第13話 初ライブ②

「えーと……野呂君と向谷君だっけ。こんにちは」


 奏が僕達の間に割って入るように二人に挨拶する。


「あ! 君って1組の和泉さんだよね? 可愛いって男子の中で噂になってるよ。トワイライトのライブを見に来てくれたの?」


 海斗が奏を壁際まで寄せて壁ドンの体制を取ろうとする。奏は僕の腕に抱きついて壁ドンを回避する。逃げ方として最善なのは分かるけれど少し照れてしまう。


「ううん。二人で他校の友達のライブを見に来たんだ。ついでに野呂君達のライブも見ようかなぁ」


 僕を盾にしながら奏がチクリと刺す。


「あ……そうなんだ。まぁ、俺達はトリだからね。他校の奴らより良いライブするから見ていってよ。良かったらライブが終わったあとにまた話そうね」


 海斗はいつものようにジェルで固めた髪を触りながら話す。奏のガードが固いと察したのか、二人はさっさと別の女の子のところへ行ってしまった。


「うぇ……壁ドンしようとしてきたよ。奏吾くんも毎回あんなのについて回ってたわけ?」


「そんな事してないよ。僕の定位置はあそこ。転換の間は携帯ばっか見てたよ」


 会場のステージ近く、横の壁際を指差す。もたれ掛かるのに丁度いいポールが設置してあるので立ちっぱなしになるライブハウスでのオアシスなのだ。


「奏吾くんらしいなぁ」


 いかにも陰キャらしい行動を僕らしいと言われると、それはそれで悲しいものがある。


「ま、でも楽しみだねぇ。奏吾くんのいなくなったトワイライト。どれだけグチャグチャになってるのかなぁ」


 奏はニヤニヤしながら悪い顔で海斗と蓮を見続けていた。


「ねぇ、そういえば私、可愛いって男子の中で評判なの?」


 さっきの海斗の言葉を覚えていたみたいだ。


「どうだろう。あんまりそういう話をした事はないから分かんないな」


 これは嘘だ。クラスにいる男子は僕を含めて全員が奏推しだと言っていた。


「ふーん……ちなみに奏吾くんはどう思う? 私って可愛い?」


 奏は僕の前で一回転してアイドルのように手を顔に添えたポーズを取る。


「ど……どうかな」


 目をそらしながら適当に濁す。奏はその言葉を聞くやいなや僕に近づいて耳たぶをつねってきた。


「こういう時は嘘でも可愛いって言うのが正解」


「か……かわいいです……」


「よろしい」


 奏は満足そうに僕の横に立ってステージの方を見つめる。そのまま奏と並んでライブを見始めた。


 いかにも初心者同士で組んだ感じの初々しいコピーバンドから始まった。クオリティの高低はあれど、どれもそれなりに聞けるものだった。




「奏吾くん。そろそろ準備しよっか」


「あ、そうだね」


 ステージではトワイライトが準備を始めている。あっという間に最後のバンドになった。


 奏と二人でステージ裏に向かうと、他のメンバーは既に着替えを終えていた。白シャツに黒いズボン、黒いネクタイにパンダの覆面。見た目だけだとコミックバンドだが、演奏が始まればその評価は一気に覆る。


「おそーい! 二人でイチャイチャしてたのはバッチリ見てたんだぞ」


 背丈からすると永久だろう。皆がパンダの顔で話すので誰が誰だか分かりづらい。


「奏吾くん。私着替えるからあっち向いててね」


 奏が衣装を持って僕に言うので、僕は反対を向いた。小さいライブハウスなのでステージ裏が楽屋になっている。すれ違うのがやっとの広さなので、着替えなんかはかなりやりづらいだろう。


 トイレで着替えると、ステージ裏に戻るまでにお客さんに見られてしまう。奏の着替えが終わったら僕の番だ。


「奏、またデカくなった?」


「マシュマロですねぇ」


「うはぁ。たまんねぇわ」


 後ろで女性陣が奏にセクハラをしている声が聞こえる。どうなっているのか気になって仕方がない。奏も「もう〜」と言ってはいるが本気で嫌がっていないのは僕でも分かる。


「次、奏吾くんどうぞ」


 奏の声がしたのでその場でズボンを脱ぐ。


「ばっか! 早いって!」


 永久の声が後ろから聞こえる。奏がケラケラと笑っている声も聞こえた。どうやら奏に騙されたみたいだ。


 恭平がいる時はどうやって着替えていたのだろう。普段はもう少し広いライブハウスでやってるだろうし、楽屋もしっかりしていそうだから気にする事は無かったのかもしれない。


