第12話 肉弾戦


 粉々になった石像の残骸の中、直美が鼻歌を歌いながら陽気に突っ走る。


「ルンルルン♪ルンルルン♪」


 目の前に二体の石像が現れ、直美の行く手を塞いだ。


「おおおおりゃああああああああっ!」


 直美はすかさず一体の顔面に正拳の三連打をかまし、ひるんだ隙にもう一体の石像に蹴りを見舞った。


 ボロボロと石像たちが崩れていく。


 顔面のなくなった石像に、直美は飛び上がって胸目掛けて膝蹴りを食らわした。


「楽勝楽勝!」


 狂喜に瞳を輝かせながら、直美がひた走る。


 いきなり建物の陰から現れた石像が直美に抱きつき、直美がバランスを崩して倒れた。


「やるやん、石像」


 ニタリと笑った直美が、すかさずエルボーを頬に叩き込んだ。


 顔面に亀裂が入り、直美を掴んでいた腕の力が緩んでくる。


 それを直美は見逃さず、膝を何度も腹にぶち当てた。


 最後に腕を掴み、力任せに握ると、何と腕が粉々に砕けた。


「ふうっ」


 一呼吸入れ、直美が立ち上がる。


「動きもとろいし分散してるし、そやけど叩き壊す時の手応えはしっかりあって……やっぱ最高やんか!

 さあ……ほんだらいてこましてみよか、一遍してみたかったもんね。試さんと絶対後悔しそうやし」


 そう言って直美が柔軟体操を始めた。


 そうしている内に、不気味なうなり声と共に新たな石像が現れた。


 ファイティングポーズをとった直美は、軽やかなステップを踏みながら石像に向かった。

 そして素早く石像のバックを取ると、両腕で腹を抱えた。


「バックドロップはへそで投げる!」


 その声と同時に、一気に石像を後ろに投げ飛ばした。


「おおおおおおおぅりゃああああああっ!」


 見事に技がまり、石像の首がアスファルトに叩きつけられた。


「やたっ!」


 直美が歓声をあげた。


「いっぺんでええから本気で投げてみたかったんよね……さあどない、まだ立てる?」


 腰を落とし、再びファイティングポーズをとりながら直美が言った。


「おっ……」


 動きが止まった様に見えた石像が、ゆっくりと起き上がった。


 首の辺りに少し亀裂が入っている。


「あんたも石像のはしくれなんやから、そうやないとね……ほんだらこれは……どうや!」


 素早く間合いに入った直美が、今度は正面から組み合った。


 石像の腕を首にかけると、そのまま一気に持ち上げる。


 ブレンバスターである。


 石像を上げきった直美はしばらくその体勢を維持、滞空時間を取ってから一気に垂直落下で地面に叩きつけた。


「うおおおおおおおおっ!」


 全体重をアスファルトに叩きつけられた頭部が、粉々に砕けた。


 複数の石像が近付いてくる。


 直美は群れに突進し、次々とプロレス技をしかけていった。


 パワーボム、フルネルソンスープレックス、DDTと、技がまるたびに歓声をあげる。


 しかし、一体ずつ掴んでは投げ、掴んでは投げても次々と襲って来る石像に、流石の直美も打撃に転じざるを得なかった。


「はっ!」


 猫の様にしなやかに跳んだ直美の膝が、顔面を砕く。


 正拳を入れる、頭突きを入れる。


 直美の怒涛の攻撃によって、辺りは石像の残骸の山が築かれていった。




 辺りの石像を一掃し、砂埃の中で仁王立ちした直美が、感慨深げにつぶやいた。


「プロレス技は二・三体同時が限界か……こんな状況やったら、やっぱ打撃やね」


 瞳は相変わらず爛々と輝いている。


 直美はこの戦地に立てている事に、心から満足していた。


「!」


 直美が背後に気配を感じ、SIGを素早く抜き取った。


 ターゲットに照準を合わせると同時にトリガーを引く。


 しかし、本田が「絶対にジャムらない」と豪語していたSIGがジャムり、薬莢がチャンバーに挟まり垂直に立ってしまった。


「ふんっ……!」


 サイトを微動だにさせず、素早く動いた左手が薬莢を弾き飛ばした。


 薬莢が宙に弧を描く。

 そして次の瞬間、再び人差し指がトリガーを引いた。


 ボンボンボンッ!


 石像が銃弾でひるんだ。


 直美は腰を屈め、両手を握り締めた吠えた。


「うおおおおおおおおおおおっ!」


 直美の上腕二頭筋が見る見る膨張していく。


 力をためにためた直美は唇を歪めてニタリと笑い、石像に向って突進した。


「おおおおおおおりゃああああああっ!」


 右腕を伸ばし、石像にラリアットをかますと、石像の首が吹っ飛んだ。


「ええよ……ええよええよええよ!もっとかかっといで!」


 直美が更なる獲物を求め、市街を走っていった。




 健太郎たちは苦戦していた。


 彼らは移動の手段として、まず車を狙った。


 しかし、ドアをこじ開けようとするたびに聞こえる、バカでかい警報に驚いて逃げる坂口のせいで、奪取ははかどらなかった。


 ようやく乗り込めても、なぜかどの車もバッテリーが死んでいて、車での移動は無理と結論付けざるを得なかった。


 次に健太郎は自転車に目をつけた。


 しかしこれは、自転車に乗れない坂口の強い反対によって、あえなく却下された。


「んなもん坂口さん、チャリも乗れんと大阪で、今までどないして生活してたんですかっ!」


「ん~、痛いところを突かれたな。僕はこけるもんには近寄らんからな。まぁええやん、天気もええし、ぼちぼち歩いて行こうや」


「空は曇ってまっ!大体石像が襲ってきてますのに、花見遊山みたいに歩いてられまっかいな!頼みますから乗ってください!」


「いや、もしこけて骨でも折ったらそれこそ本末転倒や。僕は無理せん主義やしな、ぼちぼち行こや」


「遠足に来てるんちゃいまっ!」


「山本君、そんなに怒ってたら寿命縮むで」


「があああああああああっ!」


「まぁそうカリカリせんと」


「がぎぎぎぎ……はぁ、はぁ……わ、分かりました。僕がこぎますから、坂口さんは後ろに乗ってください」


「いや、二人乗りは交通違反や」


「けーさつは今、おりまへんっ!」


 健太郎が頭をかきむしって絶叫する。


 しかし坂口はおかまいなく、マイペースに話す。


「いや、こうう時やからこそ法律は守らなあかん。非常時にこそ、僕ら国民は身を律していかな。それに僕は後ろにも乗ったことないし。まぁええやん、歩いて行こ。時間には間に合うから」


「ぐおおおおおおおおっ!」


 二人の応酬を傍らで聞きながら、藤原は頭を抱えていた。


(二人共、状況分かっとるんかいな……掛け合い漫才しとる場合やないんやけどな……)

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