第3話 バンド脱退、加入③
「あんなにって……僕まだベースを始めて四ヶ月ですよ」
皆が再び驚いた顔をする。
「奏吾、マジで言ってる?」
永久が半笑いで僕に聞いてくる。
「はい。なにか変ですか? サクシのベースって結構難しくて……コピーしてるうちに色々出来るようにはなったんですけど、まだまだです……」
「なんか初心者をイジメちゃってごめん……」
なぜか奏が謝ってくる。
「なんで奏が謝るの?」
「あ……まぁ、色々とありまして。そんな事よりクビになった話だよ!」
また濁されてしまった。ユキの正体もだが何か訳あり風だ。覆面で正体を隠していることと関係があるのかもしれない。本人達には申し訳ないが勝手に深読みをしてしまう。
「なんで皆さんは僕の事を知ってるんですか?」
「トワイライトって、たまにBBCでライブしてるっしょ。奏が良く見てて私達に話してるんだよ。『めっちゃカッコいいベースの人がいたの』ってさ」
「永久! それは話を盛り過ぎだよぉ。カッコいいのは奏吾くんのベースのフレーズね」
一瞬期待してしまったのだが、僕はお世辞にもカッコいい部類ではないので当然か。
BBCとはこの街にある小さなライブハウス兼スタジオだ。数少ないライブハウスなので皆も表の顔で出入りしているのだろう。
トワイライトとして何度もライブに出演しているので、その時に見られていたみたいだ。サクシのメンバーに演奏を褒められるなんて夢みたいだ。
「それでそれで、なんで首にされたわけ?」
永久がガンガン突っ込んで聞いてくる。この人には人の地雷を踏むという概念が無いのかもしれない。
「手短に言うと、ルート弾き以外をしてるので目立ちすぎるのと、ベースを構える位置が高すぎたらしいです」
「面白い冗談ですね」
千弦が笑う。だが、これは紛れもない真実なのだ。
「いえ。本当の話です」
「ま……まぁ、トワイライトって見た目重視な雰囲気もあったしね。みんなパツパツの衣装だったしさ」
奏が苦しいフォローをしてくれる。実際、海斗と蓮の趣味に合わせていたところもあったので、あまり音楽性もステージ衣装も好きではなかった。
「奏。今、奏吾フリーらしいよ。告っちゃいなよ」
永久がみんなに聞こえる声量で奏に内緒話をしている。
「誤解を招く言い方はやめてよ! 奏吾くん、時間あったらでいいんだけど、今から私達とセッションしない?」
私達というのはつまりサクシなので、サクシにベースとして入って演奏するということだ。本当にこんな事が現実にあるのかとまだ信じられない気持ちだ。大量の汗が手のひらからにじみ出てくる。
「や、やります!」
僕がそう言うと皆は目つきを変えて各々の楽器のところで準備を始めた。僕も慌ててベースを取り出し、アンプに繋いでチューニングを確認する。
全員の準備が整ったところで永久が手を挙げて合図をした。
「じゃ、始めまーす。Am(エーマイナー)一発で奏が適当にテーマ作るからそれに合わせる感じかな。奏吾、ついてこれそ?」
「すみません。どの国の言語なのかも分からなかったです」
こっちは四ヶ月の初心者なのだ。アドリブでいきなり弾けと言われても無理に決まっている。
「アハハ。普段は私達の曲のコピーしてくれてんだっけ。それにしよっか」
「は、はい!」
永久が適当に曲を選んでくれたので全員がドラムの方を見る。ドラムセットに座っている彩音がカウントをして曲に入る。
サクシの『君がすべて』。爽やかな雰囲気の曲調とサビ前のリズムが特徴的なライブの定番曲だ。
イントロが終わると千弦がマイクに近づいていく。本気で歌ってはいないみたいだが、この力強いハイトーンボイスは紛れもなく本物のマサだ。
永久のギターも、彩音のドラムも、奏のキーボードもすべてがサクシの音を鳴らしている。こんな幸せな空間があるだろうか。
皆の目を見ながらサビ前のキメをしっかりと合わせる。バッチリと全員の音がタイミング良く噛み合う。それを機に音楽室の中をシャボン玉が飛び始めた。そう錯覚するくらいに楽しい一時だ。
シャボン玉は光と音を乱反射して、ありきたりな音楽室の風景を立派なステージに変えてしまった。壁際に飾られているベートーヴェンも、モーツァルトも、名前を知らないおじさん達もサクシの音楽を楽しんでいるように微笑んでいる。
前に動画サイトで有名ミュージシャンのリハーサルを見学している時に、音声チェックでファンが飛び入り参加した動画を見たことがある。
あの人も、憧れのミュージシャンと一緒に演奏ができて、こんな風に高揚感に満ち溢れていたのだろう。
あっという間に一曲が終わってしまった。
「奏吾、やっぱ上手いなぁ」
「細かいところまで完コピでしたね。本当にたくさん聴き込んでくれてるんだっていうのが分かりますね」
演奏が終わるなり、永久と千弦が僕の方を見て褒めてくる。
「ま、まぁユキさんの方が上手だったけどね! 自惚れないでよね!」
「彩音は素直じゃないからねぇ。でも、本当にすごかった! ユキがいるみたいだったよ!」
奏はキーボードから身を乗り出して僕に語りかけてくる。勢い余って鍵盤を押してしまったようで、ジャーンと不協和音が鳴り響く。
「あ……ありがとうございます。そんな風に褒めてもらえるなんて……」
自然と涙が出てくる。サクシのメンバーと一緒に演奏できただけでも嬉しいのに、褒めてもらえるなんて。
「ええ、ちょっと、泣かないでよ。どうしたどうした」
永久が驚いた様子で僕を慰めに近づいてくる。その時、ドアが勢い良く開く音がした。全員でドアの方を見る。
「お待たせ! 教授にどやされてたん……誰だそいつ?」
高校生には見えない細マッチョな男性が音楽室に入ってきた。短く刈り上げた髪の毛に胸筋の盛り上がりがわかるほどピッタリと張り付いたシャツが印象的だ。
「ユキさん、いらっしゃい」
彩音が細マッチョに近づいて挨拶をする。
「ええ! この人がユキなんですか!?」
僕の憧れのベーシスト、ユキはイケメンなお兄さんだった。
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