第10話 旅立ち
ベルリで今一番力のある冒険者と言われれば、金等級の【一刀両断のガトー】と、同じく金等級の【ハヤブサのマカロ】である。世界を見ても、金等級の冒険者というのは稀有な存在であり、ベルリのギルドにその内二人も所属しているというのはとても誇らしいことである。
おっと、申し遅れた。私はそのベルリの冒険者ギルド【ウォートルス・コンドル】のギルドマスターを務めているベッコウである。先程の等級なども私に決定権があるわけだ。いや、だからといって個人的な考えで等級を上げるなどはしない。ギルドマスターという立場上、情けなどはかけない。それが私の矜持でもある。
現在ウォートルス・コンドルには二〇四人もの冒険者が所属している。これは世界で二番目に多い。近頃は魔物の活性化や先の戦などもあり冒険者に憧れを抱く者も多い。私個人としては嬉しい傾向ではあるが、しかしそこはギルドマスター、簡単に登録させるわけにはいかない。
ウォートルス・コンドルで冒険者になるためには実技試験に合格しなければならない。他のギルドでは魔力測定や、筆記試験を導入しているようだが、私はそういうものは正直面倒であると考えている。というより測定用の水晶や、試験用の用紙などに金を払う気になれない。私は自分で言うのもなんだが、かなりの守銭奴でもある。魔力が無くても、頭が馬鹿でも冒険者にはなれる。というより冒険者はそもそも腕っぷししか能のないゴロツキ共への救済措置としての職である。私は歴史的にもこの試験内容が一番意に沿っていると自負している。
実技試験の内容もシンプルだ。冒険者同行の下、手ごろな下級の魔物を討伐してもらう。それができれば合格。できなければ不合格。至極分かりやすいだろう。不合格となってもその日のうちにフォローできる点は指導し、次の試験に活かせる状態で帰している。
と、まぁギルドのことはこれぐらいにして、私の最近一押しの冒険者を紹介したい。先ほどのガトーやマカロはもちろんであるが、私が個人的に面白いと感じているのが、通称【羊】と【三本線】。本来は冒険者登録時に名前を記入してもらうのだが、彼ら二人は日本?とかいう国出身だそうで、私たちが使っている文字は書けないということだった。不思議なことに我々と会話はできるようだが、なんだか奇妙な訛りがある。
羊と三本線は現在銀等級であるが、その実力には目を見張るものがある。まず登録してからたったの三ヶ月で銀等級まで上り詰めてしまったのだ。これは私のギルドでは初めてのことである。先の大戦でもネームドの魔物を三体ほど討伐しており、最近であればあの悪名高い伝説のダンジョン【悪魔の口】を踏破するだけでなく、剣聖ヤツハシの黒刀を回収するという快挙まで成し遂げている。お陰で我がウォートルス・コンドルの名は広まり、ヴェネアの最高聖騎士であるディバ卿より直筆の感謝状も頂いた。
そういった経緯もあり、彼ら二人は今すぐにでも金等級への格上げを考えているのだが、それを良しとしないのが同じ銀等級の冒険者であるラメルと、先ほどのガトーと、マカロである。
冒険者という輩は本当にプライドが高く、視野が狭い。ギルドが有名になればそれに伴い依頼も増え、斡旋される仕事の質は高くなり、自身の給与が潤う。にもかかわらず、上記の三名はそれよりもたった三ヶ月そこいらの新人に立場を脅かされることを恐れる。もっと恐れるべき事態はあるだろうに…。
