2 孤独

 ここは、地下10キロメートルに建造された地下ドーム。人類は数万年前、核戦争によって滅亡した。


 人類の滅亡を予見した科学者の一団は、全人類の遺伝子を収集し、そこから記憶因子を取り出すと、記憶因子の有機体プールと、全人類の記憶因子のデータベースを作りだした。

 このドームには、それらが安全に保管されている。

 今現在、地球上の生存者はアスキス一人だけだ。


 アスキスには、核戦争によって汚染された地上の除染と、動植物と人間の再生が任されている。任されていると言っても、このドームで目覚めた時、半ば強制的に自分自身にプログラムされた命令によって自覚するのみで、生身の人間に出会ったことは一度もなかった。


 記憶因子のプールに浸かり、超立方体スーパーキューブと呼ばれるスーパーコンピューターに保存された全人類の記憶データを、キューブと自分自身をコードで繋ぎ受信する。

 そうすることで、全人類の人生を追体験し、全人類の過ちから正しい選択を学ぶのだ。人類を正しい道へと導く完璧な人間を創り出し、その人間にこの地球の未来を担わせるというのが科学者たちの目論見だった。


 幾つものクローン体が用意され、肉体の寿命が近づくと、超立方体スーパーキューブを介して、アスキスの人格データのバックアップが取られる。その人格データは、新しいクローン体へと移し変えられ、そうすることで、同じ記憶を維持することが可能になり、この計画の一貫性が保障される。


「イプシム、俺の記憶を消してくれないか」

 イプシムはアスキスの目の前に浮かび、困った顔で宙を旋回した。

「ずっと一人だ。あの記憶の世界では、家族や仲間、恋人たちと幸せに暮らしている人間たちが沢山いる。現実に引き戻された時の虚無感と孤独がお前にはわかるか。俺の年齢を言ってみろ。一万年も続く記憶の中で、ただひたすら孤独に耐えるこの苦しみは、機械仕掛けの存在であるお前にはわからないだろう。人類復興の計画を押し付け、この惑星を去っていった老いぼれ科学者どもをここに連れてこい。この俺に地獄の孤独を押し付け、この惑星から去っていった老害どもを俺は許さない」


 アスキスは両腕を振り上げ、床を何度も殴り頭を打ち付けた。

「俺を…俺を自由にしてくれ! 解放してくれ!!」

 モニターや機材を殴り蹴り続けるアスキス。

「止めるんだアスキス!」

 イプシムの言葉に耳を貸すこともなく、暴れ叫ぶアスキスだったが、突然床に倒れ込むと動かなくなってしまった。


 床に伏したアスキスの口元から赤い液体が広がり、水溜りを作った。

 アスキスは舌を噛み切り死んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る