第17話 打ち上げ②

 宴もたけなわ。お酒が入っていないのにどの席よりも一番うるさいのが僕達のところで申し訳なくなる。


 特に店の人からも怒られないし、他のテーブルも盛り上がっているので大丈夫なのだろう。


 彩音のアイディア通り、塩漬けタピオカにトロトロのキャラメルをかけたデザートが運ばれてきた。塩気と甘さが程よい。少し焦がしてあるキャラメルの苦味が後から立ち上ってくる。


「これ美味しいじゃん!」


 永久がものすごい勢いでデザートを食べている。タピオカってあんな少ない回数の咀嚼で飲み込めるのだろうかと不思議に思っていたら、水を一気に飲み始めたので案の定喉に詰まったみたいだ。


「さすが彩音ですね。いつもありがとうございます」


「気にしないで」


 そうは言いつつも得意気な顔で彩音が答える。


「美味しいデザートを食べたところで、大事なお話があります!」


 永久が挙手をしつつ、反対の手で口を吹いている。水を一気に飲んだからか口の端からこぼれたみたいだ。話とは何なのだろうという風に皆が永久の方を向く。


「あのね、バンド、やっぱもう止めようと思うんだ」


 皆、永久の言った言葉を咀嚼するのに時間をかけている。タピオカを咀嚼するもちゃもちゃという感触を強く感じるようになった気がする。


「どうしたの? こんな場で言う事でもないと思うけど」


 奏が不快感を隠しきれない顔で永久に聞く。


「ここだからだよ。私達が、始まった場所」


 永久はピアノがあるステージの方を向きながら答える。新参者の僕には知らないことが多すぎるので、口を挟むこともできない。


「とりあえず聞きましょうか。冗談という訳でも無さそうですし」


 千弦は落ち着いた様子だ。横を見ると、彩音は永久を厳しい視線で睨みつけていた。恭平は我関せずという感じでタピオカキャラメルを食べている。


「一番気にしているのは脅迫の件。さすがに今日のライブに来てたってのは、かなり近いところまで来ている証拠だと思う。あながちイタズラだとも思えない」


 メールを送るだけなら遠くに住んでいる愉快犯でもできる事だ。だが、脅迫犯が実際にすぐ近くにいるという事が永久を怖がらせているのだろう。


「私はバラしたいならどうぞって感じだけどね。何が何でも顔を隠したいって訳じゃないし」


 前にも奏は顔出しでも良いんじゃないかとは言っていた。個人情報がバラまかれる訳でもないし、大多数のバンドだって顔出しで活動しているのだから、問題はないと僕も思う。


「絶対に隠した方がいいよ。今までの生活とまるで変わるから。同級生も先生もこれまでと全く同じ態度ではなくなる……と思う」


 永久は取ってつけたように「思う」と言ったが、かなり気持ちの入った話し方だった。実際にそういった有名税を払った事があるかのようだ。


「私はバンドは続けたいと思ってますよ。後、脅迫犯が私達の情報を掴んでいるなら、脱退したところで意味はないと思います」


 千弦は先回りして永久の逃げ道を塞ぐかのように話す。恐らく永久以外は活動継続を望んでいる。となると、次に永久が考えるのはバンドの脱退だ。自分だけでもサクシとしての活動を止める事で脅迫犯から逃れたいと考えるはずだ。


 だが、既にサクシとして活動歴がある以上、脅迫犯が永久の顔だけ公開しないというのは考えづらい。結局、皆は一蓮托生なのだ。全員で活動を止めるか、全員で活動を続けるかの二択しかないのだ。


「永久が辛いなら、無理に続けなくてもいいんじゃないかな。ほら、僕だって恭平さんから受け継いだ訳だし、同じように永久の代わりを探せば続けられるよね。永久の後任の誰かさんが元々からいた体で顔出しをすれば、永久の事はバレずに済むと思うんだ」


