第102話「小さな不況和音」

「たーみん先生には会えたんでしょうね」


 英美里は部屋に入ってきてそうそう、安倍民子の話題を持ち出してきた。当然そのような反応が帰ってくるとは思っていたが、案の定だった。


「まだですよ」

「1ヵ月近い時間が有った筈だけど」

「SDTFにそのターミン先生の学生時代の後輩が所属しているのですが、今ダンジョン攻略で忙しくアポイントが取れないんですよ」


 ターミン先生の後輩と言う言葉に英美里が反応を見せた。


「ひろっぴ、まさかウージー、それともけいちゃん」

「何ですかそれ」

「知らないの、聖王国同盟三銃士よ」


 さも知ってて当然のように言われたのだが、三銃士ってダルタニアンしか知らんよ。


「江下敬子さんって人ですけど」

「多分けいちゃんね、お下げ髪のグルグル眼鏡のアシスタントよ」


 眼鏡は掛けて無かったように思うし、確実にお下げ髪では無く、ショートヘアの女性だ。


「高校の後輩だって話ですから違うんじゃないですか」

「それなら尚更間違い無い筈よ、高校の漫研で聖王国同盟が結成されたんですもの」


 江下ってそっち系なのか、人となりを語るほど江下と親しい訳では無いが、まさかターミン先生と同類だとは考えても居なかった。


「でもそう、けいちゃんがSDTFに居たのね、それならたーみん先生が政府に協力しているのも嘘じゃ無さそうね」

「どうしてですか」

「けいちゃんの将来の夢がお嫁さんと公務員だからよ」


 お嫁さんはまだ叶っては居ないが、公務員と言えば公務員だ、そこは夢を叶えたと言っても良いのだろう。


「じゃあどうして今日、私達は野田の部屋に呼び出された訳?」


 ようやく本題に入れると、全員に座ってもらって『収納』していた現金をテーブルの上に乗せて行った。


「あの・・・これって・・・私、貧乏でお金には弱いですが、こんな・・・こんな汚いお金で身体は許しても、心までは許しませんよ」


出した金をガッツリ抱え込んで心は許さんが、身体なら好きにしても良いと言う野田の態度にドン引きしてしまった。


「野田さん汚いお金ってどういう意味ですか」

「犯罪に手を染めたんじゃないんですか、真っ当に生きてたら絶対に手に出来ない金額ですよね」


 野田は英美里よりも全共闘時代の戦士なんじゃないのか、金持ちを何か得体の知れない悪だとでも思っているようだ。


「ミスリルを売った金で、政府公認で税金も不要ですが、6等分するんで抱え込むのは辞めて下さい」

「もう嫌だな聡志君ったらお茶目さん、冗談に決まってるじゃ無いですか」


 抱え込んだ万札の束を机の中央に戻し、わざとらしく口笛を吹いている。


「もうどうでも良いです、何でもミスリルの鉱脈が発見したとかで、大分買い叩かれましたが大凡1キロが5億になりました、6人じゃ割り切れないので端数は私が手数料として頂きます。一人頭8300万お渡ししますね」


 100万円の札束を1人83個ずつ配っていく、すると最後に85個の札束が残るのでそれを私が貰ってしまう。


「ちょっとまって下さい、聡志君」


 野田から物言いが入った、分配に不満があるのかと思ったら別の話だった。


「ミスリルの鉱脈って言いましたよね、そこでココ掘れワンワンって掘り起こしたら億万長者に成れるって事ですか」

「入場制限を掛けてるみたいですが、まあその通りなんでしょうね、ちなみにうちのチーム緒方ではそのダンジョンに入る予定です」

「はいはーい、私今日からチーム緒方に移籍しますー」


 ある程度のまとまった金が入ったんだから、後は地道に働けや、と思うのは私の単なるエゴか。


「野田、あなた本気なの、まさかとは思うけど中町さんを裏切るなんて事しないわよね」

「そうですね、中町さんも一緒にチーム緒方に移籍するよう説得しないと」


 予想以上に浮かれている野田に対し、首飾りの代金は支払わない方が良いなと確信した、多分調子にのってミスリルの代金全て無くしてしまいそうだから、やはり様子を見よう。


「野田いい加減にしときなさい、そんなにお金って大事なの?」


 英美里と野田の雰囲気がヤバイ、2人とそんなに接点の無い私でも判る、今の言葉は野田に取っては禁句だったのだろう。


「英美里先輩には解んないんですよ、電気が止まって真っ暗な中、水しか出ないシャワーを使ったり、お祖母ちゃんとブラジャーを共有したり、鯉の餌だと言ってパンの耳を貰ってきて夕飯にする苦しさとお金さえ有れば幸せに成れるって気持ちが」


 重い、重すぎる、貧困家庭だとは思っていたがここまでの苦労をしていたのか、少なくとも私には野田が金に執着する事を攻める事は出来ない。私が金を稼いだ方法も褒められた手法では無かったし。


「英美里、今のはあたなが悪いわ、野田に謝りなさい」


 小田切も上から物を言うなよと、ハラハラしたが、英美里も流石に失言だとは思ったのだろう素直に謝って居た。



 英美里が居ると話がややこしくなりそうなので、小田切と一緒に席を外して貰った、野田の部屋に残っているのは、私と野田、それに涼子と森下の4人だ。


「野田さんそれで出資分はどうにか出来ますか」

「勿論です、そんなに借金がある訳じゃないですし、でも隠して置かないと両親が良からぬ事を企むかも知れません。それにあんな母親ですが、妹が久しぶりに会えたと嬉しそうにしていたので、このお金の存在を知ると母親にお金を渡しかねないので」


