第8話 合宿②
山籠りとは、その名の通り山奥にある施設でひたすら練習をする事らしい。要するに合宿だ。
オールナイトで使える上に宿泊もでき、近くにコンビニもあるのでライブ前は頻繁に籠もっているようだ。
金曜日の学校が終わるやいなや、全員がダッシュで家に帰って風呂や準備を済ませ、夕方には恭平の運転で出発した。
到着したのは夜の8時。そこから日付をまたぐまで練習した。明日も朝から夕方まで練習、そのまま帰宅という超ハードスケジュールだ。
ひとまず金曜の深夜まで続いた練習が一区切りついた。
女子と合宿ということなのだが、皆Tシャツに短パンと色気も何もない恰好なので少し寂しい。
「うーん……なんかリズム隊がなぁ。お兄ちゃんの時から劣化してる訳じゃないんだけど、なんかドラムとベースが噛み合ってない感じがするんだよなぁ」
永久が腕を組んで悩んでいる。言葉を選んでいるように聞こえるのが心苦しい。
「あ、いやでも本当に恭平さんと同じくらい弾けてるから自信持ってね」
そんな僕の心中を察したのか、奏がフォローしてくれる。ありがたいのだが、とてもユキの演奏に追いつけているとは思えない。
実はここに到着した時、恭平からベースを譲り受けた。変に機材が変わると怪しまれるし、音のバランスも変わってしまう。それに、元々僕が使っていたベースも少し個性的だったので、そこから身元が割れるのを懸念したのだ。
僕としては憧れのユキが使っていたベースを弾けるのだから願ったり叶ったりだったのだが、まだ新しいベースに慣れていないのかもしれない。弘法筆を選ばずというのはもっと上級者のことなのだ。
「もう少し居残って練習します。まだ体が楽器に慣れてないのもあると思うので」
「じゃ、私も残ろうかな。リズム隊で合わないのは致命的だし」
彩音も一緒に残るみたいだ。他の三人はさすがに眠くなってきたのか、アクビをしながら練習部屋から出ていった。
「はぁ……なんでアンタがユキさんのベースを貰えんのよ。私が貰いたいぐらいだわ」
開口一番嫌味が飛んでくる。そんな事を言うために残ったのではないと思いたいが、少し嫌な気分になる。
「ちょっと触ってみる?」
彩音に向かってベースを差し出す。
「そういうことじゃないから! まぁいいわ。練習しよ」
気まずい雰囲気から練習が再開する。気まずさが演奏に現れているのか、全員で合わせた時よりも更にグチャグチャな形になってしまった。
結局、三十分くらいで切り上げて宿泊部屋に戻った。彩音は僕の顔も見ずに練習部屋から出ていってしまった。
男用の宿泊部屋に戻ると、恭平がタンクトップで出迎えてくれた。
「お疲れさま。どうだった?」
「あ、はい。まだ恭平さんみたいにはなれそうにないです」
「そりゃアタシは何年もやってるからねぇ。ま、これからだよ。頑張りな」
恭平が僕のお尻を叩いて鼓舞してくるのだが、お尻を鷲掴みにされた気がする。
一人称も音楽室で話したときと違うし、声のトーンも高い。今の恭平はなんというか妖艶さがある。
そして、この雰囲気は見覚えがある。ステージ上でのユキだ。どちらが恭平の素なのか分からないが、ステージ上のユキにはなんとも言えない色気があった。他の誰よりもエロいのだ。僕に足りないのはエロさなのかもしれない。
「じゃ、アタシはシャワー入るから。おやすみ」
恭平はユニットバスの扉の前から僕に投げキッスを投げつけてシャワーを浴びにいった。
学校に行った後にすぐ移動して深夜までの練習はかなり疲れた。睡魔が襲いかかってきて頭がボーッとする。
ベッドに横たわって布団を頭まで被ると眠気がすぐに襲ってくる。そのまま眠っているのかどうか分からないまどろみの中にいると、何やら声が聞こえてきた。
「寝てるのにすみません。どうしても話しておきたいことがあって」
彩音の声だ。さっきまで一緒にいたから夢にまで出てきたみたいだ。しおらしい声色で話している。
「バンド内で恋愛とかはダメだと思ってるのでずっと言えなかったんですけど、ずっと……しゅきでした!」
ずっとが被っている。それに噛んでいる。よほど緊張しているのだろうか。だが、これは夢の中の話だ。
「あの……起きてますか?」
彩音がベッドに腰掛けたみたいで、少しマットレスが沈む。リアルな夢だ。そのまま布団を捲られる。
「な……ななな……なんでアンタなのよ!」
背中に蹴りが入る。痛みでやっと気づいたがこれは現実だったみたいだ。
起き上がって彩音の方を見ると顔が真っ赤になっている。多分だけど、恭平に告白しようと思ったのだろう。さっき解散したばかりだし、僕がシャワーに入っていると思い込んだのかもしれない。
シャワールームの扉が開いた。中からタオルを腰に巻いた恭平が出てくる。
「奏吾チャン。お待たセコム〜。アタシのお股のセキュリティも万全……おう。彩音か。どうしたんだ」
ユキから恭平にスムーズに切り替わる。彩音は口を開けたまま固まっているし、恭平も何も言わずに立ち尽くしている。
数秒の硬直の後、彩音は何も言わずに部屋から出ていってしまった。
「マジヤバイ。やらかした。奏吾チャン、どうしよう……」
恭平がその場にへたり込む。足を外側に曲げるように座っていて、座り方までセクシーだ。タオルの隙間からは何も見えそうにないのが救いだ。
「彩音、恭平さんの事が好きだったみたいですよ」
「あぁ……それは何となくね……俺はこんなんだから、のらりくらりとかわしてたんだけどな。今日はツイてないわ。ちなみにアレはついてるからな」
恭平は男の方に切り替わったのか、低い声でそう言う。
「いや、ツイてるツイてないじゃなくて……そっちのついてるとかも置いとくとして……追いかけないんですか!?」
「俺が追いかけてどうすんだよ。女子高生には興味ないんだ、すまんって言えばいいのか? 代わりに慰めてやってきてくれ」
「それは……」
「まぁ、過去にも色々あったからな。俺が行っても意味ないんだわ。頼む」
いつの間にか座り方は胡座に変わっていた。僕も彩音との付き合いが長いわけではないので恭平の言うことを信じるしかない。
彩音を追いかけるため部屋から飛び出した。
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