第101話「学生達の喫茶店」

 9月8日土曜の午後、私と涼子と森下それに小田切を加えた4人は、再び北海道の大地に立っていた。


「こっちもまだ暑いっすね」


 確かに暑い事には暑いが地元の程の暑さは無い、カラッとした天気で過ごしやすいと言っても差し支え無いだろう。

 札幌のビルに飛んだ私達は、部屋の様子がかなり変わっている事に気づいて居た。


「間仕切りが増えて無いここ?」

「リュウ君何か聞いてたの?」

「野田さんの連絡先も知らなかったのに、連絡の取りようが無いから知らないよ」


 不審に思いながら区切られた区画に有るドアを開け、野田に話を聞いてみようと言う事になった。


「いらっしゃいませ」

「えっ誰?」


 エプロンを着けた高校生くらいの女の子から、来店の挨拶をされた、どこからどう見ても喫茶店の一室で席の8割方は埋まっているようだ。客筋は学生7割リーマン3割と言った所か、従業員はほぼ学生のバイトだろうと思われた。


「お客さんじゃ・・・無さそうですよね。姉の知り合いの方ですか」

「姉って誰」

「野田梨乃ですけど」


 エプロン姿で接客していたのは野田の妹らしい、野田の実家が何処に有るのか聞いては居なかったが、地元で貧乏暮らしをしていた筈なのにどうして北海道にいるんだろうか。


「私は小田切伊知子です、野田の大学の先輩で、今日会う約束をしてたんだけど。野田はここに居ないの?」

「そうなんですか、お世話に成ってます、姉は3階の自室に居ます」


 2階の部屋を使っていたように思うのだが3階に引っ越したんだろうか、言われるまま階段を登って野田の部屋だと教わった場所へと移動し、ドアをノックした。


「はいはい、今出ますよっと」


 部屋の中には居たようだ、ノックに気づいた野田がドアに近づいて来るのが、部屋の外からでも判った。


「お、お早いお着きですね、説明と言い訳を聞いて欲しいんですが。兎も角中に入って下さい」


 何故かスーツ姿で出迎えてくれた野田の部屋は、以前訪れたアパートの部屋のように汚くは無かった、しかし捨てれば良いのに空き箱や空箱、それに買い物袋が積み上げられて居る一角が存在する。


「珈琲入れて来るので少し待ってて下さいね」


 部屋に備え付けられて居るキッチンでは無く、下の階の喫茶店から持って来たようでしばらく時間が掛かった。




「それでビルを喫茶店にした理由を聞かせて欲しいんですが」

「一言で言わせてもらうと生活の為なんです」


 野田が金銭的に苦しいのは知っていた、しかし首飾りの代金の一部として500万を渡していた筈だ。その500万を使って喫茶店の開業資金に当てたのだろうが、それにしたった私に断りも無く始める必要は無かったのでは無いか。


「野田、開業資金はどうしたの、まさかとは思うけど大島達から借りたなんて事無いわよね」

「開業資金は私が出しました、少しだけ足りませんでしたが・・・。手続きは竹宮に手伝っては貰いました」


 竹宮というのは冒険者で中町グループ腐れ外道3人衆の1人だが、今重要な事はタケミヤ珈琲の社長令嬢と言う事実だ。

 タケミヤ珈琲は名古屋発祥のフランチャイズ珈琲ショップで、1990年の時点ではまだまだ展開数は少ない、タケミヤ珈琲が全国的に名を知られるのは2000年代後半になってからだろう。


「保健所の検査も通したって事ですか」

「はい、営業許可も竹宮が取ってくれました」


  野田にビルの運営を任せてからまだ1月程しか経過していないので、こんなに早く営業許可が下りる筈は無いのだが、役所に伝手でもあるのだろうか。


「野田さん、店の方に突然私達が飛んで来る事は考えなかったんですか」

「飛んで来る場所って設定出来るんですよ、聡志君達が帰ってから色々確かめたので間違い有りません。電話を設置したり、電気配線を足したり色々試しながら店を作って行ったので」


 喫茶店を作った過程なんかは判ったが、肝心のどうして喫茶店を無断で、しかも親族をよんでまで作ったのかと言う動機がまだ不明だ。

 その当たりを追求すると直ぐに理由を話しだした。


「母親が借金取りと男を連れて、アパートに転がり込んできたんで、逃げて来たんですよ。弟と妹とお婆ちゃんが」


 行方不明だった母親が実家に踏み込んできたらしい、男は解らなくも無いが、なんで借金取りも一緒なんだ。


「お盆前だったと思います、深夜バスと電車を乗り継いであのラーメン屋のアパートの前に3人並んで座って居たんです。アパートの知り合いから連絡が入って、急遽ここに連れて来たんですが・・・。聡志さん帰せって言わないですよね」


 そんな事を言うつもりは無いが、ダンジョンと冒険者の事なんて説明するつもりなのだろうか。


「確か高3と高2だって言ってましたよね、学校はどうするつもりなのですか」

「福祉課の人達と高校の先生達のお陰で、こっちの公立高校に転校する事が出来ました、今は2人とも同じ高校にここから通っています」


 福祉課が?

 そんな迅速に?

 しかも実の親を蔑ろにして?

