第115話「閑話5 悲しい結末」

 私は珍しく1人札幌のビルの一室に居た、目の前に居るのは野田の妹の春香、私より2つ上の18歳で高校3年生だ。


「姉がいつもお世話に成っております」

「あの、このブランド品の山って」


 今春香と話している場所は野田の部屋では無く、空き部屋な筈の一室で、所狭しとファッションブランドの箱が並べられて居る。


「姉が買ってきた物です、自分の部屋に置いていると皆さんに怒られるからって、この部屋に詰め込んでいるんです」


 一つ10万としたって、1000万円分以上あるんじゃないか、奴の金欠事情は事業に突っ込んでいるだけでは無く浪費も関係しているらしい。


「母に似たんだと思います、あの人も有れば有るだけ、欲しい物が有れば借金してでも買い物をしてました」

「そうですか、もう手遅れそうですね」

「緒方さんは姉とはどういった関係なんですか」


 冒険者仲間だと言いたい所だが、まさか野田の妹にそんな事は言えない。


「このビルのオーナーです」

「そうなんですか、すみません知らなくって。私と兄がまともに暮らせるようになったのも緒方さんのお陰です」


 私は居場所を提供しただけで、実際に養って居るのは野田だ、浪費が激しくとも兄弟を見捨て無かったと言うことは、両親を反面教師にしているのだろう。


「立ち入った事を聞きますが、親御さんとはその後?」

「会ってません、顔を合わせたく有りませんし」


 拒絶反応がでかい、これはまだ親に期待しているって事の裏返しなのでは無いだろうか、少し優しくされると騙されるような気がする。


「お母さんの事は野田さんから少し聞いて居たんですが、お父さんはどういう人なんですか」

「姉は父の事を憎んでいると思います、私ももう関係の無い人だとは思っています。女の人を作って家を出ていった後、暴行沙汰を起こして刑務所に居ると聞かされました。もう出所しているのかも知れませんが、今は何処で何をしていても興味が有りませんので」


 思った以上にヘビーだった、よくもまあ野田が大学まで進学した物だ。


「お兄さんは今どちらに?」

「兄は大学に通いながら店を仕切ってます。わたしはこの1号店の面倒を見ているだけですが、兄は2号店から6号店まで面倒を見てます」

「ちょっとまって下さい、6号店の話は流れたって聞きましたけど」

「騙されそうになって一旦は話が流れたんですが、あぶく銭が手に入ったとかで、嬉々として話を進めました」


 うーんこの、駄目だ野田がうんこ野郎だって事を知ったつもりだったが、予想以上の山師だった。


「どこかから資金を借りているって事は?」

「それは無いです、子供の頃から金貸しって物がどんな人種か一番知っているのが姉ですから」


 今の野田だと金貸しを物理的に消し去る事も可能だから、その事を気づかせないようにしないと駄目だな。


「今、野田さんに突然大金が舞い込んだら、どうなると思いますか」

「多分・・・皆さんにご迷惑をお掛けする事になると思います」


 予想通りの答えが帰って来てどうした物かと思案する、私の出した答えは・・・面倒だから野田に10億渡してみる。

 正直野田がどこまで落ちていくのかって事に興味も有る、バブル崩壊が目の前まで迫ってきている今、10億なんて簡単に溶けて無くなるだろう。








「聡志さんどうしたんですか、こんな場所に現れて」

「野田さんに渡したい物が有りましてね」

「違うです、あれは違うんです」


 焦りながら野田が違う違うと連発する、6号店の事を隠しているのか、ブランド品の事を隠しているのか、疑惑が有りすぎて何を隠しているのか分からない。


「大丈夫です、落ち着いて下さい。私は野田さんに渡したい物が有るだけなので、渡したら直ぐに帰ります」

「あっそうなんですか、てっきりこの間怒られたゴルフ場の会員権の代わりに見つけた、子牛の投資話の事かと思いましたよ」

「それ和牛預託商法って言う現物まがい商法の詐欺ですから、投資したお金は戻って来ませんよ」

「あっぶねー、危うく騙される所でした、仲介人をダンジョンの奥深くに埋めて来ないと駄目ですね」


 しまった既に死体の処理方法に気付いて居たか、それだけは止めないと私達にも疑いの目が行く。


「野田さん、殺しは駄目ですよ殺しは、半殺しくらいでこらえて下さい」

「それで何が貰えるんですか」

「首飾りの報酬ですよ、正式に売れたんで」

「あれってもう代金貰いましたよ」

「それは手付ですね、1割は約束通り仲介料として貰いますから8億9500万円をお渡ししますね」

「・・・」


 野田の部屋のちゃぶ台の上に現金を積んでいく、最初の1億を積んだ時には目の色を変えて喜んでいる事が伝わって来たのだが、5億を越え8億積んだ時には怯えの表情が見て取れた。


