第117話「死闘」

 階段を降りた瞬間、辺りが暗闇に包まれ前を見る事すら出来なくなった、振り返って降りてきた階段を探るが何もない。


「リュウ君、何か居る用心して」


 私が涼子に声を掛ける前に涼子から忠告が飛んできた、灯りを出そうとして電化製品は使えない事を思い出し、魔法の光を灯そうと呪文の詠唱に入る。


「危ないっす」


 ドンと言う衝撃で身体がふっとばされる、その僅か後、私の横を何か赤い光が高速で通り抜けて行った。


「リュウ君撤退」


 少し遠くの方から涼子の声が聞こえるが、それどころでは無い、倒れ込んだ所に風圧や礫が飛んでくる。


頭のスイッチを切り替え『加速』を使い思考をクロックアップする、早急に灯りの魔法を唱え周囲を明るくする。

 居た!!眼の前に巨大が蛇が居る、頭は9本有って巨大な胴体で繋がっている、鑑定を使うまでも無くヤマタノオロチと言うフレーズが浮かんできた。


最初の攻撃でダメージを負って居る人間が居ないか確かめる、野田がダメージを受けて後方に吹き飛ばされている、近づいて行くまでに全員の身体強化をすべく補助魔法を掛けた。


 野田の元に到着すると直ぐに回復魔法を掛ける、右半身の怪我が酷い、恐らくあの9本の首の内一本が私達に向かって急接近し、吹き飛ばされたのだろう。


 無理だろうとは思うが、帰還するためのキーワードを叫ぶが、やはり何の反応も無い、目の前に居る存在がボス以外の何者でも無いだろう。


 野田を一旦放置して、『加速』中にも関わらず高速で移動してくる頭に向かって魔法をブッパする、この状況で火炎系の魔法を使う訳にも行かず、氷の刃を何本もヤマタノオロチの頭部に向かって飛んでいく。


 まず1本目の頭は確実に潰した、2本目も動きが止まっている、3本目を攻撃しようとした時に明らかにヤマタノオロチの動きが変わり、私を狙って攻撃してきた。


 3本目の頭部の左目に氷の刃が突き刺さる、その瞬間私の身体を涼子が移動させ、一瞬前まで居た場所に4本目の頭が通り過ぎていく。

 その光景を見送って居ると3本目の頭が切断され宙を飛んでいった、切断したのは鹿島だ、信じられない事に彼の動きは涼子や私に匹敵していた。


4本目の頭部が伸び切った所に私は追い打ちを掛ける、なりふり構まっちゃ居られないと周囲への影響も考えず炎の槍を数十本打ち込んで焼き切った。




「涼子御免、魔力が持たない、支援に回るから後は連携して残りの首を切断して」 


 強制的に『加速』を打ち切る、魔力がほとんど空っ欠で、休んで回復しない事には身動きが取れない。

 膝を着いた私の側には既に涼子の姿は無く、鹿島と山村との3人でヤマタノオロチに切りかかっていた。


「聡志さん回復薬です」


 差し出された薬を開封して一気に飲み干す、『加速』中に無理をしていた筋肉が悲鳴を上げて居てどうにか薬のお陰で一息付けた。


「野田さん、MP回復薬って無いんですか」

「持ってないです、私は回復役に徹しますので失礼します」


 回復薬を使った回復なので効率は悪いが動けない私よりはまだましだ、鹿島の攻撃と涼子の攻撃により更に1本、頭が削れて居る、残り5本の頭部だが最初の頃より動きは鈍く成っている気がしている。




「緒方さん私より川上さんと鹿島君の回復を優先して下さい」


 私達のパーティーでタンクを務めて居るのが屯田兵の山村だった、彼が倒れた瞬間戦線は崩壊するだろう、怪我を受ける割合も多いので彼の回復を優先しなければならない。

 涼子と鹿島の回復は野田に任せて居る。


「何で鋤であの攻撃が止められるのかは判りませんが、山村さんが倒れたら終わりますよ」

「スキルの力です、農具を使うと3倍の防御力が得られるので。危ないので行きます」


 涼子達に攻撃が集中しだしたので山村が走ってヤマタノオロチを削りに行く、多少の攻撃ならびくともしないようだが、正面から当たると山村でも吹っ飛んで行く事になる。


「やってやるっすよ」


 5本目の首が吹き飛んだ、御者で有る森下のバイクを使った立体機動によって残りの本数は4本となった、その4本も少なからずダメージを負っている、このまま攻撃が続けられれば自ずと勝ちが拾える・・・と良いな。




