第6話 装備完了!


 ――10分後。




「おえ本田、お前を仲間に入れたったんは他でもない」


 改めて健太郎が、やっと落ち着いた本田に向かって話を再開した。


 藤原はまだ笑いのツボが取れきれず、時折肩を震わせていた。


「お前の持っとる銃や。あるだけ見せてみい。そん中で使えそうなやつを俺らが選ぶ」


「うん……」


 本田が押入れの中から、大きなダンボールを引きずってきた。


 箱を開けると、男なら誰もが憧れる金属とオイルの匂いが広がった。


 その匂いに、ようやく藤原も笑いのツボが取れ、好奇まじりの緊張感溢れる男の顔になった。


 健太郎が手を入れ、無造作に物色を始める。


「なるほどなるほど……闇でトカレフは定番やのぉ……それと……何しろ石像と戦うんやからな、半端な武器では勝てん。他にええもんはと……おおっ、何やお前、ベレッタなんか持っとったんかえ」


「うん……そやけど僕もまだ、一回も試射してへんやつばっかりなんやで。そんなんまで健ちゃんに渡さなあかんの」


「ひつこいやっちゃのぉお前は。何遍うたら分かるねん。藤原の大事な大事な母ちゃんと妹を助けるためやないかえ。人助けにそんな訳の分からんこだわりは捨ててしまえ」


「そやけど健ちゃんは涼子ちゃんを助ける為だけに行くんやろ。なんで僕までついていかなあかんの」


「まだうんかえこのアホは……おぉそやのぉ、何ならお前、もうええわ。武器さえ手に入れたらこっちのもんや。帰ってええぞ」


「……ここ僕の家ぼくんちなんやけど……」


「ほぉ……うまい具合にハンドガンが五丁かえ。そやけど全部自動式拳銃オートか。おえ、回転式拳銃リボルバーはないんかえ」


「僕、リボルバーはあんまし好きとちゃうねん」


「なるほど、こだわりっちゅうやつやな。そやけどお前、オートはジャムったらしまいやぞ」


 ジャムるとは、自動式拳銃オートマチックで、薬莢が正常に排出されず、挟まって次の弾が出なくなる状態のことである。

 その点回転式拳銃リボルバーは、薬莢を排出せずに次の弾を撃てる為、信頼性が高いと言う意見も多い。


「僕の手入れした銃は絶対大丈夫やもん」


うやないかえ……おおっ、メリケンサック入りのバトログローブかえ、さすが現役中二病やないか。これは藤原と直美ちゃん向きやな……ほおぉっ、ダイナマイトまであるやないか、それに硫酸に青酸カリ……お前、テロリストにでもなろおもてたんか」


「んな訳ないやんか。そやけど僕が一生懸命集めた宝物なんやで。勝手に無茶な使い方されたら嫌やねんけど」


「何や、ほんだらお前も行くんかえ」


「……う、うん……分かった、行くよ」


「よっしゃ。あんましあてには出来でけへんけどな、まぁ頭数っちゅう事で同志にしちゃる。ええな、藤原」


「お前はほんま、強引やのぉ……」


 藤原が、半ば呆れた表情でそうつぶやいた。


「何うてるんや。可愛い妹の為やんけ。こんなんで強引やっちゅうてたら、夜のミナミになんか行かれへんぞ」


「……まあ、そう言われればそやけどな……本田、ほんまについて来るんか」


「うん……大丈夫、僕もついてく」


「そうか……ほんだらええけどな。あくまで自分の意思に従ってくれや。強制はしたないから」


「何うてるんや藤原。本田が是非仲間にしてくれっちゅうて頭下げて頼んどるんやないか。喜んで、気持ちよぉ同志にしたろやないか」


「……分かった」


「よっしゃ、決まりや!……と、それはええねんけど本田、お前、何押入れん前に立っとるねん」


「え……?ううん、何も隠してへんよ」


「そうかそうか、何も隠してへんのか……おえどけっ!」


 健太郎が本田を蹴飛ばして、押入れを一気に開けた。


「あ……」


 本田の顔が青くなる。


「ほおおぉっ……何も隠してへんてか……そかそか……おえ本田、俺、え~もんめっけたぞぉ」


「やめてやめて」


「じゃかましわいボケっ!これは何やねんっ!」


 押入れに腕を突っ込み、健太郎が中からマホガニー製の長細い箱を出した。


「な~にが入っとるんかの~」


 真っ青な本田を無視して健太郎が箱を開けた。


 中はビロードの内張りが見事に施されており、そこにポンプアクションのショットガンが納まっていた。


「こないええもん持っとったんかえ……何隠しとるんじゃこのボケがああああああっ!」


「ぶっ……」


 再び健太郎の右ストレートが炸裂した。


「おえタコ、これも使うからな」


「け……健ちゃん頼むから、後生やからこれだけは堪忍して……それは僕の命の次に大事な大事な宝物やねん」


「じゃかぁしわいこのエロザルがっ!これあるとないとでは戦力も桁違いじゃ!……そやけどちょっと銃身が長すぎるな、実戦仕様に変えとくか……おえサナダムシ、これ以上殴られたなかったらな、ポエムアップされたなかったらな、今すぐ糸ノコ出せ。ちょっとストック切っちゃる」


