第13話 亀の歩み
結局坂口の案が通り、三人は徒歩で藤原宅を目指した。
先頭の健太郎はショットガンを手に、体にクロスで巻いている散弾を突っ込み、前方から襲ってくる石像向けて発砲して道を作る。
腰にはダイナマイトが巻かれ、囲まれた時にいつでも使用できるようにしている。
坂口は十字架を掲げながら、
「悪魔の下僕たちよ!立ち去れ!」
そう叫ぶ。
そして近付いてくる石像にニンニクを投げつけていた。
最後尾を任された藤原はベレッタを手に、石像の足を狙って動きを止める。
亀の歩みの三人が、やっと当初の予定であった東三国にまで着いた。
三人が物陰に隠れ、一息入れる。
「ふうううっ……」
健太郎と藤原が、汗だくになった頭を振って汗を飛ばす。
「おえ、ちょい一服や」
「そやな」
健太郎と藤原がそう言って、煙草に火をつけた。
時計は12時になろうとしていた。
「う~ん」
坂口は腕を組み、うつむきながらうなっていた。
「坂口さん、どないかしはったんですか?」
健太郎が聞くと坂口は、眉間に皺を寄せながらぽつりつぶやいた。
「おかしい……十字架も……ニンニクも効かん……」
「はぁ?」
「このモンスターには何が効くんやろか……」
健太郎が溜息を漏らした。
「しかし……おえ藤原、何とかここまで来れたな」
「そやな……あと二キロ、この調子やったら行けるな……そやけどな、ちょっとやっかいな問題があるんや」
「何やそれ」
「弾がつきてきた」
「そうか……俺のショットガンは……まだいけるな……おえ藤原、俺のガバ使えや」
「おお、すまんな」
藤原が健太郎から、まだ一発も撃っていないガバメントとマガジンを受け取った。
「もぉちょいや、何とかしょうで」
「そやな」
「火炎瓶も効かんかったし……あと残ってる武器と言えば……銀の弾ぐらいやなぁ」
坂口がつぶやく。
「吸血鬼とか狼男には最高に効くんやけどな……まぁ何とかなるやろ。よし、パチンコの要領でこれを使うとしよう。藤原君、僕のグロックも君に任せるわ。君の腕は大した
「分かりました」
「よっしゃ、ほんだら突っ込むか!」
「健」
「ん?」
「こんまま真っ直ぐ行ったら俺の会社や。すまんけどな、会社に着いたらその
「会社を」
「そや、派手に頼むで」
「……なるほどな」
健太郎がニタリと笑った。
「ただでは帰らんっちゅう訳か、お前らしいやないか。分かったまかせとけ、こいつでお前の社畜人生、終わらしちゃる」
そう言って健太郎がダイナマイトをポンと叩いた。
「ほんだら行くぞ!」
「おおっ!」
三人が走って大通りに出た。その時だった。
「な……!」
三人を待ち構えていたかの様に、石像の大群が三人を取り囲んでいたのだ。
「あかんっ!退路も絶たれた!おえ!藤原っ、な、何とかせえっ!とにかく撃ちまくれっ!」
「く……糞っ……!」
藤原が両手を広げ発砲する。
しかし次々と襲ってくる石像たちの輪が、だんだんと縮まり、ついには藤原を完全に取り囲んだ。
「おい健っ!ここは俺が何とかするっ!お前らだけでも先に行けっ!」
「くっ……分かった!死ぬなや藤原っ!坂口さん、ついて来てください!」
「分かった、僕も銀の弾で何とかしよう」
「うおおおおおおおっ!」
健太郎が導火線に火をつけ、ダイナマイトを群れに投げた。
ドゴオオオオオオオオオッ!
爆発が起こり、前方が開けた。
その隙を逃さず、健太郎と坂口が走っていく。
「藤原!13時やぞっ!絶対こいやっ!」
「頼むぞっ!会社もぶっ飛ばしといてくれやっ!」
「おおっ!」
囲まれている藤原を背に、健太郎と坂口が突っ走っていった。
「ここが藤原のおっさんのマンションやね」
石像の残骸の中、一番早く到着したのはやはり直美だった。
直美が時計を見ると、12時ちょうどであった。
「あと一時間も待たなあかんのか、ふうっ」
帽子を脱いで汗を拭い、直美は玄関前の階段に腰を下ろした。
「あいつら……これるんかな……」
ポケットから煙草を取り出し、火をつける。
「あと一時間……じっと待ってても面白ないし、適当に回って石像と遊んでよかな」
その時だった。
カシャッ!
