衝撃と悲しみ
思いがけない再会はそれからまた半年後。
季節は秋へと移り変わっていた。
「咲、だよね?」
仕事の帰りに声をかけられた。
楓、ではなかった。むしろもっと懐かしい子だった。
「え〜! もしかして
「そうそう! 良かった〜、合ってて」
「短大のとき以来? わぁ〜、今なにしてるの?」
高校も短大も一緒だった夏海。あっさりとした仲だったけどやっぱり会えると嬉しい!
立ち話はあっという間に盛り上がって気が付いたら何十分も経ってしまった。
「ねえ、咲は今夜時間ある? せっかく会えたし……」
「私は大丈夫! 夏海は?」
「うちも全然平気。ちょっとお茶でもしていこっか」
「いいね〜!」
次の日は休みで時間にも余裕がある。今日は仕事も早く終わったし、人と話すのが好きな私にとってこれはラッキーだ。
久しぶりに心から笑えるかも知れない。そんな気がしていた。
その先に何が待ち受けているのか、このときはまだ知る
夏海と一緒に入ったカフェは最近改装したばかりということもあってかそこそこ賑わっていた。
もうすぐ十七時半。
「ちょっと早いけどなんか食べちゃおうかな〜」なんて夏海は言ってる。そう言われると私もお腹空いてくる。
結局ロコモコプレートを頼んだ私たちは飲み物を先に持ってきてもらい、そこからは存分に語り合った。
最初に話していた内容はだいたい最近のお互いのこと。夏海は先月からこの近くの会社に転職したらしい。
だけどやっぱり同級生。高校や短大のときの思い出話なんかもちょいちょい出てくる。
夏海の目がだんだん優しくなっていく気がした。
ちょっと不思議に思って首を傾げたとき、彼女は小さくため息をついた。
「良かった。咲、思ったより元気そうで。高校の頃の話とか自分からしてくれるからちょっと安心したよ」
「え、なんで?」
「なんでって……」
夏海の視線がカップの中のコーヒーに落ちるのを、見た。ぽたり、と。雫のように。
スローモーションみたいだった。
「楓のことがあったじゃない? 残念だったよね」
…………え。
「……え?」
「咲、楓と一番仲良しだったから……」
「ちょ、ちょっと待って! 楓がどうしたの?」
手が、震える。
カップを持ったままの両手が。
カタカタ鳴ってる。
しばらくして夏海の顔がさっと青ざめた。
「もしかして、知らないの?」
「知らないって……」
「ご、ごめん。うち、てっきり知ってるものかと思って……!」
「夏海。楓に何があったの? 教えて」
今。
あれから半年後の今。
身を乗り出して、限界まで乗り出して、やっと、やっと、一つの事実に届いた。
「楓、亡くなったんだよ」
あまりにも残酷な事実。
こんな形で再び時が止まるなんて思わなかった。
「嘘……っ」
「咲……」
「嘘、嘘嘘嘘ッ! 私そんなの……っ、そんなの聞いてないっ!!」
思わず立ち上がった私をみんなが一斉に見た。
でも荒れた息も鼓動も震えも止まらない。
「咲、落ち着いて。ごめんね、本当にごめん。お葬式のときにも咲がいないのが気になってたけど、何か事情があって来られなかったんだと思ったの」
「違う……楓とは、急に連絡が取れなくなって……ど、どうして……」
「咲、一回座ろう」
夏海は席を立ち、そっと私の肩を支えてくれた。
崩れ落ちるようにして私は再び席に座った。
言葉が、出ない。
夏海に勧められて私は冷たい水を飲み、時間をかけて呼吸を整えた。
「なんで……」
やっともう一度呟けたとき、夏海が小さく頷いた。
「癌だったんだって」
「そんな……」
「ご家族と彼氏さんしか知らなかったみたい。楓がそう頼んだのかも知れないね。急に亡くなったって聞いてうちもびっくりしたよ」
「嘘だよ、そんなの……」
「うん、うん、わかるよ。うちもそう思いたい」
夏海の悔しそうな表情を見たとき、蛇口を開いたかのように一気に涙が溢れ出した。ぽとぽととテーブルに落ちる。
連絡が取れないとかじゃなくて、もう、楓そのものが、この世にいないんだと思ったら……。
「お待たせ致しました。ロコモコプレートでございます。あ、あの……大丈夫ですか?」
「あっ、すみません。そこに置いといて下さい」
「……かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」
湯気が視界を霞ませる。
プレートに乗った綺麗な彩りの料理をぼんやりと眺めた。
フルーティなソースに焼いた肉の香りも確かにするのに、それはまるでシリコンか何かで出来ているように見えた。
「楓ってさ、ああ見えてとても気遣い屋さんだったじゃない? みんなに心配かけたくなかったんじゃないかな」
夏海の言葉に私は少し遅れて息を飲んだ。
まさか……そういうことだったの?
「あのね、夏海。実は……」
私は意を決して本当のことを打ち明けた。
一年前、突然トークやSNSなどをブロックされたこと。電話も着信拒否されたこと。
心配になって公衆電話から連絡したら理由も教えてもらえず一方的に切られたこと。
そして、葬儀にも呼ばれなかったこと。
どうやら自分だけが拒否されたということもわかっていた。
それでも楓のことを信じて、何かよほどの理由があるんだと信じて、悲しくても、悲しくても、他の元同級生に言いふらすようなことはしなかった。
だからこうやって言葉にするのもつらかった。
でも事実を知ったことで私の心のヒビは一層大きくなり、もう一人で抱えていられる状態ではなくなっていた。
「咲って確か、楓のお母さんとも面識あるよね?」
「うん……高校のときにちょっと会ったくらいだけど」
「じゃあきっと呼び忘れたりはしないよね。もしかすると葬儀に誰を呼ぶかは生前の楓が決めていたのかも知れない」
「なんで……私は……」
「それはやっぱり一番大切な友達だったからだと思うよ。そうに決まってるじゃない!」
私はぐっと唇を噛んだ。
『半信半疑』だった気持ちが『信』へ傾いていく。
楓の……馬鹿……っ!
熱い感情が込み上げたら、もう居ても立ってもいられない気分になった。
気が付くとテーブルを鳴らして立ち上がっていた。
「ねえ、夏海っ!」
「ちょっ、咲、落ち着いてって」
「楓の実家って今も同じ場所?」
「う、うん。お葬式は葬儀場だったから正確にはわからないけど、またいつでも楓に会いに来てねっておばさんが言ってたから、多分……変わってないんじゃないかな?」
もう何も迷いはなかった。
楓が死んでしまったからもう何をしても遅い。間に合わない。本当にそうだろうか?
ううん、私にはそうは思えない。
「私、楓に会いに行ってくる」
例えそこに姿がなくたって、きっと何か通じ合えるものがある。親友なんだから。
このときはそう信じて疑わなかった。
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