「け……健ちゃん……」


「は~よせ~えや~」


 本田がベソをかきながら糸ノコギリを持ってきた。


 それを奪い取ると、健太郎が無造作に木製部分を切り出した。


「あ……ああ……」


 本田が崩れ落ちる。


 数分足らずで本田の宝物は、無残な姿に変わり果てた。


「よっしゃ、こんぐらいでええやろ。これやったら近接戦闘になっても小回りがきくっちゅうもんや。おえ本田、こいつは俺が責任を持って預かっちゃるからな」


 健太郎が満足そうにほくそえんだ。


 藤原は泣きじゃくる本田の肩を抱いてあやす。


「すまんな、本田」


「うん……ありがとう藤原君、大丈夫やから」


 本田が瞳をうるうるさせて藤原を見つめ、力なく笑った。


「……後は坂口さんやな。今時間は……おお、なんやかんやうてもう三時かえ。おえ本田、なんか食わせろ。腹減りすぎて死にそうや。なんでもええ」


「ピザでも頼む?」


「ぼけええええええええっ!」


「ぶっ……」


 またまた右ストレートが炸裂し、本田が血を吹いてのけぞった。


 健太郎が鬼の形相で立ち上がり、本田を見下ろして吠えた。


「おどれは今まで何聞いとったんじゃこの鼻糞がっ!電話は怖いからあかんっちゅうとるやろうがっ!まだこの辺は大丈夫らしいけどな、そやけど念には念を入れとかんと、いきなりお前が石像になったらどないするんじゃ!なんか作れ!」


「……う、うん……分かった……」


 鼻血を拭きながら、本田が台所へと歩いていった。


「……おい健、お前ほんま、自分より立場の弱いやつにはとことん強気やのぉ」


「当たり前じゃ、弱肉強食が地球の鉄則じゃ。今から飯食って……寝屋川やったら一時間ぐらいか。坂口さんおってくれてたらええんやけどなぁ。まさか電話でアポ取る訳にもいかへんし、こんな時はほんま、不便やのぉ、携帯使えんっちゅうんは……

 おえ本田、何があるねん」


「レトルトカレーしかないけど……」


「何でもええ、はよ作れ。それにしてもこの部屋、玄関がないせいか冷えるのぉ。おえ本田、エアコンぐらいつけたらどないやねん。全く無愛想なやっちゃで、客が来とるっちゅうのにエアコンもつけんとは」


「……ごめん」


「そうや本田、こんだけ銃はそろとるけどな、弾はあるんか弾は」


「うん、銃一丁にマガジン五つずつついてる」


「五つか……まあええか。おおっ、なたまであるやないか。ゾンビ映画のまんまやんけ。よっしゃ、あとは坂口さんの知恵しだいやな」


「健ちゃん」


「なんやサル」


「笑われるかも知らんけど……市内に行くんに一つだけ頼みがあるんやけど、聞いてくれる?」


「おぉ何や、うてみろや」


「僕、出来たらタイガーストライプの迷彩服着て行きたいんやけど」


「はぁ?」


「こんな時ぐらいしか着られへんもん」


「ほんまお前は、訳の分からんこだわり持っとるのぉ。まぁええ、好きにせえや」


「よかった、折角戦争するんやもん、格好ぐらいつけたいし」


「わぁったわぁった」


「おい健」


「何や」


「その迷彩、俺も着てええか」


「藤原お前もかえ……おえ本田、その迷彩っちゅうんはどんぐらい持っとるんや。藤原も着たいっちゅうとるわ。どうせや、俺も坂口さんらも着ていくわ」


「ええよ、迷彩服はようけ持ってるから。あ~、何かゲームやってた頃思い出すわ」


「訳の分からん感傷にふけるなこのエテ公が。おおっ、出来でけたか。食お食お。ほんで食い終わったら坂口さんの所に突撃や」


「うん」


「ごめんな本田」


「うん……でも、やっぱり大事な友達が困ってるんやもん、やっぱしここは踏ん張って男らしさ見せんとね」


「そううこっちゃ、やっと物分りがよぉなったやないかえダークジェノサイト」


「だから健ちゃん、それやめてって。僕の命の次に大事なショットガンまで貸すんやから」


「あぁあぁ分かった分かった。よっしゃ、ほんだら食お食お。腹減ってたら戦も出来でけんからな」


「そやな」


「おえ、お前ら」


 健太郎が手を差し出した。


「おおっ!」


「うんっ!」


 三人が手を合わせた。


 その時だった。


 家の外から拍手と歓声が起こった。

 何事かと振り返ると、そこには近所の住人たちが集まっていた。


「ええぞええぞっ!それでこそ日本男児やっ!」


「頑張れやっ!」


 トカレフの流れ弾を食らい、頭から血を流している老人も惜しみなく拍手を送る。


「わしもお役に立ちたいんじゃがな、何しろこの年じゃ……代わりに奮励……努力して……く……れ……」


 言い終わると、老人は事切れて崩れ落ちた。


「こ~ろした~こ~ろした~♪明ちゃんが~こ~ろした~♪」


 皆が歌いだした。


「心配すんな、じいさんの死体はどっかに埋めといたる」


 住人たちは玄関で、一部始終を聞いていたのだ。

 拍手が更に大きくなると、健太郎が照れくさそうに手を上げた。


「ありがとさんです、ありがとさんですっ!気合入れてたたこうて来ますよって、応援よろしく頼んますっ!」


「おおっ!気合やぞっ!明ちゃんも頑張れやっ!ふんばらんとダークジェノサイトの名が泣くでっ!」


「うわああああっ」


「うはははははははっ!」


 歓声が笑い声に変わった。


 健太郎が言った。


「気合入れてきますわっ!」


「おおっ!頑張れやっ!」


 一人が白飯を持ってきた。


「カレーだけやったら力もつかんやろ、差し入れじゃ、食え食えっ!」


「すんませんっ!」


 住人の拍手と歓声の中、三人が照れくさそうに笑いながらカレーを頬張った。

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