第14話 殉職!坂口さん


 13階でドアが開いた。


 ショットガンを突き出しながら、健太郎が素早く左右に目を這わせながら出る。


 坂口は十字架を天高く掲げながら健太郎に続く。


 その時、またあの声が聞こえてきた。


「心配ありませんよ……ここにはもう石像はいません……ここにいるのは僕だけです……」


「くっ……こんガキ、とことん挑発してけつかる……まあええ、行ったろやないかっ!」


 健太郎が吠え、大股で藤原の部屋に向かった。


 声の主の言う通り、石像に遭遇する事無く、二人は藤原の部屋の前に立った。


 健太郎と坂口が顔を見合わせ、互いにうなずいた。


 その時、玄関のドアが静かに開いた。


「坂口さん、行きまっせ!」


「……分かった」


 二人が足を踏み入れた。


「な……!」


 健太郎が我が目を疑った。


 そこは既に健太郎が知る藤原の家ではなくなっていた。


 バスルーム以外の壁が全てなくなっており、3LDKの部屋が大きな一室になっていた。


 そして至る所に、藤原の写真が所狭しと貼られていた。


「な……なんじゃこの部屋は……藤原、藤原だらけやないか。あいつ、こないナルシストやったんかいな……」


 足元は細いコードで埋め尽くされ、それが一方向に集まっていた。


 そこはレースのカーテンで仕切られていて、何者かが椅子に座り、窓の外を眺めているのが見て取れた。


「あっ!」


 健太郎が思わず叫んだ。


 カーテンの傍らで、涼子と藤原の母親がコードで拘束されて倒れていたのだ。


「涼子ちゃんっ!」


 健太郎が叫ぶ。


「……大丈夫ですよ、健太郎さん……お二人には少し眠ってもらっているだけです……お二人は藤原君の大切なご家族なんです……僕が傷つける訳がありません……

 それより健太郎さん……僕の声にまだ気付きませんか……僕が誰か、まだ分かりませんか……」


 椅子に座る男が健太郎に言った。


 その声は確かに、健太郎にとって聞き覚えのある声であった。


 健太郎が腕を組み、首をひねる。


「そやねん……下で聞いた時から、どっかで聞いた事のある声やなって思てたんや……それもかなり昔にな……」


「ふふふっ……嬉しいですね、健太郎さん……まだあなたの中に、かすかにでも僕の存在はあったんですね……さあ、思い出してください……僕は屁たれの……」


「岩崎雄介!」


 健太郎が叫んだ。


「そう、その通りです……僕は岩崎雄介です……」


「雄介、なんでお前がこんな所に……」


 健太郎が驚きを隠せずそうつぶやいた。


「やっと思い出してくれましたね……懐かしいですね、高校以来、かれこれ十数年ぶりですか……」


「何や山本君、知り合いやったんか」


「ええ、こいつは屁たれの雄介、岩崎雄介です。高校の時に同じクラスやったやつですわ」


「そうか、こんな所で旧友と再会か」


「はい。そやけど正直こいつの事、よぉ覚えてないんです。卒業してから全くうてなかったし……元々僕と藤原、本田は一年の時から一緒におったんですが、二年の後半ぐらいから、よぉ僕らの後ついてきてたような……」


「なんや山本君、君もえらい薄情なやつやなぁ。同じグループやったんやろ。よぉ覚えてないやなんて、それはかわいそうやで」


「いや、それがほんま、マジで覚えてないんですわ。覚えてるんは、屁たれって呼んでたことぐらいで」


「……でしょうね、健太郎さん。あなたにとって、いや、あなたたちにとって僕は、その程度の存在だったと思います……僕はいつもそうでした……どこにいても誰にも相手にされず、いつもいつも孤独でした……この世界から僕は、忌み嫌われていました……


 辛い日々でした……ですがようやく、僕の存在を忘れていたあなたたちに、僕を蔑み続けてきたこの世界に復讐する力を得たのです……この大阪での出来事は、その第一段階にすぎません……僕は、この力を持って世界を支配します……藤原君と共にね……」


