第16話 打ち上げ①

 恭平の運転で着いた打ち上げ会場は郊外の住宅街の中にあるお洒落なイタリアンレストランだった。『Mille Corda』と看板に書いてある。意味は分からないけれどお洒落な名前だ。


 車のエンジンが止まると我先にという感じでみんなが降りていく。お決まりのレストランのようだ。


 恭平が降りるのに合わせて一緒に降りる。


「ここ、そんなに美味しいんですか?」


「知らないのか。レビューサイトで県内三位のイタリアンなんだぞ」


 知らなかった事に驚いているみたいだ。僕は親ともこういう所に来ないので疎いのだ。


 恭平に続いて最後に入店すると、店の一角でテーブルをくっつけてみんなが着席していた。


 席はほとんど埋まっていて、店員があちこちを駆け回っている。人気店というのも頷ける繁盛っぷりだ。トマトやにんにくの香りがフワッと漂っていて食欲を誘う。


 赤と白のチェックの海外風なテーブルクロスが目を引くが、それ以上に気になるのは店の端にあるステージのような小上がりだ。ピアノやドラムセットが置いてあるのでライブをしたりするのだろうか。


「お兄ちゃん! 奏吾! 早く早く!」


 永久が僕達を急かしてくる。かなりお腹が空いているみたいだ。


 テーブルの端が二席空いている。僕と恭平の場所だろう。


 空いている席は通路の横で、奏の隣と彩音の隣の二つだ。なんとなく彩音と恭平が並ぶのを気まずく感じてしまい、彩音の隣に座ることにした。


「ふーん。奏吾くん、そっちに行くんだ」


 奏が唇を尖らせて僕を見てくる。


「そりゃ、奏吾と私はマブダチだからね」


 彩音は奏を挑発するように言う。


「悪いねぇ。失礼するよ、奏」


 恭平が奏の横に座る。恭平は奏と少し話すと、僕に向かってウィンクをしてきた。何を伝えたいのか分からないが、とりあえず受け取っておいた。


 全員が席についたところで永久が立ち上がり、グラスをスプーンで叩いて注目を集める。


「はい! じゃ、みんな揃ったね。勝田さんが遅いのはいつもの事として。今日はライブの打ち上げと、お兄ちゃんのバンド卒業、そして、奏吾のバンド加入の歓迎を一度に祝っちゃうから! フォアグラ付きのコースだよ!」


 一同にどよめきが走る。高校生のライブの打ち上げでフォアグラが出てくるコースだなんて聞いたことがない。音源でそんなに収益が出ているのだろうか。


 厨房の方から大柄なおじさんが出てきてこちらを手招きしている。


「千弦! ちょっと手伝ってくれ」


「はーい。今行きまーす」


 ウェイターらしきおじさんが千弦を呼び捨てにして呼びつけている。


「ねぇ、あの人って千弦とどういう関係なの?」


「お父さんだよ」


 千弦の親が働いている店だから打ち上げの会場にしているのか。それにしても千弦とは似ても似つかない大男だった。千弦は母親似なのだろう。


 少し待っていると千弦がお父さんと二人で大量の料理を運んできた。色とりどりの前菜の盛り合わせと冷製パスタだ。


「恭平君はビールでいいのかい?」


「あー……帰りも運転しなきゃなんでオレンジジュースで」


 千弦のお父さんが飲み物を確認している。恭平に確認した後、僕の方を見てくる。


「あ……オレンジジュースで」


「はいよ」


 千弦のお父さんはニカッと笑うとまた奥に引っ込んで飲み物を持ってきた。どうやら女子勢はお決まりの飲み物があるらしい。誰にも確認していなかった。


 永久と彩音はコーラ。奏はアイスコーヒー。千弦はオレンジジュースだけど僕のやつより色が赤みがかっている。


 飲み物が揃ったところで、永久から乾杯の合図があり、色んなものを兼ねたパーティが始まった。パーティと言っても、皆でご飯を食べながらワイワイ話すだけだが。


「はいどうぞ。取り分けといた」


 彩音が僕から遠い大皿の料理を取ってくれた。


「あ……ありがとう。彩音、お姉さんみたいだね」


「家でもずっとこんな感じだしね」


「そうなの?」


「うん。私が長女で下に四人いるから。いつもお母さん代わりだよ。お父さんもいないから大変なの」


 バイトをたくさんしているのも家計を助けるためなのだろう。サクシは大事な食い扶持と言っていたのも関係あるのだろうか。なんだか小柄な彩音が急に大きく見えてきた。


 父親がいない事もさも当然という感じで言うので気にしていないのだろう。


「はーい、お待たせ。フォアグラの若者風よ」


 シェフの格好をした女性が皿を持ってやってきた。若者風とはなんだろう。


「お母さん。運ぶのはやるからいいよ」


「ありがとね。千弦」


 どうやら千弦のお母さんがシェフをやっているみたいだ。千弦と二人で手早くフォアグラの乗った皿が並べていく。


 フォアグラには黒い丸形のものがたくさん載っていた。


「これ……なんだろう。もしかしてキャビア?」


 永久の言葉で一同に衝撃が走る。フォアグラにキャビアを載せているだなんて贅沢極まりない一品だ。


 千弦のお母さんは笑いながら答える。


「残念。タピオカよ」


「なんでタピオカを載せてるんですか……」


「若者受けを狙ってみたの。ご賞味あれ」


 千弦によく似た高い声で歌うように答えると、また厨房の方に引っ込んでしまった。


「割引してもらう代わりに新作メニューの試食を兼ねてるの。これは外れだね」


 彩音がタピオカを避けながらフォアグラを食べている。


「意外といけるよぉ。一緒に食べると食感がちょっと気持ち悪いね。塩漬けのタピオカ自体は使い道はありそうだけどなぁ。うーん……」


 奏も真面目に考えている。奏を信じてフォアグラとタピオカを一緒に食べてみる。フォアグラのブヨブヨな食感とタピオカのモチモチ食感の相性は最悪だ。


 タピオカだけを食べてみると案外美味しい。


「やっぱデザート向けかな。キャラメルをかけたら美味しそうだね」


 彩音は無難に当たりそうなアイディアを出す。こういうバランス感覚が一番あるのは彩音だとうっすら気づき始めた。少しおっちょこちょいではあるが。


 永久はいつもぶっ飛んでいるし、千弦は天然。奏は、良く分からないけれど、どこかネジが外れているような感じがある。


「彩音が一番だなぁ……」


「い、いきなり……な、何を言ってんの!」


 彩音がジュースを吹き出す。ボーッと考え事をしていて口から言葉が漏れてしまったみたいだ。


「えぇ!? 彩音が一番好き!?」


 奏がわざとらしく大声を出すので千弦と永久もこちらを向いてきた。


「なになに? 彩音が一番なの?」


 永久が首を突っ込んでくる。


「い、いや。そういう事じゃなくて……バランスというか」


「バランスだと私の方が良いと思うけどなあ」


 奏が腕を組んで悩み始めた。


「奏吾君はロリコンなんですか?」


 千弦も驚いた様子で聞いてくる。


「違いますよ!」


「なんだか私がロリって前提で話が進んでいくのが腹立たしいわね……」


 同級生と比較しても一番幼く見えるし、席が一番前なのも前に人がいると黒板が見えないからだと言っていた。本人がどう思おうとロリはロリだろう。


 しばらくは僕のロリコンいじりで場が進んでいった。奏はしきりに胸に手を当てて、何かを考え込んでいるようだった。

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