第129話「クールダウン」

 涼子と一緒に隔離されたが、私が隔離された時よりは格段に収容状況は改善されていて、頭髪を洗う専用のシャンプーも開発されていた。

 異臭の原因の大半は体毛に有ったらしい、手っ取り早いのは髪の毛を全部剃る事だろう、だがシャンプーのお陰でその必要は殆どない。


 隔離期間は僅か2日、もっとも私はダンジョンの中で10日しか過ごしていなかったから、倍の20日ダンジョンで過ごしていた涼子達のストレスはかなりの物だった。


「リュウ君私ネズミーで遊びたい」

「はい喜んで」


 隔離期間が終わって早々に涼子のお供をしている、学校へはSDTFから連絡が行っていて、表向き国際大会の強化合宿に参加していると言う事に成っていた。

 剣道の国際大会なんて私達が参加出来る筈も無いのだが、大会に出場しないまでも高校生が代表候補に選ばれた事だけで、学校としては宣伝効果が有る筈だ。


「舞浜ベイホテルに泊まりたい」

「はい喜んで」


 午前中百貨店の外商部を呼んで、涼子の為だけにファッションショーを行い、かなりの点数の洋服を購入していたが、その程度の事で済ませられるなら安い買い物だ。

今日の午後から予約が取れるだろうかと焦ってコンシェルジュに連絡したが、5分で最上級のスイートを確保してくれた、優秀過ぎるだろう。


「リュウ君お昼はお寿司ね」

「はい喜んで」


 回るお寿司なんかじゃ許してくれないだろうなと考え、やはりコンシェルジュに送迎車と銀座の寿司屋で席を確保してもらった。

 涼子と寿司を食べるのは北海道で食べた以来だ、だが今回の寿司屋は北海道の寿司屋では無く銀座の有名店。

 桁外れのランチと成って二人分で3万円も飲食してしまった。


「もうこれ以上何も食べられ無いよ」


 私も同感だったが、ネズミーに到着するなり涼子は、ポップコーンを食べて居る。

 私にも差し出されるので、強制的に食べないと駄目なのだが、そもそも私は食が細い方で、レベルを上げて戦うようになってやっと人並みの高校生って感じだ。

 隔離生活で動いて無かったから、涼子のようにバクバク食べる事は出来なかった。


午後からランドで遊んでオフィシャルホテルの特典を最大限活かして、一般入場客が帰ってからも堪能した。

 ホテルのレストランで晩飯を食べてから、部屋に戻ろうと鍵をフロントに取りに行った。



「部屋が空いてないとはどういう事だ、私をだか知った上でそんな口を聞いているのか」


 フロントで初老の男性が揉めて居る、連れて居るのは女子大生風の女で、予約も取らずに訪れたらしい。

 女の前で格好つけようとしたのか知らんが、まずはベルトの上に乗った肉をどうにかしてから女を口説けと言いたくなった。


そんなカップルを無視して、鍵をフロントに頼むと私にまでオヤジが絡みだしてきた。


「お前ら何処の部屋を使っているんだ、特別に私が買い取ってやる、ほらこれだけ有れば充分だろ。親のスネをかじっているガキがこんな所に来るのは100年早いわ」


 オヤジが私に投げつけて来たのは万札の束だった、確かに最上位の部屋を確保していたが、1泊10万くらいの普通のスイートだ。

 流石は未だバブルの世の中、こんな成金オヤジがそこかしこに存在しているらしい。

投げつけられた札束を無視して、フロントに鍵を再度頼む、困った表情のフロントが係が私の素性を確認し慌てて鍵を持って部屋まで案内しようとする。


「おい木っ端、私は総理とも繋がりの有る、ヘトマンの野村萬次郎だ無視するな」 


 一瞬フロント係は立ち止まったが、レギオンカードを持つ私を優先する事に決めヘトマンの野村を無視することに決めたらしい。

 まさかこんな所でバブル崩壊の中心人物、ヘトマンの野村萬次郎の姿を見る事になるとは思わなかった。


「リュウ君、面倒だから片付けても良い」

「馬鹿が移るから関わらない方が良いって」

「おいクソガキ、誰に対して・・・」


 100キロを越す見た目の野村だったが、涼子の眼力に寄ってビビってしまったようだ。

 私も涼子も野村を再起不能にするには1秒と時間が掛からないだろう、ただ人の目が有るので、傷害沙汰は嫌だなのだが。

 折角気分が上がって居た涼子のテンションがだだ下がりに成った罪は重い。

 私は携帯電話で、政府関係者で一番権力がありそうな相手に電話を掛ける。


「今ヘトマンの野村って言う馬鹿に絡まれてるんですよ、どうにかして貰えませんか。してもらえないなら、涼子が暴れる事に成りますけど」

「小僧、警察ごときが私を止められるとは思わん事だな」


 野村は私が警察に電話を掛けて居るのだと勘違いしているようだ、数秒後、野村の携帯が鳴り響く、一応携帯電話を持ってたんだと感心した、野村くらいの立場の人間だと電話なんて秘書に持たすのかと思っていた。


