第15話 初ライブ④

 アンコールを終えてステージ裏に戻ってきた。今、ステージ裏からフロアに出ると顔バレの危険もあるので、勝田さんに連絡して、お客さんが帰るまでステージ裏で待機することになった。


 連絡してすぐにフロアと通じるドアが開いたのでみんながギョッとして扉を見つめる。入ってきたのは恭平だった。客としてライブを見に来ていたみたいだ。


「また来たのか。脅迫メール」


 バンドの連絡用のメールアカウントはメンバーで共有している。恭平も自分の携帯に通知が来たのでビックリしてステージ裏に入ってきたのだろう。


「うーん……撮影してた人なんていっぱい居るから絞り込めないなあ」


 奏が腕を組んで考え込んでいる。


「俺もまさか客として脅迫犯が来てると思わなかったから注意してなかったんだ。すまん」


「なんでお兄ちゃんが謝るんだよ。悪いのはメールを送ってきてるやつだろ」


「あぁ……そうだな」


「今日のイベントは私達が出ることは伏せられてましたよね。たまたま居合わせたなんて偶然、出来すぎている気がします」


 千弦がいい推理をする。サクシはシークレットゲストなのだから、脅迫犯が事前に出演する事を知った上でライブハウスに来ることはできない。


「今日の出演を知っていた人だと、ここのスタッフになっちゃうな。勝田さんと音響の増崎さんが怪しいってことか。さすがに無いと思いたいなぁ」


 永久が天井を見ながら言う。二人共、サクシがここまで大きくなる前から目をかけてくれていたのだろうし、信用しているのだろう。


 スタッフが犯人だとすると動機は分からないけれどあの写真を撮ることはできる。少なくともライブ中にフロアを動き回ることができた人が犯人のはずだ。


「たまたま居合わせたって所だと、うちの高校の生徒もいるよね」


「彩音は前から、うちの生徒を疑ってますよね」


 トワイライトを見るために結構な人数の生徒が来ていたはずだ。その中に脅迫犯がいるという説だ。だが、これも動機が分からない。


「トワイライトとか怪しくないか? 私達の前に演奏してたし、その後フロアにすぐ出ていったよな。奏吾、何か知らないか?」


 これは永久の推理。一番動機はありそうなメンバーだ。海斗なんかは自分が学校で一番人気のバンドマンだと思っているから、サクシのような大人気バンドが同じ高校の生徒で構成されていると知ったら嫉妬しそうだ。


「僕って結構前から外される前提で話が進んでたみたいで……多分そういう話を知ってても教えてくれない気がするんだ」


 一同から憐れみの視線を受ける。一人で考えているとクヨクヨしてしまうが、周りから同情されると気にしていないから、と突っぱねたくなってしまう。


「あんまり当てにならないけど、サングラスをかけてキョロキョロしている人は見たな。あの人は怪しかった」


 永久がそう言うと彩音も思い出したように目を見開いた。


「いたいた! 体格的には女の人っぽかったね」


 脅迫犯は女性なのだろうか。同じ高校の生徒だとすると女子の可能性の方が高い。トワイライトのメンバーから依頼されて撮影だけしていたという可能性もある。


 なんだか確定的な手がかりが得られないまま話が進むので全員が怪しく見えてしまう。みんなも同じ事を思ったのか、推理ごっこが終わり一瞬の沈黙が訪れる。


「それよりも、奏と奏吾君で腕を組んでいたのはどういう経緯なのでしょうね。気になります」


 千弦が思い出したように二枚目の写真について触れてくる。


「あ……あれは、トワイライトの人に壁ドンされそうになったから避けるためにしただけだから。そもそも奏吾くんと二人になったのも、みんなで固まってたら怪しいかなって、そう思っただけだよ」


 奏は聞かれてもいないことまでペラペラと話すので逆に怪しさが増している。皆が僕と奏を交互に見てニヤリと笑う。


「と、とにかく! トワイライトが怪しそうってことだね。嫉妬しやすい海斗がいるから動機も十分。しばらくは学校でも気を付けた方がいいかもね。音楽室や部室で練習しないとかかな」


 僕の独断で無理やり話をそらしてトワイライトに責任を押し付けた感じはあるけれど、一旦話はまとまった。


 勝田さんが僕達を呼びに来た。お客さんは皆帰ったらしい。


「やっぱトワイライトは須藤くんがコアだったんだね。新しい子も悪くないけれど、安定感も迫力も落ちちゃったかな」


「あ……ありがとうございます」


 年季の入った人からお墨付きをもらえると自信になる。トワイライトにいる時はそこまで自分がキーになっているとは思っていなかった。


 話したついでに勝田さんと音響の増崎さんのライブ中のアリバイをさり気なく確認してみた。


 勝田さんはそもそもガラケー派で古い携帯を使っていた。カメラの性能的に添付されていた写真のように綺麗には撮れない。


 音響の増崎さんは、開演前からずっと会場後方の音響機材のあるPA席にいたらしい。僕と奏がトワイライトの海斗と蓮に絡まれているところも見ていたというので白だと思う。


 二人の他に共犯がいた場合を考えると、絶対に白とは言い切れないものの、動機も無さそうだから犯人候補からは外してもいいのかもしれない。


「ま、ウジウジしてても仕方ないよ。打ち上げに行こう!」


 永久が手を叩いて皆に合図する。そういえば打ち上げの会場は秘密にされている。どこに行くのだろうか。


「俺も後で顔を出すよ。またな」


 勝田さんも来るらしい。挨拶もそこそこにステージ裏から出ていってしまった。


 他の皆もゾロゾロと出ていく。ステージ裏には僕と彩音だけが残った。


「ねぇ……ちょっと」


 彩音が近づいてきて脇腹をつつく。俯いているので表情は分からない。何の話かと訝しりながら彩音の方を向く。


「この前は脅迫犯だって疑ってごめんなさい」


 彩音は腰を直角に曲げて謝ってきた。長いツインテールが床に向かって垂れ下がっている。


「ライブ中もステージにいたから奏吾が犯人な訳ないよね。それに、あんなに良い演奏してる人がサクシを潰したがってるわけないって思った」


 珍しく彩音が素直に話すので少し面食らってしまった。


「あ……気にしてないから。頭上げてよ。それに、僕と共犯の人がいたらまだ分かんないでしょ」


「やっぱりそうだったのね! 怪しいと思ってたのよ! ……なんてね。冗談」


 怒ったり笑ったり忙しい人だ。彩音が抱いていた僕への疑いは完全に晴れたみたいだ。


「逆に彩音が脅迫犯だったりしてね」


「そんな事するわけないでしょ。大事な食い扶持なんだから」


 打って変わって冷たい顔で彩音が言う。


「食い扶持?」


「何でもない。打ち上げ行くわよ。早くしないと奏吾の分まで食べちゃうからね」


 合宿の深夜練の時のようにニコニコと笑ってステージに裏から出ていってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る