第5話 ダークジェノサイト本田


 ――30分後。




「け……健ちゃんは石像人間より怖いわ……」


 顔面血まみれの本田が、ぎこちない口調でそう言った。


 藤原がその本田に気を配りながら、事の成り行きを話した。


 しかし話が進むにつれ、本田の顔はまたまた蒼白になり、首を激しく横に振って拒みだした。


「い、嫌や嫌やっ!僕、市内になんか行かへんよ。絶対行かへんよ!」


 その言葉に、こめかみにバンドエイドをして藤原の説明をじっと聞いていた健太郎が、荒々しく本田の胸倉を掴んで怒鳴りつけた。


「何ぬかしてけつかるんじゃわれはっ!友達やろうがっ!親友やろうがっ!おどれ、親友と家族の命がかかっとるんやぞっ!われの身ぃかばう時にはこんだけの事しくさっといて、何が嫌じゃボケっ!われ何か、親友の頼みが聞けんっちゅうんかえっ!」


 健太郎の唾が本田の顔中にかかる。


「そ……そんな事うたって、ぼ、僕怖いもん……」


「お前には金玉がついとらんのかえっ!」


 そう言って、本田の股間を鷲掴みにした。


「や……やめてやめて……潰さんといて……」


「……ったく、このふにゃけ男が……ぎゃあぎゃあぬかすなボケっ!お前も同志じゃっ!ええな、ついてくるんじゃ!」


 自分より気合の入っていない男に対しては、健太郎は容赦がない。


 組んでいた足をほどいて本田を足蹴にすると、本田はコロコロと転がり、壁に頭をぶつけた。


「痛い……痛いやんか健ちゃん……」


 本田が泣き出した。


「おい健。お前、なんぼなんでも酷いぞ。本田がうてる様に今、市内に入るんは命捨てに行く様なもんなんや。本田がびびるんもよぉ分かる。なあ健、他のメンバーで何とかしょうやないか」


「あかんっ!もう俺の頭ん中ではシナリオが完璧に出来でけたぁるんじゃっ!こんなふにゃけた男の意見でいちいち書き換えられるかえっ!それもあないな歓迎受けた後で……こんまま引き下がられるかえっ!」


「あ、相手は石像人間なんやろ。僕、健ちゃんにもボコボコにされるんやで。そんなんでどないして戦えるん」


「誰もおどれが戦力になるやなんておもとらんわいっ!お前はようさん武器揃えたぁるやろがっ、それを使わせろっちゅうとるんじゃ!

 おどれの屁たれた銃がやっと役に立つ時が来たんじゃ!お前、これまでの長ぁ~い人生の中で一遍でも人の役に立った事があるんかいっ、ないやろがっ!そのお前にも人様のお役に立てる最高のチャンスが巡ってきたんじゃ。これ逃して、これからの人生どこで人ん役に立てるっちゅうんじゃっ!」


 そう言うと健太郎は、ぐっと本田の肩を抱き寄せ、耳元で囁いた。


「なあ本田……お前もおおっぴらに使えるんやで、お前の腐った家ん中で死んどる銃が……ターゲットは腐るほどおる。一石二鳥のええ話やないか……お前も暗ぁ~い部屋ん中でネチネチ隠れて銃磨いとるより、こっちの方が絶対おもろいって……さっき撃ってみてどないやった?気持ちよかったやろうが……それがとことん出来でけるんやぞ……


 男やったら、金玉ついとるんやったら、気合入れて戦おやないか……どや、戦いたいと思うやろ……戦いたい筈や……お前も男なんや……な、男はたたこうてなんぼやぞ……」


「んな事うけど……それって健ちゃんが彼女助けたいってだけの事なんやろ。なんで僕までついていかなあかんの」


「ぼけえええええええっ!」


「ぶっ……」


 健太郎が本田に右ストレートをぶちかました。


 本田が鼻から血を流しながらも、泣き声で拒み続ける。


「……嫌や、僕は怖い……」


「お……おんどれ、おんどれっちゅうやつわあああああっ!…………よっしゃ分かった、こうなったら最後の手段じゃ。これでもう事聞かんかったらおどれ、ほんまにいてこましたるさかいになっ!」


 そう言って健太郎は、ポケットから一枚のくたびれた便箋を出した。


「ごほんっ……」


 健太郎がニタリとする。


 対して本田は、その見覚えのある便箋を見て、顔面蒼白となった。


「愚民共よ、ひれ伏せ!我は第35代暗黒卿、ダークジェノサイトなるぞっ!」


「うわあああああっ!やめてやめて!」


「我が真の力目覚める時、貴様たちは知るだろう。自分たちがどれだけ無知で、無力な存在であるかを。そして我が前にひれ伏すだろう。そう、万物の根源ですら我が前には無力、我こそが万物の頂点に君臨する王なのだっ!我が名はダークジェノサイト、我が覚醒の時まで、束の間の安息を味わうがいい!しかし忘るるな、その安息ですら、我が前では儚き夢である事を!」


「うわあああああああっ!」


 本田が顔面蒼白のまま、器用に耳たぶだけを真っ赤に染めてその場でもだえだした。


 頭を抱え、健太郎が発する一言一言に反応し、壁に額を打ち付けた。


「ぷっ……」


 健太郎と本田の様子を伺っていた藤原が、健太郎が発する言葉にたまらず吹き出した。


 その行為が、更に本田をもだえさせた。


「お、おい健。何やその中途半端に中二っくさい文章は」


「これか、これが本田が俺に一生はむかわれへん理由や。こいつ高校時代にな、家でずっとこんなん書いてたんや」


「やめてやめて」


 本田が健太郎の足元にしがみついて懇願する。


「いつやったか、こいつの家に行った時に偶然みつけたんや。初めて読んだ時はそらもぉ、腹筋ちぎれて大変やったんやぞ」


「健ちゃん、約束が違うやん。他の人には絶対わへんって」


「やかましわいボケ、それはお前が俺の忠実な下僕であるっちゅうのが条件やったやろうが。ええか本田、これ以上俺のう事が聞かれへんっちゅうんやったらな、これをネットにばらまくぞ。家にはこの何十倍何百倍のメモがスキャニングしてデータになっとるんやからな。


 確か……おどれにも付きうとる女がおったよなぁ。宏美ちゃんやったっけか……宏美ちゃんがお前のこの恥ずかしい過去、知ったらどない反応しよるんかのぉ……見てみたいからとりあえず一枚、貼り付けたろか」


「やめてやめて」


「おえおえ、ダークジェノサイト様ともあろうお方が、何をそんなに狼狽しておられるんかのぉ」


「うわあああああっ!だからやめて、やめてって!」


「ほんだらどないやねんっ!同志になるんかいっ!」


「……」


「藤原、家に戻って拡散しよか」


「うわああああっ分かった、分かったから健ちゃん、仲間になるから」


「ほんまやな」


「……う、うん……そやからお願いやから、もうその話はせんといて」


「よっしゃ、これで商談成立や。お前の希望通り、お前を同志にしちゃる。頼むで、ダークジェノサイト様!」


「うわあああああっ」


 再び本田が頭を抱えて転がった。


 その本田の肩に、藤原がそっと手を置いた。


「……藤原……くん……」


 君だけは僕の友達だ、本田が涙目で藤原を見た。


 藤原はそんな本田の顔を優しくみつめ、言った。


「ダークジェノサイト様」


「うわあああああああっ!」

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