第2話 バンド脱退、加入②

「きょ、脅迫? 僕は何も知らないし何もしてないって!」


 木の棒とはいえ、全力で叩かれたらかなり痛そうだ。全力で目の前のツインテールちびっ子を宥める。身長に比例した小さい顔に猫のように丸く大きくて少し吊り上がった目。よく見ると彼女も見たことがある顔だった。


「彩音、落ち着こうよ。彼はそんな人じゃないから。クラスメイトだよ?」


 和泉さんが助け舟を出してくれた。ドラムスティックを僕に向けているちびっ子は則竹彩音(のりたけ あやね)。同じクラスなので名前は知っているが話したことはない。


「だって、奏がサクシのメンバーってはっきり言ってたじゃん! どこでそれを知ったの!? そもそもこんなやつ知らないから!」


 クラスメイトに知らないと言われてしまうとかなり悲しい。クラスに男子は僕を入れて三人しかいないのだが。


「須藤奏吾(すとう そうご)くんだよ。彩音の列の後ろの方に座ってるんだけどなぁ。彩音が後ろに回したプリントを受け取ってる一人なんだよ」


 当たり前のことをすごい偶然のように説明している。というか、話の流れ的には本当に和泉さんがサクシのメンバーみたいだ。そんな事ありえるのだろうか。


「ほ、本当に和泉さんってサクシのメンバーなの?」


「そ……そんな訳ないじゃんかぁ。彩音ってね、こうやってドッキリを仕掛けるのが好きなんだよ。ね? そうだよね、彩音?」


 和泉さんの目は、話を合わせないと後で何をされるか分からない怖さがある。そんな目で睨まれた則竹さんは蛇に睨まれた蛙のように固まって「は、はひ」と小さく口を動かす。


 和泉さんの態度が怪しいのでなんだか本当にメンバーなんじゃないかと思い始めたところで音楽室の扉が勢いよく開いた。


 則竹さんが弾き飛ばされて僕の体にダイブしてくる。僕も不意を突かれたがなんとか踏ん張って則竹さんを受け止めることが出来た。


「ひっ! 男の胸板! 無理無理!」


 則竹さんは悲鳴をあげながら僕から離れていく。偶然とはいえ助けたのだからお礼くらいあってもいいだろうと心の中で不満を漏らす。


「お待たせー! ケイ……じゃなくて奏、準備できてる?」


「先生の話が無駄に長くて……お待たせしました」


 銀色のインナーカラーが特徴的な女子とニット帽を被った女子が入ってきた。ケイはサクシのキーボード担当のメンバー名だ。


「えぇ……ケイって……和泉さん……本当はメンバーなの?」


 和泉さんは頭を抱えてその場にうなだれていた。その態度が僕の質問に対してイエスと答えているようにしか見えなかったのだが、僕はまだ実感が湧かずにその場に立ち尽くしていた。




 則竹さんは僕を叩きのめそうと暴れているし、和泉さんはうなだれてボソボソと言葉にならない言葉を発していて収拾がつかないので銀髪の女子の仲裁で全員で円を描くように床に座った。


「さてと……君が奏吾君だったんだ。奏が良く名前を出してるからねぇ。この高校で初めて男子と話したってウキウキしてたよ」


 そう話すのは、安藤永久(あんどう とわ)さん。二年生だ。うちは校則がかなりゆるいのだが、髪の毛のインナーカラーに銀色はかなり攻めていると思う。話せば良い人、と言われるタイプなのだろうけど、ロックンロールを体現するその威圧的な見た目だけで日常生活においては十分避ける理由になる。


 本当に同じ人間かと信じられないくらいにスタイルがよい。ナナフシみたいだと例えると怒られそうだが、そのくらい手足が細くて長いのだ。


 背が高いのと、緩いウェーブが掛かったミディアムヘアでかなり大人っぽく見える。制服を着ているのだがコスプレみたいだ。


「とりあえず、ここで見聞きしたことは忘れて頂けたり……しないですよね?」


 オレンジ色のニット帽を被っているこの人は伊東千弦(いとう ちづる)さん。安藤さんの同級生だ。この人もニット帽にパーカーと、お洒落なのだが、かなり制服を着崩している。


 一年経つとここまで服装もこなれてくるのかと驚く。和泉さんなんて一番上までシャツのボタンを止めているのだから。


「えぇと……色々と聞きたいことはあるんだけど……和泉さんがサクシのケイなの?」


「そうだよ。もうこの際だから全部言っちゃうと、永久がギターのミク、千弦がギターボーカルのマサ、彩音がドラムのサト。私がキーボードのケイ。後、私のことは奏でいいよ。皆、名前で呼び合ってるから、なんだか変な感じがしちゃうんだ」


 安藤さんが「私達のことも名前で呼んでくれていいよ」と乗っかる。先輩を名前で呼び捨ては気が引けるのだが、奏も全員を呼び捨てだし、そういう界隈なのかもしれない。郷に入っては郷に従えだ。


 まさかサクシがうちの高校のメンバーで構成されているとは知らなかった。覆面でやっているから知りようもなかったけれど。


 なんとかメンバーの情報が得られないかと良く検索をしていたけれど「CircleCことサクシの素顔は? メンバーの性別は?」みたいなサイトしか引っかからないし、どのサイトも最後は「詳しい情報は見つかりませんでした。皆さん演奏が上手ですよね!」と適当に濁して終わる記事ばかりだった。


 それくらい、サクシのメンバーに関する情報は伏せられていたのだ。


「ベースのユキもこの学校の生徒なの?」


「あー……ま、そのうち分かるよ」


 奏はユキの正体を濁した。僕としては一番気になるところなのだが。ユキはサクシのベース担当だ。演奏技術もそうなのだが、ステージ上での色気のあるパフォーマンスがとても格好いい。


「そういえば、さっき奏がギター弾いてたよね。キーボード担当だったんだ」


「お……音声チェックだよ!」


 奏が何かまずい事を聞かれたかのように狼狽える。


「音声チェックの前に『この前のライブ中、打ち上げで何を食べようか考えていてリフを間違えちゃった永久の真似をします』って言ってたけどね」


 彩音がチクるようにぼそっと言う。さっき奏に脅されていた仕返しかもしれない。「ふーん」と呟いた永久の厳しい目線が奏に突き刺さり、奏はビクビクと体を震わせている。何となくこの人達のパワーバランスが分かってきた。


「あ! そういえば、奏吾ってどこかで見たことあると思ってたんだよね。なんだっけ……トワ……ロワイヤルってバンドでベース弾いてるでしょ」


 永久が思い出したように言う。


「トワイライトです。まぁ、でした、が正しいですね。さっきクビになっちゃったので」


 皆が驚いた表情をする。


「えぇ!? 奏吾くん、あんなにうまいのに!?」


 奏がびっくりした様子でそう言った。

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