 家族だからと切り捨てられないで、一家全員が貧困に沈んでいく光景を見た事が無い訳ではない。福祉関係の部署に居ると、そんな案件ばかりで性善説と言うものが信じられなくなる。


「お金は『収納』しておけば絶対に安全ですけど、妹さんがお母さんやお父さんの連帯保証の判をつく方が怖いですよ。言い聞かせて止められる物では無いかも知れませんが、説明だけはしておいたほうが良いんじゃないですかね」

「そう、ですね・・・はい本当にそうですね、妹だけじゃなくて弟にも説明しようと思います」


 野田に対して余計なお節介を焼いてしまった、家族の問題に外野が口を挟むべきでは無いとは思う。役所勤めの時の、あの嫌な思いが体中を駆け巡ってしまった、正論が正しいとは限らない。

 私はダンジョンの事だけ考えるよう自重しよう。



 野田の部屋を出て英美里が使っている部屋へと移動する、中には大量のBL本が収納されていたが、予想通りなので何の感慨も沸か無い。


「英美里さん少し感情的でしたね」

「あなた達にも不快な思いさせちゃったわよね、御免なさい。仕事でちょっとね、お金の事で色々あったのよ」


 北銀勤めの英美里がどんな部署に居るのかは知らないが、今の時期なら相当ヤバイ事をしている筈だ。

 無担保融資に迂回融資、地上げ屋と組んで土地を買い漁ってたりもしたから、非合法な組織との付き合いも有るだろう。


「野田に当たったのはかなりお門違いよね、帰る前にもう一度謝っておくわ」


 野田の話は英美里が改めて謝ると言うことで解決したが、小田切が金の事を突っ込んできた。


「緒方君、このお金、税務署が踏み込んだりしないの」

「それは勿論っすよ、逆に申告されたら困るっすよ、ダンジョン対策特別法の特別報奨金扱いなんで非課税っすよ」


 そんな仕組みに成っていたのか、非課税だと聞いて居たので、そうなのかと納得していたのだが、法律まで存在するようだ。


「法律と言うからには国会で審議されたのよね、私ダンジョン対策特別法なんて聞いた事が無いわよ」

「表沙汰に出来る事じゃ無いっすから、マスコミには伝わって居ないみたいっすね」


 その話に英美里までもが加わって、民主主義の話に移っていった、私と涼子はそっとその場を離れて行ったのだが、森下の私も連れてってと言う視線は無視する事にした。



 このまま帰りたい所だが小田切を連れて帰る約束をしているので、しばらく何処かで時間を潰さないとならない、ならいっその事野田の喫茶店を見物してみるかと、1階に有るタケミヤ珈琲に入ってみた。


「いらっしゃいませ、2名様ですか」


 席に案内してくれたのは見知らぬ学生のようだ、念の為『鑑定』してみたがやはり只の大学生だった。


「2人です、禁煙席でお願いします」

「はい、こちらにどうぞ」


 案内された席は4人掛けのテーブル席で、ランチタイムを過ぎて居たからだろうか周りに客は居なかった。お冷とおしぼりを渡され、涼子がメニューを眺めながら

「小倉トースト?」と名物料理を物珍しそうに呟いていた。


「お決まりに成りましたか」

「アイス珈琲とドミグラスバーガーで」

「私はこのホワイトマウンテンと紅茶を」


 私が頼んだ物は大きなハンバーガーと珈琲で、涼子は1番の定番メニューホワイトマウンテンを頼んだようだ。

 ホワイトマウンテンは 熱々のデニッシュパンの上にこれでもかとソフトクリームが乗っていて、その上から蜂蜜が好みで掛けられるように成っている。甘い物が苦手な私は食べた事が無いが、タケミヤ珈琲1番の人気メニューだと言う事は知っていた。


 注文を取りに来た店員が下がってオーダーを流す、料理を作っているコックが一瞬見えた、アレが野田の祖母なのだろうか予想していたより若く見える。厨房に立てるくらいなので実際まだ若いのかも知れないな。


「あの人が野田さんの妹さんなんだよね」


 涼子の視線の先に居たのが野田の妹、野田佳代16歳札幌北西高校2年生。ごくごくの普通の女子高生で、顔つきが野田に似ている、2人が並んで居たなら過ぎにでも姉妹だと看破出来る事だろう。


「そうだね」

「美人さんって言うよりは可愛いって感じだね」

「そうかも知れないね」


 正直に言えば、野田も野田の妹も好みのタイプでは無い、確かに可愛いが私はどちらかと言えば美人タイプが好みだ、涼子もキリッとした美人タイプで元の妻優美子も涼子と同じタイプだった。


「美人と言えば英美里さんなんだろうけど、お付き合いしたいとは思わないね」

「そうなのリュウ君ってああいう人が好みのタイプだと思ってたけど」

「そんな風に思ってたんだ」


 顔だけならどストライクだが、それ以外が残念過ぎて英美里の隣に並ぼうとは思えない。


「伊知子先生と三条さんと野田さんなら誰が良い?」


 付き合っている彼女がそう云う事を聞いちゃいかんと思うのだが、どう返事したら正解なのだろうか、正直に言えば3人とも好みでは無いが、あえて言うなら小田切だろうか。


「小田切先生かな」

「あっ、リュウ君オッパイで選んだでしょ、駄目だよリュウ君。リュウ君が小田切先生のオッパイ見ながら話してるのってバレバレなんだからね」


 目に入ってしまう物は仕方が無いじゃないか、あえて見ているつもりは無かったのだが、視線が小田切の巨乳を追いかけて居たと言われても否定することは出来ないな。


「これから気を付けるよ」



 注文した料理が運ばれて来て、食べ終わった頃に小田切が喫茶店に顔をだしたので、会計を終えてから森下を残し、一足先に涼子の『瞬間移動』で東兼に帰った。


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