第74話 年末ライブ②
あれよあれよという間に、サクシの本年最後のライブの日が近づいてきた。明日に本番を控え、今日は前日のリハーサルで会場に足を運んだ。
会場内は立派なステージが設営されており、大型のモニターや照明の最終チェックが進んでいる。派手な照明に花火等、自分たちの事は自分たちで賄うスタイルだと絶対に真似できない演出が準備されていた。
なんと『ソルトベイビー』の演出スタッフが僕達のステージもまとめて面倒を見てくれるらしい。永久と奏で事前の打ち合わせを済ませていたみたいで、今日はステージにあがって全体のまとまりを確認する事になった。
ステージに上がると、無数の照明に照らされる。目を瞑っても照明の跡が消えず、点となって真っ暗な視界を漂っている。
これまでで最大級のステージを広く使いたいのは山々なのだが、どうしても程よい距離感を保ちたくなり、皆のセッティングはこれまでのライブハウスと同じくらいの間隔に落ち着いた。
「うわぁ……すご!」
彩音が珍しくはしゃいでいるので何事かと思って振り返ると、そこにはメンバーの誰かの顔が大画面モニターにアップで抜かれていた。みんな同じパンダの覆面を被っているので、顔だけ抜いても誰か誰なのか分からない。
だが、その誰かは覆面を脱いだ。中の人は永久だった。冗談めかしてカメラに向かってはにかむと、マイクを使って僕達に指示を出してくる。
「ようし。じゃ、軽く流すぞ。皆さん、すみません! 一曲目からお願いします」
スタッフの人にもお願いをしてチェックが始まった。演出は背景のモニターと照明を使ったものがメインだ。一曲目の『宝物』では南国を思わせる暖かい色の照明が会場を彩っている。
そこからも本番のセットリスト通りに流しで演奏してみて、イメージと違うところがないかを主に永久と奏が確認していく。これまでは永久が一人で見ていた部分だが、奏も積極的に関わるようになって永久の負担もかなり軽減されているみたいだ。
最後の曲は永久の自作曲。『月を越える』と名付けられた。何度も練習を重ねた結果、度が過ぎるほどに永久のギターテクニックを詰め込んだ曲になった。
文化祭でトワイライトにテクニック面で劣ると評価を受けたのがよほど悔しかったようだ。数万人のオーディエンス、いや、敬愛する一人のミュージシャンの前でそれを披露する事で自信を取り戻したいのだろう。
この曲はベースのフレーズは単純なのだが如何せんテンポが早くて腕が疲れる。流すなんて概念はなく、リハーサルから全力でベースを叩き続けた。
近くの客席から腕組みをして見つめていた山下さんにプロとして評価されているようで、手を抜けなかったというのも理由の一つだ。
最後の曲まで通し終わった。永久と奏は特に気になる点はなかったようで、これで今日のリハーサルは終わりそうだ。
その流れをぶった切ったのは山下さんだ。ステージ下に来て、両手をメガホン代わりにして話している。
「最後の曲ヤバいね! 花火使う? サビ前とかで使ったらめっちゃ映えると思うんだわ」
何ともありがたい提案をしてくれた。
「『ソルトベイビー』の方で全部使うので、多分足りなくなりますね。途中で補充も出来ないので……」
ステージに来ていた演出スタッフが苦笑いしながらそう告げる。
「えぇ!? じゃあそっち組み替えようよ。一発だけでもいいから、サクシで使ってあげて!」
「あ……ありがとうございます!」
皆で一斉に頭を下げる。それでもステージ上からなのでかなり頭は高いだろう。
ロックスターの山下さんの心に、永久の曲はかなり刺さったようだ。本番も俄然楽しみになってきた。
いよいよ本番当日。皆、家族を招待したらしい。奏も両親にこんな舞台を見せられる日が来ると思わなかったと目を輝かせていた。
僕も父さんと母さんを呼んだ。母さんは最初は何を言っているのか分からない、といった感じだったが、父さんと丁寧に説明をしていると状況は飲み込めたらしい。今度は喜びすぎて口止めをするのが大変だった。
「おーい! 集まれー! そろそろだぞ!」
緊張のあまり、ステージ脇で各々が上を向いたり掲示物を見たりしながらウロウロしている。今日ばかりは千弦も自分の緊張を鎮めるので精一杯らしい。
本番直前、永久の号令で円陣を組む。恭平も一緒だ。
「ここで成功したら、人生が変わるぞ……なんて気合の入れ方も違うよな。今日も終わったら千弦の家でたらふく飯を食うぞ! 行くぞ!」