「ベッコウさん、俺は反対だぜ。いいかい?金等級っていうのは冒険者にとって誇りであり、名誉だ。他の冒険者の手本となるべき存在なんだ。たしかに羊と三本線の実力は認めよう。だが、彼らが手本となるような人物であるとはとても思えない」
ガトーが意見してくる。いつもは寡黙な男なのに今日はえらく饒舌じゃないか。分かりやすい男だ。品行方正を語る彼だが、説得力のカケラもありはしない。彼はその立場を利用して街の女たちを抱きに抱いている。別にそれは問題ではないが、この前は王国騎士団長であるロアンヌを口説こうとしてちょっとした揉め事まで起こしていた。男なら多少の色欲は認めるが、コイツはあまりに自制心がない。そんな奴が、手本?鼻で笑うなという方が無理な話だ。
「ガトーさんの仰る通りですよ。確かに彼等は三ヶ月という異例の速さで銀等級に上り詰めたかもしれない。けれど裏を返せばそれは経験不足を意味していると思うんです。等級というのは早く上がったから良いというものではないでしょう。豊富な経験を積んだ者が順に繰り上がっていくものだと思うのです。そういう意味では、ベッコウさん。彼らを銀等級にしたのは早すぎるし、金等級への昇進なんてもっての他ですよ」
お次はラメルだ。コイツもガトーと同じく女の尻ばかり追いかけ回している色情魔だが、コイツはガトーと違いまだ紳士的だ。実際に多くの冒険者からの信頼は得ている。だが、コイツの一番の問題点はその紳士的な口ぶりを利用して他者を洗脳してしまうことだ。簡単に言えば、コイツ自身で討伐できた魔物は非常に少ないということだ。大体は付き添いの仲間達の手柄である。それを今みたいに目をキラキラさせて、正義を語ったかのように振舞い、姑息に漁夫の利を得ている。相当タチが悪いが、それが冒険者という職業のサガでもあるわけだ。
「二人とも見苦しいわよ。正直私は二人の昇進に興味はないわ。私は目の前の仕事をするだけだから。今だってこの時間さえ無駄だと思っているわ。私からは以上よ」
紅一点マカロ。ぶん殴ってやりたい。コイツはそう言って部外者を気取っているが、その実、羊と三本線が昇進するという話になった時、真っ先に動揺し、妨害しようと仲間たちに吹聴したのは何を隠そうこの女である。ガトーとラメルも彼女が流した噂を聞き入れ、こうして憤っているわけだ。なのにコイツのこの態度はどういうことだ。私は最初にガトーとマカロを誇りに思っているなんて言ってのけたが、前言撤回したい。もうダルい!何なんコイツら!
「三人の意見は分かった。マカロ君、君はもう帰ってもらってもいい」
「馬鹿言わないでよ。ここまで時間を取らせておいて帰れなんて、私をナメるのも大概にして欲しいわ!」
このクソアマァァァ!結局どうなるのか気になってるんじゃないか!これだから小娘を金等級に昇進させるのは反対だったんだ!コイツの親が議員だから大目に見てやってるが…!クソ!俺の馬鹿野郎!
「失礼します。ベッコウさん、例の二人がお越しになられました」
「ん?なんだ?羊と三本線がここへ来るのか?」
「いいじゃないですか。二人が居ない所で言っても進まない。直接告げて現実を分からせてやりましょう」
「ま、私はどうでもいいんだけど。面白そうだしもう少しお邪魔しようかしら」
羊と三本線が今来たところで話はややこしくなるだけだと思ったが、来てしまったのなら仕方がない。本当は別件で呼んでいたのだが、コイツら三人が押し掛けてきたもんだからこうして時間を作ったんだ。だからマカロの言い分は全くの暴言だし、アイツは本当に頭がおかしいと思う。女の嫌な部分を全部持ってる女だ。最悪だ!