 皆がポカンとした顔で僕の方を見てくる。


「ありえないんだけど。自分がクビになったからって今度は永久を追い出したいの?」


「今の案には賛成できかねますね……」


「奏吾くんにしては酷いアイディアだね」


 彩音、千弦、奏が順々に僕に攻撃してくる。それだけ永久がバンドの中心であり、皆が永久無しで活動を続ける気はないと思っている事の表れなのだろう。


 想像以上に皆から永久への信頼は厚いみたいだ。期せずして地雷を踏んでしまった。


「アハハ! なんだか奏吾が一番の悪者になっちゃったね。さっきの話はナシ! 変なこと言ってごめんね」


 皆でホッと胸を撫で下ろす。ひとまずサクシの解散や活動が停滞するような事にはならなさそうだ。


「僕もごめんなさい……永久が居なくなるなんてありえないんですよね。まだ良く分かってなくて」


「永久だけじゃないよ。奏吾くんだって同じだから。誰一人欠けてほしくないって思ってる」


 奏が笑顔で僕に語りかけてくる。皆を見渡しても同じような顔をしている。


 こんなに皆から受け入れてもらえているなんて思ってなかった。なんだか目が潤んできてしまう。


「あー! 奏が奏吾を泣かせた!」


 永久が奏を指差す。


「ち、違うよぉ。さっきの彩音の言い方がキツかったからだって」


「私は何もしてないから! 千弦の目線が怖かったからだって!」


「えーと……永久の顔が怖いからではないですか?」


 永久から始まって皆が僕を泣かせた責任を押し付けあっている。その間も涙が止まらない。気管のあたりから上がってくる感覚がある。恐らく過呼吸になっているだけだろう。


「皆のせいだよ。皆が優しくて、僕を受け入れたから……」


 一瞬で皆が静まって僕を見てくる。なんだか少し引いた目をしている気がして、僕も冷静になってくる。


「詩人だねぇ。新曲の作詞は奏吾くんにお願いしようかな」


 奏が冗談めかして笑わそうとしてくるが、感動で気持ちが昂った僕は全く笑えない。


「あー……ほらほら、デザートも食べ終わったし出ようか! お会計してくるから先に出てて!」


 知り合いの店とはいえ、ずっと席を占領するのも悪いと思ったのだろう。少しばかり入店待ちの列も出来ている。


 そそくさと皆で席を立って店の外に出た。


「そういえば勝田さん来てないね」


「あの人はお父さんと飲みたいだけですから。混んでない時は私達も待ってるんですけど、今日は結構混んでましたからね」


 千弦が説明してくれた。勝田さんと千弦のお父さんが知り合いらしい。サクシに目をかけてくれていたのもそういう繋がりもあるのだろう。


「じゃ、また学校でね!」


「はい。お疲れさまでした」


 千弦は親と一緒に帰るみたいだ。自分の機材を店の裏口の方に持っていって車を見送る位置に立っている。


 そのまま千弦に見送られながら、恭平が車を動かす。


 十分くらいで彩音の家についたみたいだ。目の前には塀のように横も縦も幅がある団地が広がっている。小包とスティックの入ったケースを持って彩音が車から降りていった。


 レストランで千弦のお母さんから何かの小包を渡されていた。いい匂いがするのでまた新作メニューの試食でもお願いされたのかもしれない。


 次は奏の家らしい。前にも一度家の前まで行った事がある。ものすごい高級感のある家だった。


 奏の家に続く路地に入った途端、周りの景色が変わる。塀が高くなり、家の中があまり見えないようになってきた。


 少しすると車が停車する。


「恭平さん、ありがと。みんなもお疲れさま」


「おっつー!」


「あ、奏吾くん。渡したいものあるから少し寄ってくれない? 恭平さん、長くなるし家も遠くないから奏吾くんのこと待たなくていいよ」


 奏に誘われるまま車から降りる。ここから歩きで帰る事になるらしい。待たずに帰れと恭平に言っている。物なら学校で渡してくれればいいのだが。


「じゃあね〜」


 永久がニヤニヤしながら助手席から僕を見送る。何を想像しているのか知らないけれど、期待しているような事になる訳がない。


 二人で手を振って車を見送る。


「じゃ、行こっか」


 奏が手を引いて家の中に連れて行く。カバンから取り出した鍵で重たそうな玄関のドアを開け中に入ると、パッと明かりがついた。


 玄関すら明かりがついていなかったし、なんだか人の気配がしない家だ。


「なんだか静かな家だね」


「うん。お父さんもお母さんもいないから」


 なんてこと無いように奏に告げられた。少しだけ胸が高鳴ったが、何が起こるのか分からない緊張からくるものだと思った。

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