 そんな事ありえなく無いか、役所に居た経験からすると100%あり得ない厚遇だ。

 裏にSDTFか公安の圧力が掛かっているんじゃないのだろうか、中町グループから離脱させるのに野田程転びそうな人材も居ないだろう、他3人の後輩組の事は知らないが。


「ダンジョンやスキルやジョブの事、誤魔化せますか」

「大丈夫です、仮に弟達がこの事を知っても、口を割る事なんて有りませんから」 


 現在の安定した暮らしを捨てるなんてあり得ない、と言うのが野田の説明で、それはそうかも知れないなと納得出来た。


「その野田さんのお母さんの借金って大丈夫なんですか」

「大丈夫じゃ無いと思いますけど、勝手に死んでくれって感じです。勝手に出ていった癖に、私達に関わって欲しく無いって言うのが本音ですよ」


 表情を変えずにズバッと断言した、今から渡す金を見た時、野田がどうするのか私に予想することは出来なかった。


「下の喫茶店の開店資金ってどのくらいお金を借りたんですか」

「それは・・・、そんなに無いですよ」


 言いよどんだな今一瞬、闇金や街金から金を借りてるんじゃないだろうな、野田でもその気になればヤクザの10人や20人瞬殺出来る力がある、冒険者が街中で市街戦とか不味いのだが。


「大島達から借りたのね」

「借りて無いですよ先輩、3人には2階のフロア全部を貸す代わりに出資して貰っただけです」

「ちょっ、それは約束が」

「大丈夫です、聡志君、又貸しは禁止にしてますから3人意外には誰も足を踏み入れさせません」

「中に入るくらいなら誰が入ってもいいですけど、又貸しは絶対に禁止して下さいね。その3人と会えますか」


 一応私からも釘を刺して置いた方が良いな、その3人組が部屋の中で彼氏を呼ぼうが、乱交をしようがどうでも良いが、借地借家権が絡んでくるような又貸しは絶対に阻止しなければならない。


「大学に行ってますから、何時に帰ってくるかは判りませんよ」

「いままだ9月のしかも土曜ですよ」


 大学なんて後期授業は10月くらいから始まるのでは無かったか、それに土曜なんてゼミ以外休みだったと思うのだが。  


「3人とも理系なんで研究室に入り浸りですよ、それに他大学に比べて夏休みは短いんです。その分冬休みは少し長いですが」


 中高じゃあるまいし、大学でもそんな事が有るのだろうか、北大や理系の事は良く知らないしそう云うことも有るかと頷いておいた。


「その後輩さん達ってお金持ちなんですか」

「3人と言うよりは実家が裕福と言うべきね、竹内の所は説明した通りで、後の2人特に萩尾は資産家の娘だけど、本人達の小遣いはそう多くは無いみたいよ。月に10万程の生活費以外には貰って無いみたい」


 家賃は別にして月10万の生活費を貰っている、それがどうして開店資金の援助が出来るのかと言えば、高額な家賃を払っているかららしい。

 つまり今支払われて居る家賃の半分を野田に、残りの半分を自分達の生活費に当てようと言う腹積もりのようだ。


「札幌の家賃って高いんですか」

「どうかな、私は1DKで月6万だったけど」


 東京と比べると安いんだとは思うが、正直その安い家賃を折半したって喫茶店の開店資金に当てる額では無い。


「あの子達月30万近い家賃だから折半したってそれなりの金額にはなるのよね」「札幌市内にそんな高い部屋が有るんですか」

「高層マンションでオートロックの3LDK駐車場付き、一人暮らしの部屋では無いわね」


 野田が3人の事を嫌う理由はその辺に有りそうだ、腐れ外道なんて言葉漫画の世界以外で初めて耳にした事からも、野田と後輩3人組とは水と油の関係だったのだは思っていた。


「事情は大体判りました、電話も通じるようですし、これからは事前に連絡を貰えますか」

「許して貰えるんですか」

「もう良いです、でも次何かやらかしたら、判りますよね」


 野田はウンウンと頭を縦に振りもう勝手な事はしないと約束した、しかし私の目からすると野田には危うさしか無いように思われた。


「妹さんは下で会いましたけど、弟さんとお祖母さんはどうしたんですか」

「弟は高校の図書館で受験勉強中です、正直土曜の午後まで勉強を教えてくれて助かってます。埼玉の学校じゃそこまではやってなかったので、市立図書館通いだったんで」


 野田の弟は高校の進学組の為の補講を受けて居るようだ、私の通っていた高校には無かったが、一部の高校ではそのような取り組みが有る事は聞いていた。教員の手弁当で行っている為、よほどやる気の有る生徒と教師の居る学校じゃないと、成立しないんだろうな。


「お祖母ちゃんは喫茶店の厨房で料理を作ってます、若い頃に工場の食堂で働いて居たんで、その時に調理師免許も取ってたんです」


 森下のなんちゃってじゃ無くて、ちゃんとしと調理師免許だったのだろう、フランチャイズの喫茶店なのでマニアルが有るのだろうが、それでも素人が料理するより大分心強い。


「それで野田さんって今年大学卒業するんですよね、就職せずに喫茶店を続けるつもりなんですか」

「駄目でしょうか」


 ダンジョンを攻略するのに会社員より、自営業の方がよっぽど融通が効くか、案外悪くない選択肢かも知れないな。暴走しそうな小田切と英美里のストッパーとしての役割を担ってもらおう。

 ただ大金を手に居入れた野田が、どんな行動に出るかは予測出来ないので、月に1度くらいは監査に来た方が良さそうだ。


 野田の話を聞き終わった頃、遅れて居た英美里がやっと到着した、帰りの事が有るので飛んでは来ずに車で来た為、渋滞に巻き込まれてしまったようだ。

部屋に入るなり最初に発した言葉は「何で喫茶店に成ってるの」と言う物だった。





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