「聡志さん、何か危ない仕事に手を染めてませんか。それともまさか、私の体が目当て・・・」

「野田さん、野田さんの体に9億の価値が有ると本気で考えてますか」

「・・・」


 返事は無かったがそんな価値が無い事は本人が一番良く知っているだろう。


「判りました、それで誰を消せば良いんですか」

「そう云うの辞めて貰えませんか、素直に受け取って下さい」

「これ受けっとたら私、何をしでかすか解りませんよ」

「それも野田さんの人生でしょう、横目で生暖かく見守らせて貰います」


 ちゃぶ台に並んだ現金を受け取ろうとはしなかった、野田は野田なりに、自らの危うさを自覚していたようだ。


「あの聡志さん、このお金は預かって貰えませんか。私に万が一の事が有ったら弟と妹に渡して欲しいんです」


 正直言って面倒だ、しかし野田にもまだ、良心と言う物が残っていたようで良かったと胸を撫で下ろした。


「じゃあ銀行に預けませんか」

「聡志さん、聡志さんはまだ若いので知らないとは思いますが、銀行は悪魔です。奴らはどんなに頼んでもお金を貸しては暮れませんし、貸したお金はどんな悪どい手段を用いても回収する地獄の使者なんです」


 どうやら野田が知っている銀行と、私の知る銀行では別な物らしい。


「とりあえず1億だけ貰っておく事にしますので、残りは預かっていて下さい」

「判りました」


 この1億をどう使うなんて野暮な話は聞かなかった、野田が何日で使い果たすのかと言う事を試してみい。

 私の予想としては3ヶ月で使い切るだろう。







「サトえもーーーん、妹がイジメて来るよー」


 恐ろしい女だよ野田は、まさか翌日に泣きが入るなんて流石に予想外だった。


「何が起こったんですか」

「子牛の投資が怪しいって聞いたので、浄水器の販売事業に投資しようとしてたら、妹が契約書を破り捨てちゃったんです」


 未遂だったが恐らく詐欺だろう、詐欺だとは思うが一応話くらいは聞いてみるか、私が知らないだけで真っ当な事業かも知れない。


「マイナスイオンを発生させて、その水さえ飲んでいればガンにならないんですよ。しかもですね、年利がなんと25%と高利回りなんです」

「野田さん、深く考えなくても判りますよね」

「はい、これは驚きの儲け話です」


 頭が痛くなっちゃうよ。たしかに今の時代年利10%近い商品も販売されている、30年40年物の国債を証券会社のファンドで買えば良い。

 年利25%と言うのもあながち無い話では無いのだが、ガンにならない水なんて存在しない。

 少なくとも私が知っている歴史の中では、そんな物見たことも聞いたことも無い。


「マイナスイオン水飲んでるだけでガンにならないなら、ニュースで大々的に発表されますって」

「今はまだ知る人ぞ知るって話なんです。Xデーは1999年の7月で、その日に世界に向けて発表するんです」

「何にしろ契約前で良かったですね、水からガソリンを作り出すくらい荒唐無稽な話ですよそれ」


 水から原油を作り出す装置は有るけどな、と心の中で呟いた。


「私騙されちゃったんですか、ならば戦争です。マイナスイオン推進協議会の連中に天誅を食らわせに行きましょう。ついでに慰謝料として、身ぐるみ剥がしてオホーツク海に沈めちゃいます」


 野田のビー玉のようにくすんだ瞳を見て、本気だと悟った私は野田を引き止めつつ、森下にマイナスイオン推進協議会と言う詐欺集団を摘発するよう、北海道県警に手を回してもらった。