「誰だこんな時間に」


 そうか、まだ着信相手が分かるような携帯では無かったな、着信した番号が表示されるだけだ。


「もしもし、時間を考えて電話してこい、私を誰だと・・・申し訳御座いません先生」


 突然野村がその場で土下座しながら電話を対応しだした。


「滅相も御座いません、そんな・・・ハイ、ハイ、ハイ、それは飛んだ失礼を。勿論です。ハイ、ハイ、今すぐ謝罪を、ハイ、ハイ、ハイ」


 米つきバッタでもここまでお辞儀しないだろうと言う程床に頭を擦り付けて電話先に謝罪している。

 一緒に居た女子大生はドン引きで、どうすれば良いのか戸惑っているようだ。

 しかし一体電話先の相手は誰なんだろうか、実は私も誰から電話が掛かっているのかは知らない。

 私が電話をした相手は、SDTF統括本部長の大濠國男だ、元警視総監と言う人脈でどうにかしてくれたのだろう、暴力で解決するぞと言う脅しが聞いたようだ。


「とんだ失礼を致しました、何卒お赦しを頂けませんでしょうか」


 電話を切った野村は土下座した姿勢のままで私に許しを請うてきた、対応するのも面倒なので土下座する野村を放置してそのまま部屋へと移動する事にした。


「リュウ君誰に電話したの」

「大濠さんだけど」

「ふーん、大濠さんって私が暴れるって思ってるんだ。リュウ君も私が暴れるって思ったの」

「あれは言葉の綾と言うかなんと言うか」


 涼子を出汁にして半ば脅していた、確かにスマートな解決方法では無かった、素直に反省しないと駄目だな。

半日で終える筈のネズミーデートを翌日も行い、どうにな涼子の溜飲が下がった所で日常へと復帰していった。






「聡志君隊長達がやったっすよ」


 とうとう何かやらかしたか、SDTFの人使いの荒さは目に余る物が有ったから、江下達が爆発するのは時間の問題だと思っていた。


「それで何をやったの?」

「池袋中級ダンジョンを攻略したっす」

「それはまた・・・おめでとうございますって言えば良いんですかね」


 限界突破からそんなに時間が経過してなかったのによくもまあ、レベルだってそんなに上がって無い物と思えるのだが、流石はSDTFのエース班面目躍如と言った所だ。


「そうっすね、これで関東に残ったダンジョンは新宿の上級ダンジョンと横浜の中級ダンジョンの2ヶ所っすね」


 横浜ダンジョンは中級なのに推奨攻略レベルが60と言う高難易度のダンジョンだ、流石に江下達もレベルを上げる物だと思われるが、試しに入って見るのだろうか。


「これでターミン先生達もお役御免ですか」

「そうっすね、池袋ダンジョンのボスは予想通りのアンデッドだったみたいっすから、聖女様が必要だったっすけど、横浜ダンジョンに聖女様が必要かは分からないっすよね」


 回復役は必要だと思うが、民間人のターミン先生を連れて行く必要は薄いだろう、聖職者では無いが回復魔法が使える人間もSDTF内で数人が居る。

 限界突破した事により、魔法を習得したジョブが有るらしい、上級職相手に私の『鑑定』では弾かれるので詳しくは分からない。


「他のダンジョンの攻略状況はどうなんですか」

「梅田ダンジョンは攻略しちゃったみたいっす、最終的に残すダンジョンは北九州中級ダンジョン一本に絞るみたいっすね。関西・四国地区に残ったダンジョンは香川の下級ダンジョンと難波の上級ダンジョンだけになったっす」


 レベリングの為に残しておいた梅田ダンジョンは、主要メンバーが限界突破した事により、その役目を終えたと言う事だろう。

 ミスリルの掘れる北九州を最後まで残しておく事は、悪い話では無いと思う。


「九州・中国地区は広島ダンジョンの攻略中っすね、推奨攻略レベルは35なんでその内攻略が完了すると思うっす」


 北九州ダンジョンでのミスリル確保に力を入れて居る為、他のダンジョンへの攻略が遅れがちだったが、それでも着実にダンジョン攻略が進み始めた。


「東海・中部地区は富士ダンジョンの攻略が停滞してるっす、地下9階まで降りてまだボスと邂逅してないっす」

「そんなに降りて、魔物のレベルは大丈夫なんですか」

「地下1階がレベル40くらいで、地下9階でもレベル50程度みたいっすね。謎解きしないと降りられないって愚痴ってましたよ、聡志君そう云うのが好きなら挑戦して見るっすか」

「遠慮しときます」


 東海・中部は富士、名古屋中級、名古屋上級の3ヶ所が残っているままだ。


「北海道・東北は、札幌中級を何時攻略するかって話だけっすね。聡志君どうするっすか」

「4階でレベルをある程度上げてから挑戦と言う感じでしょうか、涼子のレベルを70程度までは持っていきたいですね」


 私達のレベルは現状で、私と森下がレベル70、涼子と野田がレベル66、小田切が65、池袋ダンジョンが攻略完了した事で英美里も誘いやすくなった。

 ちなみにターミン先生と英美里はレベル68まで上がっているらしい。


「ボス戦には剣人さんを応援に呼びましょうよ」


 相変わらず森下は肥後にアプローチを続けている、御園とは完全に別れたようなので、森下の事を応援したいと思い始めている。

 森下は野田とは違い、私も信頼と愛情があり、姉のように感じていた。


「そうですね、それも良いかも知れません。でもそれはもう少し後にしないと駄目ですね」

「何でですか」

「小田切先生に弘岡さんを紹介しないといい加減怒られそうなんで」


 小田切にはレベルアップ薬を飲む条件で弘岡を紹介すると言っている、同じ高校の先輩後輩で一度は告白を失敗しているのだ、私が紹介した所で上手く行かないと思うのだが。

 小田切の脳内で、私の紹介イコール付き合う事になって居ないか、と言う心配が付きまとって来る。  


「捜1の巡査っすよね、恋愛とかやってる暇は無いっすよ」

「SDTFに手を回してもらって暇な部署に配置転換してもらいましょうか」

「出来るっすけど、バレたら恨まれるっすね」

「そっすね」


 駄目だったら小田切には泣いてもらおう。

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