第18話 お泊り①
家の立地、見た目から察するに奏の家はかなりのお金持ちのようだ。床は大理石なのか、光を受けるのを待ちわびていたかのように輝いている。
リビングは学校の教室よりも広い。僕の家の全部屋を合わせたくらいの広さがあるのではないだろうか。透明なガラスケースの中には細工が施された皿が飾られている。あの皿を食事に使うことがあるのだろうか。
フカフカのソファに案内された。目の前には何インチか分からない程の大きさのテレビと大きなスピーカーが設置されている。
奏は飲み物を持ってきて僕の隣に座る。あまりの豪勢さに忘れていたのだが、ここに呼ばれたのは渡したいものがあるからだと言っていた。
「えぇと……それで僕に渡したい物って何なの?」
奏はお茶を一口飲んで答える。
「あれは嘘だよ」
平然と嘘をついたことを白状される。奏は更に続ける。
「親が二人共いないから寂しくて。いつもは平気なんだけど、ライブ後の余韻って言うのかな。静かなのが落ち着かないんだ」
「何となく分かるなぁ。出演した側の余韻ではないけどね」
「そうなんだ。分かるんだ」
奏は「君には分からないだろう」という風に鼻で笑いながら言うので少しムッとする。少し息を吸って奏が続ける。
「ごめん。わざわざ寄ってもらったのに。家は大丈夫なの?」
「うん。友達の家に寄るって言ったから」
「友達……か。ねぇ、彩音が一番ってどういう意味?」
奏はコップを置いて僕の方を向いて聞いてくる。打ち上げの時にボソリと呟いた件だろう。そんな事を気にしていたのかと少し驚く。
「あ……あれは皆が個性的だから、彩音が一番普通っぽいなって思っただけだよ」
納得したのかも分からないトーンで「ふーん」と言って奏は黙ってしまった。
「そ、そういえばご両親は作曲家なんだっけ?」
奏は無言で頷いてスピーカーから音楽を流す。ものすごく聞いたことがある。確か有名ドラマのテーマソングだ。ワンフレーズ流すと次は有名歌手の歌を流し始めた。これも最近公開されて大ヒットしている映画の主題歌だ。
「最初のがお父さんで、次がお母さんの曲。すごいよね二人共。週刊誌曰く、日本を代表する作曲家なんだってさ」
「すごいね。奏もそうなれるよ。今ですらあんなにいい曲をたくさん書いてるんだからさ」
「ああはなりたくないかなぁ」
奏は苦笑いしてコップに口をつける。少し間が空いて「奏吾くんだから話せるんだけど」と前置きをして理由を教えてくれた。
奏の両親はほぼ別居状態らしい。出張でいないというのは嘘で、この家には仕事をする時だけ戻ってくるようだ。お互いに別の恋人がいるので普段はその家にいるとのことだった。
奏が小学生くらいの時からそんな生活が続いていて、家事はお手伝いさんを雇っているのでその人にやってもらっているそうだ。
「二人共、私には興味がないみたい。だから、私は二人を振り向かせるためにも、超えるためにも、もっと売れたいの。そのためにはサクシが必要なんだ。メジャーデビューをして、たくさん曲を世に届けたら私の事を見てくれると思うの」
奏は強い眼差しで僕にそう宣言する。
「それで永久が活動を休止するって言うのに反対してたの?」
「そうだね。でも私だけじゃなくて、皆それぞれサクシが大事な理由があるはずだよ。永久だって分かってるくせにね。だから、永久をそこまで追い込む脅迫犯の事は許せない。絶対に突き止めて、脅迫を止めさせる」
奏のコップを持っていない方の手が震えている。怒りを抑えているのだろう。
「僕に出来る事はあるのかな……」
奏の覚悟の強さを思い知る。本気でプロを目指しているのだ。そんな奏、いやサクシの力になれることなんてあるのだろうか。
「あるよ。ていうか今日の本題はそれだから」
そう言うと奏は僕を押し倒してきた。いきなりの事なので抵抗も何もできなかった。天井の方を向いていると、照明を奏の顔が遮る。顔がとても近くて緊張する。そういえば今この家には僕達しかいないらしい。下着の色大丈夫かな、とか女子のような事を考えてしまう。
「目を見て答えて。奏吾くんは脅迫犯でもないし、その人と繋がりもない。何も知らない。合ってる?」
期待したような展開ではなかった。自分が疑われている事に驚いた顔をしている事を祈りつつ、無言で頷く。奏の黒目に僕が映っているのが分かる。少しすると、満足したように笑って僕から離れて行った。
「い、今ので信用してくれたの?」
「うん。露骨に残念そうな顔してたから。もっと必死な顔をしてたら怪しかったけどね。エッチな展開じゃなくてごめんね」
どうやら驚いた顔を作れていなかったみたいだ。そのおかげで信用してもらえたのだけど。
「てことで、これからは私達は仲間。二人で脅迫犯を探そうね」
「他のメンバーは信用してないってこと?」
「念のためだよ。今日のライブ中に写真を撮る事は出来ないけれど、共犯がいたらそれも関係ないから。会場にはうちの高校の生徒も多かった。繋がりが絶対にないとも言い切れないからね」
奏は好き嫌いという概念ではなく、もっとドライに状況をとらえているのだろう。そして何を根拠にしたのか分からないが、一番信用できる相手として僕を選んでくれた、ということみたいだ。ここまで奏劇場に巻き込まれている。僕を家に連れ込んだのも、犯人捜しの仲間に引き込むためだけが理由だったのだろう。
「分かったよ。まずはどこに当たりをつけるの?」
「うーん……やっぱトワイライトかなぁ。界隈的にも近いし、どこかで繋がりがあってもおかしくないからね」
トワイライトの誰かとサクシの誰かが繋がっている可能性も考えているみたいだ。そういう意味でも僕が一番怪しいので、最初に可能性を潰しておきたかったのだろう。
「今更だけど、奏が脅迫犯って事は無いよね?」
「おぉ。それは盲点だったなぁ。同じように押し倒して確認してもいいよ」
冗談めかして奏がこちらを向いて座る。腕を伸ばして受け入れるポーズを取っているのだが、思春期の男子相手にあまりに無防備だと思う。
「そんなことしないよ。ここで話を聞いてたらそんな訳ないなって思えたし」
「ガード固いなぁ」
そう言うと、奏はコップを持ってまたキッチンの方に行ってしまった。なんだか帰るタイミングを逃しそうなので、今のうちに帰ろうかと思いついた。
「奏! 僕そろそろ帰るよ」
「ええ!? 泊まってかないの? 寂しいなぁ」
キッチンの奥から奏の寂しそうな声が聞こえる。
心を鬼にして玄関の方に向かい扉を開ける。外は土砂降りの雨になっていた。
携帯を見ると親からも「今から雨が降るから気をつけろ」と連絡が来ていた。当然、傘は持っていない。
傘を借りようと玄関をもう一度くぐると、奏がニヤニヤしながら待っていた。
「傘を……」
「一名様、ご宿泊でーす!」
僕の話も聞かずに、奏は泊まる前提で話を進めだした。
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