柄にもないアツい円陣と皆の掛け声。だけど、それが似合うくらいの舞台がお膳立てされている。
出番までの間、誰からともなく相互に固い握手を始める。少しでも緊張を解したいのだろう。
近くに彩音がいた。
「緊張してる?」
「当たり前でしょ。人生がかかってるんだから。それに、弟達に格好いいところを見せないとね。ミスしたらずっと家でネタにされちゃうわよ」
「そうだよね。最後までよろしく。リズム隊として頑張ろうね」
「なんか改まるとキモいわね。ま、よろしく」
彩音がグーの形で手を突き出してくるので、僕もグーを出してグータッチに応じた。
彩音と話し終わると、すぐ横で千弦が僕を見ていた事に気付く。
「どうですか? 今日も発声練習をしますか?」
夏休み、仙台でのライブでは千弦のおかげで緊張が解れた。でも、今日は大丈夫だ。首を横に振ると千弦はニッコリと微笑み、僕の右手を両手で掴んできた。
「頼りにしてます。頑張りましょうね」
それが握手の代わりだと言いたげな態度で僕から離れていく。
「もうユキは完全にお前のもんだな」
後ろから肩を叩かれる。振り返ると恭平がいた。
「いや……まだまだですよ」
「過剰な謙遜はやめとけよ。俺がこんなステージに立ったらチビってまともに演奏出来ねぇよ。それに、新曲の音源、あれも奏吾らしさが全開だったよ。良し悪しじゃなくて、らしさって意味でユキはお前が塗り替えたんだよ」
「あ……ありがとうございます」
「おう。ま、頑張れや」
お尻を鷲掴みにすると、ガハハと笑いながら楽屋の方へ歩いていった。
恭平とすれ違うように歩いてきたのは妹の永久だ。年末ライブの準備を始めてから、ずっとらしくない。今も緊張からなのか、今にも涙腺が決壊しそうだ。
「奏吾……やっぱ何でもないわ。頑張ろうな!」
「いやいや、そんな顔で何でもないって言われても……」
「そんな変な顔してたか? コンタクトがズレてたのかもな」
「何でもいいけど、泣くのは終わってからだからね」
「分かってるよ! じゃ、頑張ろうな」
永久と固い握手を交わす。何気にきちんと握手をしてくれたのは永久が初めてかもしれない。僕の手はそんなに汚いものとして認識されているのだろうか。
「奏吾くん。やっほ!」
ひとしきり皆と話した後で奏が近づいてきた。
「いよいよだね」
「そうだね。これでハネたらメジャーデビューとか出来るのかな? 事務所から声とかかかっちゃうのかな?」
奏はサクシの活動を続ける事に未練なんてないだろう。メジャーデビューの話が転がり込んで来たら考えを変えてくれるのだろうか。
自分の夢を捨てて新しい夢に乗り換えるなんてことを、本当に奏がしてくれるのか分からない。
「どうだろうね……覆面でやってる以上、個人では難しそうだよね。バンドの皆が揃って、初めて見られる世界かな」
「うーん……やっぱそうだよねぇ。こんな時にする話じゃなかったか。それよりね、今、皆で握手してたんだ。私達、まだだよね?」
奏が僕の前に来て右手を差し出してくる。顔は覆面を被っていないけれど、心は覆面を被ったまま、仲間として奏の手を取る。少しだけ鼓動が早くなるけれど、緊張もあるのでそれほど気にならない。
「頑張ろうね」
「うん! 終わったらまた話そうね!」
ポニーテールが揺れるほど大きく頷くと、走って千弦の方へ行ってしまった。僕が最後だと思っていたらまだ残っている人がいたらしい。
ほどなくして、スタッフの人が声をかけてきた。いよいよ、これまでで最高の大舞台に上がる時がやってきた。
全員で輪になって入場SEの始まりを聞く。皆で彩音を見送る。いつもと同じ間隔を空けて、僕もステージに進み出る。
普段は野球選手が走り回っている、複数のブロックに分けられたアリーナ席。僕たちの姿なんてモニター越しでしか視認できないであろう距離のスタンド席。そのどちらも人で埋め尽くされている。
これが山下さんの見ている世界。プロが見ている世界。これまでの経験ではまるで太刀打ちできそうもない景色に度肝を抜かれる。
それでも、五人ならどうにかなる気がした。永久、奏、千弦と残り全員がステージに上がると不安は吹き飛んだ。
全員で目を合わせ『宝物』の一発目、Cの音を鳴らす。
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