「奏吾はボクサー派か」


 永久の声だ。ネクタイが上手く結べないので無視した。このまま僕はこうやってイジられるポジションに落ち着きそうな気配がする。


「奏吾君、ネクタイ結びますよ」


 背中を突かれて振り返ると千弦が立っていた。顔は覆面で隠れているが、千弦については別の場所で判別可能だ。


「あ……ありがとうございます」


 すぐ目の前に千弦が来て、ネクタイをほどき、もう一度首に回す。手慣れた手付きでネクタイを結んでくれた。パンダの覆面をしているが千弦は千弦だ。


「自分で結ぶのと、人のを結ぶのって勝手が違うんだよね。千弦は慣れてるけど、一体これまで何人のネクタイを結んできたのかなぁ」


「へ、変なことを言うのはやめてください! 皆の分を結ぶことが多いから慣れてるだけで、男性のネクタイを結ぶのはこれが初めてですから!」


 永久と千弦が良くわからない事で盛り上がっている。恭平は自分で結べたらしい。いい歳だし当然か。


「つまり奏吾が千弦のネクタイヴァージンを奪ってしまった訳か……こりゃ大変だなぁ」


 何も大変なことではない。


「わ、私も男の人のネクタイを結んだことないよ! 次は私の初めてが奪われちゃうのかな……」


 奏が悪ノリしてくる。永久はずっと中身がオッサンだし、奏も分かった上で乗っかってくるのでたちが悪い。


 彩音の方を見ると、呆れた顔で僕を見ていた。なんだかんだで、サクシで一番常識人なのは彩音な気がしてきた。


 助けて欲しいと視線で救難信号を送るものの、彩音は「お前はそっち側の人間だろう」と言いたげな目線で僕を突き放してきた。


 ひとしきりネクタイヴァージン話で盛り上がったところで奏が耳栓をハメだした。


「なんかチューニング変なのかな。トワイライトの演奏、すっごく気持ち悪いや」


「多分、ベースだけ440ヘルツでやってますね。ギターとキーボードは442ヘルツみたいですけど」


 楽器のチューニングは基準になるAの音を440ヘルツに合わせる事が多い。トワイライトは蓮のこだわりで442ヘルツに合わせることになっている。


 新しく入った櫻井さんがその事を忘れていたのだろう。結果的に微妙に楽器間のチューニングがずれて、二つの音の波がぶつかり合い、グワングワンと音がうねっているように聞こえる。


「千弦、よく分かりましたね」


「たまたまですよ」


 たまたまでチューニングの周波数を当てられてはたまらない。皆の音楽歴は知らないけれど、それなりに英才教育を受けてきたのだろう。


「これお客さんは大丈夫なのかな。結構キツそうだけど」


 永久がそう言うのと前後して、一曲目の演奏が終わった。曲の合間でチューニングを揃えたようだ。そこからは無難に聞ける演奏になった。


「奏吾くんの方が安定してたね。ボーカルも音外してるし歌いづらそうだなぁ」


「ベースが安定してると歌いやすいですからねぇ」


 ステージ裏でボロクソに言われている。このことは本人達には教えない方が良さそうだ。


 演奏を終えてトワイライトの面々がステージ裏に戻ってくる。僕達の姿を見てギョッと驚いた顔をする。自分達がトリだと思っていたらステージ裏に覆面集団がいるのだから驚くのも無理はない。


 サクシだと気づいたみたいだが、あまり自分達のライブに手応えを感じていないのか、そそくさと楽器を持って出ていってしまった。


 すぐに転換の準備が始まってシークレットゲストのアナウンスが入る。全員でセッティングを済ませると、入場のBGMが鳴り始めた。恭平が車でかけていた昭和歌謡曲だ。


 音楽に合わせて順番にステージに上がる。彩音が最初に出ていった。会場からは大きな歓声が上がったのがステージ横からも分かる。パンダの覆面を見て、シークレットゲストがサクシだと皆が気づいたのだろう。


 次は僕の番だ。永久、千弦、奏の順番でハイタッチをして、ステージに歩み出ていく。

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