「サトアドーーン、弟に修繕積立金って訳の分からないお金を取られたよー」


 サトアドン?何を言い出したんだ野田の奴といぶかしがったが、砂の妖精の事かと思い至り、意外と野田は文学作品に詳しいんだなと驚いた。


「修繕積立費ってマンションでも購入したんですか」

「買ったばかりの6号店の経費って言うんです、しかも500万ですよ500万あり得なく無いですか」

「毎年500万ですか」

「滞納していた分って話なんですが、今年買った物件に滞納っておかしいですよね」


 前の持ち主が滞納していれば、新たな購入者が支払わなくてはならない。

 しかしそんな事不動産屋から前もって話が有るはずなのに、いきなり500万もの話が出てくる物なのだろうか。

 私はそんなに不動産については詳しくない、市役所に居た当時も建築指導課は専門職の人間しか配属されなかったから。


「それはちょっと今返答が出来ませんけど、叔父がインチキ不動産屋に務めて居ましたので手口を聞いてみます。契約書と物件の情報を見せて下さい」

「お願いします」


 野田の契約した物件は競売に掛かっていた物で格安で落札していた、面倒なのはヤクザや専業の専有屋の存在だったが、残念ながら野田の能力の前では彼らにが対抗出来る術は無かった。

 修繕積立金は妥当な費用だったが、積立金の滞納が起こるようなビルに適切な修繕が施されているのかと言う話は、また別の話だった。






「聡志君ヤバいっす」

「森下さんの口真似は辞めて下さい」


 修繕費の話から3日も経たずに野田が家にやって来た、金銭がらみの話だろうなと思い部屋に入れて話を聞くことにした。


「家出した父の新しい家族、ようやくすると弟が病気だって金を無心してきたんです。有無を言わさず父に天誅をかましたんですが、泣きながら土下座するので、火箸で目をくり抜いてやろうかと思ったら、それでも良いから息子を助けてくれって泣くんです」

「それもう只の犯罪だから」


 どこの世界に実の親父の目をくり抜く娘が居るんだか、捨てていった娘に金の無心をする父親もどうかと思うが、思っていた話とは多少違う方向に進んで行く。


「本当に病気だったんですか」

「私は弟の存在すら疑って居たんですが、あれだけ拷問・・・いえ尋問しても話を変えなかったので、本当の事かもって思い始めたんです」


 拷問は駄目でしょ拷問は。


「それで私に治療してくれって話ですか」

「まさか、そんな事を頼む訳無いじゃないですか、春香が栄養失調で入院していた時にも放置した糞野郎ですよ。今更息子が病気で助けてくれって片腹痛いって奴ですよ」


 なんと言ってやったら良いか言葉が見つからない、因果応報だとは思うが子供には罪が無い。


「そうなると私に出来る事は有りませんよ」

「父から今までの分、まとめて養育費を支払ってもらおうかと思うです、そのお手伝いをしてもらえたらと思いまして」


 金の問題じゃ無くて、感情の問題だったのか、その弟も半分は野田とも血が繋がっている。見殺しにしたくは無いが、女を作って出ていった父には何か罰を与えたいと言うのは普通の感覚なのだろうな。


「そのお父さんと弟さんは何処に暮らして居るんですか」

「父は東京で、弟は施設に入れられて居るみたいですね。弟を産んだ女は私の母と同じ用に子供と父を置いて出ていったみたいです」


 闇が深いな、病気の息子を施設に入れているその父親の感覚に違和感を抱いて、少し調べる事にした。調べると言っても私にそんな事が出来るスキルは無いから、SDTFのコネを使って調べてもらった。


 野田の弟が施設に預けられ、障害を負っていると言う事は本当の話だった、しかし命に関わるかと言えばそうでは無く、車椅子を使えば生活に支障は無いらしい。

野田の父親が糞野郎だと言う事には私も同意する、そもそも息子が障害を負ったのはどうやら虐待が原因らしい。


 調べて貰った野田の父親の住まいは既にもぬけの殻で、夜逃げをして北海道の野田を頼って雲隠れするつもりだったようだ。

 ダンジョンお奥深くに捨てて来ても良いような気がしてきたが、それを決めるのは私では無い、まとめられた報告を野田に渡すにとどめ、暫く野田の行動を注視する事に決めた。





「聡志君、もう大丈夫です。あのクソ野郎逃げちゃったみたいなんで」

「逃げたってどういう事ですか」

「養育費を取り立てに行こうとしたら、聞いてた連絡先に誰も居なかったので。多分私から逃げたんだと思います」

「そう・・・なんですか」


 野田は平気そうな口調で話していたが、目から流れる雫の存在から全く平気そうには見えない、優しく肩でも抱いてやれば良いのだが、それは私の役目では無いだろう。

 これ以上私が立ち入りする事では無いと、この件についてはココまでにしておく事にした。



 後日色々有って、ダンジョン討伐の報酬を渡しに野田の家を訪ねると、車椅子に乗った少年が野田の妹と楽しそうに話している場面に出くわした。


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