第5話 バンド脱退、加入⑤
いきなりで初めての練習とはいえ、普段からコピーしている曲なのですんなりと混ざることができた。ユキ、というか恭平がずっと腕を組んで僕を見てくるので最初はかなり緊張した。「良かったぞ」と言ってくれたので本人からも認めてはもらえたのだろう。
練習が終わる頃には雨も上がっていたので、楽器を持って帰るのも楽だ。雨が降っていると、楽器を濡らさないようにギターケースをビニールでぐるぐる巻にするのでかなり面倒なのだ。
永久と千弦は家が近いらしく、恭平と車で帰っていった。奏と彩音と三人で雨上がりの夕暮れの中を歩く。黄昏時とはいえ、まだ空には青さが残っている。
「奏吾くん、憧れのサクシに加入した気分はいかがでしょうか?」
奏がインタビュアーのフリをして透明なマイクを僕に差し出してくる。
「まだ実感が湧きません」
「早く慣れてくれないと私もドラム叩きづらいんだから。しっかりしてよね」
何故か彩音は最初から僕への当たりが強い。いまいち心当たりがないのでこちらとしても対応しようがなくて困ってしまう。
校門のあたりに差し掛かったところで、ギターケースを持った集団が溜まっていることに気づいた。海斗と蓮と芽衣子、もうひとりいるのは新しいベース担当の人だろう。
僕が顔をしかめていると奏が背中を叩いてきた。
「ほらほら、そんな顔しない。あんな奴らの事は忘れちゃおうよ」
「そうそう。あいつらは見る目も良い耳も持ってないナルシスト集団でしょ」
彩音も僕の味方のようだ。彩音は基本悪い人ではないし、嫌われてもないと思うのだが、なんで彩音は僕に突っかかってくるのだろう。
僕達がトワイライトのメンバーの横を通ると、これみよがしに海斗と蓮が僕に絡んできた。
「お! トワイライト“だった“奏吾クンじゃないですかぁ。女の子に慰めてもらってたのかなぁ?」
「あーそうそう。この人が新しいベースの櫻井薫子(さくらい かおるこ)さん。二年生で元メンバーより技術もあるし、ステージでも映えるんだよ。辞めてくれて助かったわ! ありがとな!」
櫻井さんは背も高いのでステージ映えしそうだ。腰まで伸ばしている黒髪がなんともミステリアスな雰囲気を醸し出している。
それはそれとして、海斗と蓮の二人と向き合うとなんとも言えないドス黒い感情が湧いてくる。
これまで必死に貢献してきた僕を追い出すなんて許せない。殴り合いの喧嘩をしてでも屈服させたいという野蛮な心と、僕は憧れのサクシに加入したのだからこんな小物の事は忘れてしまえという傲慢な心の二つが芽生えたことに気付く。そして、僕の心の中では圧倒的に傲慢な心が優勢だった。
だから、ここで殴り合いをする価値もない。そう思ってしまう。一応喧嘩を売られたので何かを言い返したいのだが、上手く言葉が出てこない。
昨日までは友達のように接してくれていたのに。皆、腹の底では何を考えているのか分からないと痛感する。
「奏吾くん、行こ」
奏が僕の腕を引っ張ってくる。そのまま海斗や蓮と話すことなく距離が離れていく。
「あ……ありがと」
「奏吾くん、怖い顔だったねぇ。よっぽど酷い事言われてたんだね」
子供や犬をあやすように奏が頭を撫でてくる。
「ちょ、やめてよ」
「いいんじゃんかぁ。ほらほら、よーしよしよし」
「見てらんないわ……」
彩音がドン引きした目で僕達から顔をそらす。僕は何もしていないのに彩音の好感度がグングンと低下していくのが分かる。
「そういえばね、さっき、薫子さんっていたじゃない? すごいあがり症なんだって。ライブとか出られるのかな」
「そうなんだ。奏って色々詳しいんだね」
「まぁね! 勝田さんのとこ出入りしてるとね、色んなゴシップが入ってくるのさ。そんなに大きい街でもないから界隈も狭いしね」
勝田さんというのはライブハウスBBCのオーナーだ。受付でコーラを飲んでいるイメージしかないけれど、本職はベーシストで、楽器を持つと雰囲気がガラッと変わる。
「そういえば、脅迫犯っていうのはなんのことだったの?」
「アンタに話すわけ無いでしょ。まだ私は疑ってるから」
彩音が厳しい表情で牽制してくる。
「んー……私は奏吾くんの事、信用してもいいと思ってるよ。あれだけサクシ愛に溢れてるのに活動休止は要求してこないでしょ」
「ええ!? 活動休止しろって言われてるの!?」
「ほらね。もし奏吾くんが脅迫犯だったとして、よっぽどサイコパスじゃないとこんな顔出来ないでしょ」
なんだか奏に試されたみたいで少しモヤッとする。
サクシは僕の生き甲斐と言ってもいい。活動休止なんてなった日にはしばらく立ち直れなくなりそうだ。それはそれはひどい顔を奏と彩音に見せていると思う。
「ていうかもうほとんど言っちゃってるしね……後は奏に任せるよ」
彩音は諦めたように両手を上に挙げる。奏はにっこり微笑むと僕の方を向いて話し始めた。
「二ヶ月くらい前からなんだけどね、バンドのお仕事連絡用のメールアドレスに変なメールが来るようになったの」
「変なメール?」
「うん。お前たちの素顔を知っている。バラされたくなかったら活動休止しろ、ってね。でも二ヶ月間普通に活動しても何もないし、イタズラだろうって話になってるんだ」
サクシが活動休止してメールの送り主にどんなメリットがあるのだろう。売れている事への嫉妬なら分かりやすい。だが、音楽関係者となるとかなりの数になるので犯人を絞り込むのが大変だ。
「まぁ、皆もう気にしてないからね。正体がバレたなら顔出しでやればいいだけだし。永久はちょっと活動を抑え気味にしたがってるくらいかな」
「そういえば何で覆面でやってるの?」
「何でだっけ? 彩音覚えてる?」
「忘れちゃった。永久が全員分持ってきてたんだよね」
こだわりがあって覆面でやっている訳ではないみたいだ。普通の高校生として生活する分には素顔がバレていない方がいいだろうから、このまま覆面で活動していくのだろう。
「あ! 時間ヤバイわ! 私バイト行くから。またね」
彩音は挨拶もそこそこに一人でバイトに走って行ってしまった。
「奏吾くん、今から暇?」
「暇だよ」
「じゃ、デートしよっか」
奏はニコニコしながら、僕の前に立ちふさがる。「イエス」しか許さない雰囲気を出しているので、僕は黙って頷くことしかできなかった。
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