第3話 魔法
晴天の下、公園のいつものベンチに腰掛ける2人。先ほどギルドに任務達成を報告し、報酬を受け取り、露店で買った瓶ビールとホットドッグを交互に味わう。
賢者はなにやら不服そうな表情でホットドッグをむさぼる。半分ほど食べ終えると唐突に賢者は勇者を睨みつけながら尋ねる。
「お前、今日魔法使ってなかった?」
「使ってないよ」
一方の勇者は、悠々とそう答えると瓶をゆっくり傾ける。嚥下と同時に短い溜息が漏れる。
「いーや、使ってた!お前今日豚と闘ってる時使ってたやんけ。なんか、手ぇ上に上げてぶつぶつ言うてたやん」
「豚て。オークな。ってかあれはちゃうで?あれは脇のムレを開放してたんや」
賢者はしかめっ面で勇者の言葉を反芻する。
「脇の…ムレ… ?」
「そう。今日は特に夏日やったやろ?ほんまやったらもっと薄着で望むところやったよな。けど、それやと防御面が心配になるしなぁ。ほんま、夏場の戦いは難しいよな。ところでさ、」
「いや、ところでに行くな。ありえへん。全然処理しきれてないから」
賢者は勇者の言葉を処理しきれていないようだ。勇者は少し顔を膨らませる。
「可愛いないねん」
「というか、僕が魔法使ったらあかんわけ?」
勇者は平らげたホットドッグの包み紙を四つ折りに畳んでいく。
「あかんよ」
「あかんのや」
「あかん」
「なんで ?」
「俺の職業何か言うてみて ?」
「水牛のレバー燻製して売っとる人やろ?」
「誰が水牛のレバー燻製して売っとんねん。そんな奴がなんでオー…豚と戦わなあかんねん」
「オーク言いかけてたやん。言い直すなや。そんなところでイキんなや」
「うっさい、聞け」
賢者は続ける。
「あのな、お前が魔法をもしこの先、ドンバコドンバコ打ち始めたら、俺の、立場、どうなりますのん ? わかる ? 言うてる意味。わかる ?」
勇者は、なんだそんなことか。と言わんばかりにうっすら笑みを浮かべる。
「その時は、お前は僕のサポートをしたらええやんか。なにも魔法は攻撃するだけとちゃうやろ ?」
「それは女がすることや」
「あ、男女差別」
「うるさい死ね。男がサポートの魔法なんかつこてみろや。もうチンコ切らなあかんで。そういう暗黙のルールがあるねん」
「アホか」
勇者はやれやれと首を左右に揺らす。
「お前、ほんまに魔法使ってないの ?」
「使ったよ ?」
……。
静寂。
公園の芝生に風の軌跡が描かれる。優しく冷たい風の一閃が人々の間を抜けていく。無邪気に走り去った風を名残惜しく感じていると、思わず太陽の暑さを失念してしまう。
照りつける日光が木々の頭に降る。それは木漏れ日となりベンチの2人の顔に陰陽を生み出し、こわばる賢者と、まどろむ勇者をより鮮明に彩る。避暑の為に訪れた者達の往来も気にする様子なく、彼等は沈黙を続ける。賢者の指に挟まれた煙草の火は先ほどの風で消えてしまっている。
「ちなみに何の魔法使ったん ?」
「水牛のレバーを燻製する魔法」
「あ、もう完全にシバく」
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