「なんか盛り上がっとるやんけ」
「キンピカ共が粋がっとるんけ?」
早速火に油を注いでるよ。そういえばこの二人もガラが悪いんだった。
「お前らが最近調子に乗っているから俺たち先輩がお灸を据えてやろうって言ってんだよ」
ガトーの野郎、やる気まんまんじゃないか。ギルド内で揉めたら承知しないからな。
「誰が調子乗っとんねん。しばいたろかコラ。変な髪型しやがって」
「貴様に言われたくはないな。羊男」
「ロン毛のセンター分けとかイタいんじゃ。しかも長さ中途半端やし。そんなもん豊川悦治以外似合わんのじゃコラ」
「…ワケの分からん事言いやがって。よっぽど死にたいらしいな」
「お前昨日酒場の猫耳の娘にストーカー言われてたな」
「貴様…!ば、馬鹿を言うな!嘘で俺を惑わそうなんて軽率だぞ!」
「その後分かりやすいぐらい落ち込んで、誰でも良くなったんかしらんけど物凄いブスナンパしてたな」
「女性にブスとか言うなんて最低ね。やっぱりあんたら二人は昇進するべきじゃないわ」
「お前はまだ黙っとけや。口縫い合わせたろかい」
「そんな余裕こいとるけどお前の顔もそないやからな」
「な…!」
「おい!君たち!君たちには冒険者としての、銀等級としての誇りはないのか!先ほどから下品且つ粗末な言葉ばかり使って、正直反吐が出るよ!同じ冒険者として恥ずかしいね!」
「お前も反吐が出るて言うてるやんけ」
「坊ちゃんは一回黙っとけや。お前純粋に口臭いねん」
「い、今僕の口臭は関係ないじゃないか!!」
「ベッコウさんよぉ!決闘させてくれや!コイツらのナメきった態度許せねぇよ!こういう生意気な奴らは一回シメとかねぇといけねぇよ!あぁいけねぇよ!」
「なんで二回言うねん」
「自分に自信がない現れやな。あんなキザな髪型しといて。お前みたいな奴が矢田亜希子と共演できると思うなよアホンダラァ!」
「だからワケのわからんこと言ってんじゃねぇよ!!」
「ガトーさん!いけない!ここで争っては…!」
「うるせぇぇぇ!もう我慢できねぇぇんだよぉぉぉ!!」
「そういえば僕、昨日ロアンヌさんから手紙貰ったで?」
「なに!?」
「嘘じゃボケ」
油断したガトーの顎に羊の勇者のアッパーが直撃する。「フゥエ!?」と素っ頓狂な声とともに打ち上げられたガトーの顔は白目を向いており戦闘不能は明白だった。ラメルとマカロは羊の勇者のあまりの汚い手に絶句する。私も開いた口が塞がらない思いだったが、ギルドマスターとしての責務を果たすべくなんとか意識を取り戻し、羊と三本線をキッと睨みつける。
「ここでの戦闘行為は降格処分、もしくはギルド脱退処分になるのだが?」
私は幾分声を低くし威圧する。勿論、そんなものがこの二人に通用するわけはないのだが…。しかし二人は意外に素直に頭を下げる。そして首元の銀等級の証である銀の首飾りを机の上にそっと置く。
「今まで世話んなったな」
羊の勇者がほほ笑む。
「次はどこ行こかいなぁ…」
三本線の賢者は顎髭をさすりながら次なる新天地に思いを馳せている。
私はギルドマスターとして彼ら二人に感謝してもしきれない。しかし、二人をベルリに閉じ込めておくことは世界の為にならないこともまた事実である。もしかしたら彼らなら本当に悪しき魔王を倒し、この世界に平和をもたらしてくれるかもしれない。いや、きっとできるだろう。
机の上に置かれた傷だらけの首飾りを掴み、私は無意識のうちに頭を下げていた。ラメルとマカロは幾分ホッとしたような表情をしているが、それが自身の器の小ささを物語っていることに気付くのは果たしていつになるのだろうか。
羊と三本線は煙草を燻らせながら、いつものように軽口を叩き合いながらギルドを後にする。私は二階の窓から二人の背中を見つめ続けた。いつの間にか頼ってしまっていた二人の背中がとてつもない程に大きく見える。その背中が遠方へ消えて行くとともに私の胸の中の何かが弾けた。
「テメェら二人は降格だ馬鹿野郎!文句があるなら辞めてもらってもいいんだぜ!?ここは天下の冒険者ギルド、ウォートルス・コンドルだ!位ごときに胡坐かいてる奴はいらねぇんだよ!分かったらとっとと処分受けて、身分相応の仕事をしやがれハナタレ共が!!」
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