ。今日の飛行学はあのプッチン様が教示してくれんだ。話が聞けるだけでも儲けもんさ」

 「そういうもんかしら」


 二人はゆっくりゴブルームの扉を開ける。


 「いや、箒で空飛ぶとかおとぎ話もええとこやろ。あとお前顔色悪いぞ。二日酔いで仕事くんなよ」

 「なんなんだよお前。魔法使いは箒で空を飛ぶんだよ。そんなことも知らないのにあんなぶっ飛んだ魔法使える俺スゴイだろ?ってことか?ダサいんだよ。あと俺の顔色は元々だ」

 「そもそも箒で空を飛ぼうと思った奴の気が知れんわ。跨がれるもんなら他にもいっぱいあるやんけ。てか普通に飛べるやろ。ほら。見て?箒なんて使わんでも飛べるから。ほら。見て?」

 「うるせぇなぁ。普通はそうやって飛べないもんなんだよ。お前なんなんだよ。自慢しに来たのかよ。仕事の邪魔するんじゃないよ。それと、箒で空を飛ぶっていうのがロマンなんだよ。分かってないな」

 「それがほんまの浪漫飛行、ってか?」

 「あ?」

 「ほんまにこっちの世界の奴らは…。とりあえず箒で空を飛ぶなんてダサいから嫌。俺はその授業には出んから」

 「いやいや困るよ。プッチンさんがアンタに会いたい会いたいって凄いんだから。あの人を怒らせると学院がヤバいことになっちゃうかもなんだから。頼むよ。ハゲ。頼むよ」

 「おい、酔いどれオニギリ、コラ。頼むよの間に侮辱が挟まっとった気がする。殺すぞコラ」

 「聞き間違いだよ。ハゲ。とにかく四の五の言わずに早く箒もって馬鹿みたいに空飛んで来いよ馬鹿」

 「イントロ終わりから急激に曲調変わり過ぎやろ。お前ほんまムカつくわ。もうええわ。ほなこの箒貸せや。これがこの中で一番渋いわ」

 「ダメダメ。それは俺のだから」

 「お前みたいなドブオニギリが箒で空飛んでなんのメリットがあるねん」

 「空はみんなのものだ。お前に俺の自由を奪う資格は無い」

 「ある。俺はお前みたいな緑色の男が空を飛んでいたらブロッコリーが浮遊していると思って気味が悪い」

 「誰がブロッコリーだコラ」

 「昔のカードゲームの会社みたいやな」

 「あ?」

 「ほんま、こういうのが通じへんのが一番腹立つわ」

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