「はぁ?藤原ぁ?」


「そう、彼だけが僕の味方です……彼だけが僕の友達です……藤原君と共にこの世界を支配し、地上を見下ろして共に笑う……それが僕の夢です……」


「何や彼、藤原君とそないに仲良かったんか?」


「いや……全くもって、覚えてないんですが……」


 その時であった。カーテン越しに、雄介の頭からシュルシュルと何匹もの蛇が動くのが見えた。


 坂口が叫んだ。


「やっぱりそうや!山本君、彼はゴーゴンの力を持ってる!」


「……顔を見たらあかんのですね」


「そや!安眠マスクや!これさえつけとけば石にされる心配はない!」


「はいっ!」


 二人が揃って坂口愛用、70年代少女漫画のキラキラ光る瞳が描かれた安眠マスクを装着した。


「……坂口さん、どうでもええですけど、もうちょいシリアスなマスクなかったんですか」


「いや、こんな時こそ心に余裕や。人間、笑いを忘れたら終わりやで。何より僕ら、大阪人なんやからな」


「はあ……」


「そんな事よりええな、山本君。心眼やぞ。心眼でやつの首を叩き落すんやぞ!」


「分かりました!」


 健太郎が気を取り直し、ショットガンを肩に掲げ、右足に巻きつけていた鉈を手にした。


 雄介が立ち上がり、ゆっくりと振り返り二人の方を向いた。


 心眼、心眼……健太郎が神経を研ぎ澄まし、雄介の気配を感じるため意識を集中した。


 坂口は十字架を掲げながら、大声で叫ぶ。





「悪魔の下僕よ!汝に申し伝える!速やかにこの世界から立ち去れ!速やかに悪魔の世界へ戻るのだ!悪魔の下僕よ!汝に申し伝える!」




「ちょ……ちょっと坂口さん」


「……ん、どないした山本君」


「いやあの……ちょっと黙っといてもらえますか……すんませんけど、集中できませんので」


「……ん、あぁそうか、すまんすまん。黙ってやるわ」


 健太郎が再び雄介の気配を探る。


(来とる……こっちに向かっとる……もうちょい、もうちょいや……感じるで……)


 健太郎の額に汗が流れる。鉈を持つ手に力が入る。


「感じてきたで……見える、見えるで雄介……!」


 気配が間近に迫ったその時だった。


「今や!死にくされっ!」


 健太郎が渾身の力を込めて鉈を振り下ろした。


「うりゃああああああああああっ!」




 ドサッ……!




 振り下ろした鉈に、確かな手応えを感じた。


「よっしゃ!やったで!坂口さん、やりましたで!」


 健太郎が叫びながら安眠マスクを取った。


「…………あ、あじゃ……」




 ――そこには坂口の首が転がっていた。




「しもた……しもたしもたしもたがな……」


 健太郎が頭を抱えた。


「あかん……あかんあかんあかんがな……このオチはスイカ割りと同じやないかえ……」


「ふふふっ……はっはっはっ」


 雄介の甲高い笑い声が聞こえた。


「なかなか面白いオチでしたね……さあ健太郎さん、次はどうしますか」


「くっ……おんどれっ!」


 再び健太郎が安眠マスクをしようとしたその時だった。


「藤原君!」


 雄介が叫んだ。


「何……藤原やと……やっと来たんかえっ!」


 藤原は石像に抱えられ、マンションまで運ばれてきたのだ。


「藤原君!藤原君!」


 インターホンに向かい、狂喜する雄介が叫ぶ。


 その声に、意識を失っていた藤原が、はっとして起き上がった。


「藤原君!さあ、入って!入って!」


 ドアと共にエレベーターが開いた。藤原が頭を振り、気を持ち直して中に進む。


「ああ……やっと……やっと藤原君に会える……」


 雄介の声が踊っている。


「せいっ!」


 藤原が自販機に正拳を叩き込む。


 その衝撃で、取り出し口に缶ジュースがいくつも、ゴロゴロと落ちてきた。


 その中から水を掴むと、頭からかぶって気合を入れなおした。


「この声……やつや、やつに違いない……大阪を滅茶苦茶にしたんは、あいつやったんかい……!」


 エレベーターから降りた藤原が、玄関に立った。


 ガバメントとグロックのマガジンを入れなおし、両手で構える。


「いよいよやな……化物ばけもんの黒幕とのご対面かいっ!」




 玄関のドアがゆっくりと開いた。

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