 どれだけの時間が経過しているのだろうか、戦闘は尚も続いている、私の魔力は回復した端から回復魔法や補助魔法に使われ、攻撃に回せる余力が無い。

 慢心せず完全に回復した状態で、地下3階に降りていれば違った状況だったのかも知れない。


「聡志君、痛いっす」

「野営は無理ですか」

「無理っす」


 森下の右手首が折れて居る、回復薬は飲ませたのだが明らかに効果が薄く成っている。回復して無い訳では無いので、使用に関して何某かの制限が存在したのだろう。


「1分耐えて下さい」


私は既に聖剣をしまい、ミスリルの杖を握って居るからもし今ここにヤマタノオロチの攻撃が向かってきても、逃げる事しか出来ない。

 勿論森下を見捨てる気は無いので、運が悪ければ2人そろってあの世行きだ。


「弱点とか『鑑定』出来ないんすか」

「私の『鑑定』で読み取れたのはヤマタノオロチって名前だけです」

「梨乃っちはそれどころじゃ無さそうっすね」


 野田はヤマタノオロチの攻撃を避けながら、薬を配り続けて居る、少し前から前線は崩れて居て、森下が攻撃に加わらないとかなり危ない状況だ。


「先に灯りを着けます」


 ヤマタノオロチの暗闇でも夜目が効くのか、ピット器官を搭載しているのか、お構い無しで襲ってくる、それに比べて私達は闇の中では行動の制限が大きすぎる。


「回復します」


森下の手首を回復すると、バイクに跨りまた突っ込んでいく、右手にスロットルを左手に短剣を持って攻撃しているからバイクを操作する右手に多大な負担が掛かっているのだろう。


 動き出した森下を見守る暇も無く、倒れて居る鹿島の元に向かう。

 チート能力の有る私や、勇者で有る涼子と同等かそれ以上の力を発揮していた鹿島は、限界を越えて行動していたツケが来て致命的な怪我を負ってしまった。


「緒方さん、私の事は放置して逃げて下さい」

「まだ諦めるには早すぎます、大丈夫、涼子と山村さんと森下さんが前線を支えてくれて居ます」


 残りの頭は1本に減って居たが、その瞬間に残っていた頭部が切り離され、巨大な白蛇に変わってしまった。

 その時の攻撃の変化に対応しきれず鹿島はダメージを負ったのだ。


「左足に力が入らないんです・・・どうなっているか見て貰えませんか」


 鹿島の左足は食い千切られ、回復薬によって止血されている状態だ、私が回復魔法で再生させない事には元には戻らない。


「大丈夫です、大丈夫、魔力が回復したら大丈夫です」


 我ながら大丈夫だとはコレッポッチも思っちゃ居ない、こんなに薄っぺらい言葉を吐くことに成るとは。






「リュウ君御免聖剣が折れた、代わりの剣を貸して」


 大分ダメージを与えているにも関わらずまだ、ヤマタノオロチは倒れて居ない、むしろ速度だけなら9本の頭の頃より早く成っていると錯覚するほどだ。

手持ちの剣の中で一番ましな物はミスリルの短剣しかない、短剣を受け取った涼子は聖盾を出して、剣と盾とで攻撃するらしい。


「聖剣でも折れるんですね」

「魔力さえ有れば新しいのを産み出せますよ、鹿島さんも同じなんでしょ」

「ええ」


 3分の1程魔力が回復しているが、鹿島の足を再生させるには少し際どい、無理して魔力が尽きたら私が倒れる事になる、誰が倒れても生きてダンジョンを出る事は出来ないだろう。




戦線復帰した涼子の動きが鈍い、鈍いとは言っても最大戦力には違い無いが、一刻も早く鹿島を戦線に送り出さないとヤバそうだ。


「決断の時ですね。鹿島さん今から左足を再生します。その後私はもう役に立たないなかも知れませんので一気に決めて下さい、お任せします」


 随分と勝手なお願いをしている自覚が有るが、戦いを支えて居た山村の鋤が折れた、代わりの武器は鎌なのでこれまでと同じようにタンクをこなせないようだ。


「任されました」


長い詠唱が終わり、鹿島の左足が再生されると鹿島が弾丸のように飛び出し、ヤマタノオロチの最後の首目掛け突進していく。

 私にはもう見守る事しか出来ないが、鹿島が繰り出した魔剣がヤマタノオロチの身体を半分に切断する光景を確かに見た。





「リュウ君逃げて」






 切断された半分が私目掛けて飛んできた、ここで死ぬんだなと覚悟を決め、飛んできた頭を眺めて居た。







「秘技『三枚卸』!!」


 えっと言う私の驚きと共にダンジョンの風景は一変し、公舎の中庭で座り込んでいた。


「最後は和美さんが美味しい所持っていっちゃったね」

「正直狙ってたっす」

「死ぬかと思った」


 驚きと安心で中庭で倒れ込んで空を見上げた、梅雨前のどんよりした空だったが、帰って来れた事に本当に感謝した。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る