第11話 待ち時間

 「ここから馬車で五時間やって」


 賢者が照りつく太陽に顔を歪ませつつ勇者の隣に座る。勇者は旅支度した荷物の上に足を置き煙草を燻らせながら静かに頷く。


 「暑いなぁ…。酷暑やな」

 「こんな暑さの中、馬車で五時間は死ねるな」

 「俺、魔法あるから。氷の。風も出せるし。俺は余裕かな」

 「僕にも施してくれや」

 「魔法好き好きダンス踊ったら考えたるわ」

 「なんやねんそれ」


 賢者がおもむろに立ち上がり、勇者の前でボックスを踏みながら奇妙な歌を唱える。

 

 「魔法好き好き。魔法好き好き。誰でもいいわけじゃないの。魔法好き好き。魔法好き好き。賢者の魔法が好きなの」


 勇者は賢者の踊りを黙視する。賢者はまだ続ける。


 「魔法好き好き。魔法好き好き。そんなに私の魔法が好きなの?魔法好き好き。魔法好き好き。仕方がないからかけ~て~、あ~げ~る~」


 歌の終わりと共に賢者は両手を上げる。陽光が賢者の顔に降り注ぐ。


 「これをやったら考えたるわ」

 「考えたるってなんやねん。そんな失態させといて確実ちゃうんかい」

 「七割オッケーにする」

 「えらい低いやないけ」

 「ええんか?今の時期の馬車は蒸し風呂やいうで?ええんか?死ぬど?」

 「…ちょ、もっかい見せて。覚えるわ」

 「…。よう見とけよ」


 賢者がおもむろに立ち上がり、勇者の前でボックスを踏みながら奇妙な歌を唱える。

 

 「魔法好き好き。魔法好き好き。誰でもいいわけじゃないの。魔法好き好き。魔法好き好き。賢者の魔法が好きなの」


 勇者は賢者の踊りを黙視しながら手拍子する。賢者はまだ続ける。


 「魔法好き好き。魔法好き好き。そんなに私の魔法が好きなの?魔法好き好き。魔法好き好き。仕方がないからかけ~て~、あ~げ~る~」

 

 「意外とええ歌やな。三番も聞きたいわ」

 「殺すぞお前。なんで俺が二回もした上に三番まで披露せなあかんねん。もう覚えたやろ?ほら、やれや。魔法好き好きって。ほら」

 「あ~げ~る~、のとこがちょっとうろ覚えなんよな」

 「完璧に踊れ言うてへんねん!お前の失態を見せらんかい!」

 「でも、踊ったところで勝率七割なんやろ?ほな完璧に踊って少しでも勝率上げときたいやん」

 「…。あ~げ~る~、のところはこう、ゆっくり手を上に上げるねん。できるだけ指先は伸ばした方が良い」

 「げ~、のとこで上げきんの?る~、で上げきんの?」

 「る~、やな」

 「顔は上向けた方がええの?目は瞑ったほうがええの?」

 「できるだけ顔は上げた方が良い。目はどっちでもええ」

 「足は?足は肩幅ぐらい?」

 「うっさいんじゃ!はよやれや!そんなちゃんと決まってないねん!」

 

 賢者が声を荒げて荷物を軽く蹴る。


 「あ、今の衝撃で忘れた。ちょっともっかいやってくれへん?」

 「もうせん。お前には魔法はかけたらん。後悔してももう遅いからな」

 「いや、ほんまに。次はやるから。絶対。お前のオカンに誓う」

 「神に誓われるよりは変に信頼できるな。よっしゃ絶対やぞ?もうこれがラストやからな!」


 賢者がおもむろに立ち上がり、勇者の前でボックスを踏みながら奇妙な歌を唱える。

 

 「魔法好き好き。魔法好き好き。誰でもいいわけじゃないの。魔法好き好き。魔法好き好き。賢者の魔法が好きなの」


 勇者は賢者の踊りを黙視しながら体を左右に揺らす。賢者は続ける。


 「魔法好き好き。魔法好き好き。そんなに私の魔法が好きなの?魔法好き好き。魔法好き好き。仕方がないからかけ~て~、あ~げ~る~」


 「おおきに」

 「なにがおおきにやねん。はよやれや」

 「ごめん、馬車のオッサンが呼んでるから」

 「え!?」


 賢者の背後で馬車の馭者が含み笑いで手招きしている。その表情は、見てはいけないものを見てしまったとばかりに申し訳なさそうにしているが、込み上げてくる笑いが抑えきれない様子だ。自身の踊りをこれから五時間世話になる馭者に見られた賢者の羞恥はもはや計り知れない。勇者はその様子をニヤニヤと見つめながら煙草を吸う。


 

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