第12話 初ライブ①
遂に僕のサクシ加入後初ライブの日がやってきた。会場はライブハウスBBC。サクシが出るにしては少し小さめのハコだけど、今日のイベントの主催者でもありBBCのオーナーでもある勝田さんたってのお願いで出ることにしたらしい。
今日のイベントは地元の高校生や大学生を中心に6バンドのブッキングが組まれている。実力派バンドのステージを高校生達に見せたいということらしく、出演することはシークレットだ。
今は自分達のリハーサルを終えて、近くのファミレスでライブが始まるのを待っている。衣装への着替えは直前にやるらしいので、今はまだみんな私服だ。
何も考えずに席につくと永久と千弦に挟まれる位置に座ってしまった。
「どう? 初ライブで緊張してる?」
右側から永久が話しかけてくる。
「ちょっとだけ……」
「別にライブハウスが初めてって訳でもないですもんねえ」
左側にいる千弦が言う。
BBCはトワイライトとしても何回かステージに立ったことがある。だが、シークレットのゲスト扱いだなんて身に余る経験だ。
「なんだかBBCでライブって懐かしいね。初ライブを思い出すよ。チケットノルマとかキツかったなぁ」
奏がパフェをつつきながらしみじみと言う。チケットノルマとはイベントに出演するにあたって課せられるチケットの売上目標だ。
駆け出しのバンドや学生バンドなんかは一般のお客さんがついている訳ではないので、知り合いに見に来てもらってノルマを達成する。もちろん、知り合いが集まらなければ差額は自腹だ。
トワイライトの時もノルマがかなり辛かったのだが、海斗が高校の女の子を呼びまくって黒字にしている時もあった。基本的に彼の事は好きではなかったけれど、この時ばっかりは海斗に感謝したものだ。
「活動時期からすると、中学生の時からやってたんだよね。中学生にノルマって結構エグいね」
お小遣いもままならない人もいるだろうに、友達なんて呼べるのだろうか。
「他のバンドに比べたらだいぶ緩くしてもらってたけどね。それに恭平さんがかなり友達を呼んでくれてたから」
恭平は結成当時は高校生だったか。今の僕とそんなに変わらないはずなのに、当時から色気全開のパフォーマンスだった。改めてユキの凄さを実感する。
「ま、今日はゲストだからね。しっかりやる事やって、また打ち上げで美味しいもの食べようね」
永久が気合を入れるようにステーキ肉を頬張りながら言う。
「打ち上げ? またファミレスにでも来るんですか?」
皆が一斉に笑う。他にやるところなんてあるのだろうか。
「ライブが終わってからのお楽しみですね」
千弦が笑いながら言う。そろそろ開演時間なので会計を済ませてライブハウスに戻る。
サクシの出番は三時間くらい後なのだが、それまでは対バンのステージを見るらしい。対バンのステージを見ることは強制ではないので皆真面目だと思う。こんな感じで僕がトワイライトとしてステージに立っていた時も見てくれていたのかもしれない。
BBCの建物についている二つのドアのうち、ライブハウスと書かれている方から入る。もう一つのドアにはスタジオと書かれている。
どちらから入って中で繋がっているので同じなのだが、気分の問題だと奏が主張するのだ。験担ぎのひとつなのかもしれない。
バーカウンターで飲み物を受け取り、全員で中に入る。壁に染み付いたタバコの匂いとエアコンの少しカビた匂いがする。
最初のバンドの演奏までもう少し時間があるため、場内では音楽が大音量でかかっている。家のスピーカーとは違い、バスドラムの音がなる度、体や鼓膜がズンと震えるのが分かる。
「ねぇ、あれってトワイライトの人達じゃない?」
奏が僕の肩をつついて、壁際を指差す。そこにはトワイライトの面々が揃っていた。今日は高校生バンドも多く出ているしトワイライトも誘われたのだろう。
「本当だ。僕達ここにいていいのかな……知り合いだしあまり見られるのって良くないよね」
「全員で固まってるのは良くないかもね。あっち行こ」
奏は僕の空いた手をとる。そのまま、人をかき分けて会場の後ろの方に連れて行かれた。奏が壁に背を預け、僕は奏と向かい合うように立つ。
永久達と離れたところにいれば繋がっているとも思われづらいだろうし咄嗟のアイディアとしては上々だと思う。
「万が一話しかけられたら二人でデートに来てたって事で」
妙に近い距離感でウィンクしながら奏が作戦を告げてくる。奏からすればサクシの正体がバレるよりも、僕と変な噂が立つ方がマシという判断なのだろう。
「意外と人集まってるね。知り合いはほとんど来てないから他校か大学生かな」
「そうだね。海斗が知り合いをたくさん呼ぶから、トワイライトの出番が近くなると増えるかもしれないね」
「トワイライトは……トリじゃーん。すごいねぇ」
奏がタイムテーブルを確認している。トリはトワイライトだ。その後にシークレットと書いてあるのがサクシの枠だ。
トワイライトも大学生バンドを抑えてのトリなのだからすごいと思う。
「でもここだけの話、勝田さんがトワイライトをトリに持ってきたのは奏吾くんが居るからなんだってさ」
「え? そうなの?」
「本人から聞いたから間違いないよ。やっぱベーシストを贔屓したくなっちゃうんでしょ。この地域ってギターやドラムは上手い人が多いんだけど、ベースが不作だからね。こんな奴もいるぞーって見せたかったんだってさ」
そんなに評価されているとは思わなかった。だが、勝田さんの期待も虚しく、トワイライトのベースは変わってしまった。
そもそも今日のライブの事はトワイライトを抜ける前にも聞いたことがなかったのだ。海斗と蓮は前々から僕を外す気で動いていたのだろう。
「でも、今日のライブにトワイライトが出るって知らなかったから、僕って計画的に外されたんだね」
つい、弱音がポロリと出てしまった。奏にしか聞かれていないし甘えたくなったのかもしれない。
「まだ気にしてんの? そんなの忘れるくらい楽しいライブになるから、それまでの辛抱だよ」
奏は僕の背中をパンパンと叩いてニコッと笑う。少し元気になってきたかもしれない。
「あれ、奏吾じゃんよ。何しに来たんだ? まさか俺達のライブを見に来てくれたのか? 未練タラタラなんだなぁ」
後ろを向くと、海斗と蓮がニヤニヤ顔を隠さずに立っていた。相変わらずのピチピチのステージ衣装だ。
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