第8話 岩場のキャンプ
岩場の上に、一つのテントが張られてある。手ごろな木をポール替わりにして黒いインナーシートを立てただけの簡素な作りである。その前には石で囲んだ石かまどがパチパチと音を立てながら暖と灯を与えている。
岩場の下には、おぞましい雰囲気を醸し出す洞窟が平原のど真ん中に堂々と口を開けている。
その洞窟は、強力な魔物が蔓延っており、手練れの冒険者達も尻込みする。今までに数多の冒険者達が挑んだが、結果は良くて大怪我、最悪はパーティ全員が死体で見つかる、といった具合であった。その悪名の高さから、通称「悪魔の口」と呼ばれている。
踏破するべく当時最強の剣士であった【剣聖ヤツハシ】とその一行が挑んだものの、とうとう彼らが帰還することはなかった。そして、剣聖の愛刀が今も洞窟内に骸と共に眠っているという。
「魔王っておると思う?」
焚き火を囲む、賢者と勇者。片手を焚火にかざしながら賢者はビールを飲む。
「絶対おるよ。僕の目標やし」
勇者は即答する。
「いや、おらんやろ。そもそも魔物ってのもよう分からんし。ただの凶暴な動物やろ?」
魔法使いはビールを、岩場の窪んだ部分に置き、胸元からタバコの葉と巻紙を取り出す。
「魔物は魔王の部下や。だから魔王をぶっ飛ばしたら魔物もおらんくなるねん。お前RPGとかしてへんタイプ?」
「この世界ってそんなファンタジーなん?そもそも誰が魔王とかどうこう言いだしてんの?」
一本のタバコを作りあげた賢者は煙草を口にくわえ、指先の火を使う。煙が上がる。吸い込み、吐き出す。鼻と口から煙が漏れる。
「金髪ボイン女神様や」
「金髪ボインの言う事なんて信じたらあかんて。胸デカいほど信用できへんねん」
勇者は焚き火に薪を足す。火の粉がふわりと舞い上がる。
「ごっつい偏見やな。お前昔なんかあったな?」
「まぁええねん、ええねん。んで、女神様がお前に直接言うてきたん?『勇者よ!魔王を倒すのです!』って」
「いや、女神様には言われてない。その舎弟の角刈りが言うてきてん」
「女神の舎弟角刈りなん!?」
賢者は煙草の灰を、焚き火の中に落とす。勇者もいつの間にか煙草を巻いている。
「角刈りやった。西部警察の時の渡哲也みたいやった」
「渋ゥ!女神の舎弟、渋ゥ!」
「自分は、自分のことを語るのはあまり得意ではない。とにかく自分は、どんな理由があるにせよ、悪は許せないと考えている。だから非情といわれても、魔王は徹底的に詰める。それは人を追いつめることではなく、人を憎むことではなく、罪を憎むことだ、と思っている。って真剣な表情で言ってたわ…」
「めちゃめちゃ大門やん。ってか魔王は何をしようとしてんの?」
賢者は少し笑みを溢しながらビールを飲み干し、火の消えた煙草を焚き火の中に放り込む。
「そら、おまえ…。世界征服やろ…」
「え?なんて?」
勇者の言葉尻がすぼんでいく。恥ずかしそうに俯いている。
「いや…。その…。世界征服やろ…」
「ごめん、もっかい言うて?」
賢者は耳に手を当て、身を乗り出す。
「世界…征服…」
「え!?」
「やめろや ! 恥ずかしいんじゃ!世界征服てなんやねん!」
勇者は小枝を賢者に投げつける。しかしそれは当たらない。
「こっちが聞きたいわ。恥ずかしい。世界征服てなんやねん。ダサい。できるわけないやん」
賢者は投げつけられた小枝を拾い、焚き火に落とす。
「それが言えるだけの自信と力があるんやろ」
勇者は煙草を口にくわえ、火のついた薪を手に取り火をつける。
「世界を征服しようとしてるやつに世界の何がわかるねん」
「あ、いいこと言うやん」
「な!」
「うん」
「…」
「え?」
「え?」
「いや、ほんで?」
「なにが?」
「え? 終わったん?」
「終わったよ。定時上がりや」
「残業せぇや。もうちょい聞かせてくれや。アンコール受け付けてくれや」
「そんなもんお前が拾ってキャッチボールせんのが悪いんやろがい」
「なんやコイツ」と呟きながら勇者は木箱からビール瓶を一本取り出し、ナイフで栓を抜く。泡が漏れ出るより前に口に持っていく。
「お前っていつから魔法使えるようになったん?街で会った時には使えてたやろ?」
ビールを喉越しで感じた後、満足げな顔で勇者は尋ねる。
「あー、いつからやったかな〜。でもコッチ来てからすぐ勉強はしてたけどな」
「誰かに教えてもらうの?」
「なんか、家庭教師みたいなんおったよ。結構世話なったな~」
賢者は言葉にはせず、手のひらでビールを一本要求する。
「独学なん!?凄いやん!普通そんなんって家庭教師とかに教えてもらうんちゃうの?」
ビールを手渡しながら勇者は尋ねる。
「いや、人の話聞いてる?おったんやって。家庭教師。おったの。めちゃめちゃ他力やから」
「家庭教師どんな人やったん?」
「なんか若い姉ちゃん」
「ええやん。今でも文通とかしてんの?」
「文通て久しぶりに聞いたな。まぁ、たま~にな」
賢者は少し恥ずかしそうにしながら鼻をかく。
「初めて使えるようになった魔法なんやったん?」
「火の魔法やな。オカンとオトン、ラクさせたくてな。こっちはライターとかないやん?それに、何かと便利やとおもて」
「意外とハートフル。お前ええ奴やってんな」
勇者がはにかみながら賢者を見つめる。賢者もそれに微笑で応える。
「嘘やけどな?」
「お前、耳2つもいらんやろ?右耳こそいだるわ。動くなよ」
勇者は剣の柄に手をかける。
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