オートロックの鍵が外れ、ドアが開いた。
直美は素早く立ち上がり、戦闘態勢を取った。
「何……この変な気配……」
直美がドアと対峙する。
直美の感じるその気配は、明らかに石像が発するそれとは違っていた。
何かしら言い知れぬ、妖気が漂っていた。
直美の頬に汗が流れる。
――その時、インターホンから声が聞こえてきた。
「……よくここまで辿り着けましたね……直美さん……でしたよね……たいした働きでしたよ、あなたは……さあ、ご案内しましょう……」
「誰やっ!」
「おやおや、あれだけ勇敢に石像と戦っておきながら、私が怖いのですか……」
「何をっ!誰がびびるかっ!」
「そうでしょうそうでしょう……あなたは本当に立派な戦士だ……出来る物なら手元に置きたいぐらいですよ……さあ、どうぞこちらへ……」
エレベーターが音もなく開いた。
「おおっ!行かいでかっ!」
くわえていた煙草を吐き捨て、直美が大股でエレベーターに乗り込む。
ドアが閉まり、13階のランプが点灯した。
エレベーターがゆっくりと上がっていった。
(あかん……坂口さん連れて来たんは、完全に誤算やったわ……)
約束通り会社をダイナマイトで吹き飛ばし、藤原のマンションにやっと辿り着いた健太郎が思った。
坂口はひたすら十字架を掲げて大声をあげるか、たまに銀の弾をパチンコで飛ばす事しかしていなかった。
勿論、石像には全くダメージを与えていない。
しかも効果がない事を不思議に思っているからなお
「なぁ山本君、やっぱり石像には十字架が効かんみたいやな……」
「はあ……」
「それに銀の弾も効かんかった……う~ん、やつらには弱点がないと見える……」
「はぁ……」
「まあええか、とりあえず二人の力でここまで来れた。あとは直美と藤原君を待つか」
「……ですね……まだ約束の時間まで30分ほどありますから、ここで待ちましょか」
「そやなぁ」
とその時、直美の時と同じくドアが開き、インターホンから声が聞こえてきた。
「お疲れ様でしたね、健太郎さん……それと……坂口さん……でしたね……さあ、もう直美さんはこちらにご案内しております……あなたたちもどうぞ、お入りください……」
エレベーターのドアが開いた。二人が顔を見合わせる。
「どないします坂口さん。直美ちゃんはもうこん中におるっちゅうてますで。僕の散弾はあと三発しか残ってません。乗り込みますか?それとも、藤原を待ちますか?」
「そやなぁ……直美がおるんやったら大丈夫やと思うんやけど、僕も銀の弾がつきてしもたし、武器らしい武器といえば十字架ぐらいしかないしな……」
「どうしました健太郎さん……涼子さんが心配じゃないのですか……」
「くっ……こんガキ、挑発してけつかる」
「涼子さんが今どうなっているのか……興味ありませんか」
「山本君、状況はよく掴めんけどな、どうもこのマンションに首謀者がいてるみたいやぞ」
「んな事改めて言われんでも分かりますがな!どう考えてもこのシチュエーションはクライマックスのノリでんがなっ!」
「やっぱり君もそう思うか」
健太郎が頭を抱えた。
「まぁ……よろし、とにかく中に入りましょうや」
「そうしょうか。首領がおるんやったら、今度こそ十字架が効くかもしらんしな」
二人がマンションの中に入った。
するとドアが閉まり、鍵がロックされた。
「これでもう、逃げられへんっちゅう事か……」
健太郎がそうつぶやいた。
そしてエレベーターに乗ろうとしたが、坂口がそれを制した。
「どないしました?」
「いや、ちょっと喉が渇いてん。ジュース飲ましてや」
そう言って坂口は自販機に金を入れた。
健太郎がまた溜息をつく。
「ふううっ、甘露やな」
一口飲んだ坂口がさわやかにそう言った。
「坂口さん……もうええでっか」
「ああ、ええよ行こか」
「……はぁ」
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