第100話「新学期」

 夏休みが終わって9月に入った、未だに江下からの連絡は無いし、レベル上げも行って居なければ、ミスリルを堀に行ってすらいない。


 江下達の1班は関東攻略から東海中部地方のダンジョン攻略に移っている、三重の津ダンジョンと福井ダンジョンの2ヶ所を攻略し終え、今は新潟に有る越後湯沢ダンジョンの攻略を進めて居る最中らしい。その情報は森下から聞いた物なので、間違っては居ないと思うが、最近姿を見かけない肥後とコスモの存在が気になる。


 私の方は平穏無事に夏休みを満喫していた、途中沖縄へ支店を使って遊びに行ったり、奄美大島で人生初のクルージングも体験した。



「おはよう聡志君」

「おはようあずみさん、なんだか元気そうだね」

「元気って程じゃないけど、部活も終わっちゃったし受験はまだ少し先だもの。今くらいは楽しい時間を送りたいわね」


 夏休み明けの気だるい教室の態度は二分していた、私や涼子のように進学先が決まっている生徒は余裕が有り、受験を控えて居る生徒はピリピリしている。

 あずみはどちらかと言えば私達に立場が近い、受験こそまだだったが商業高校への推薦入試が決まっていて、10月に面接を受ければ恐らく合格するだろう。

 今まで推薦入試で落ちたと言う生徒の話を聞いた事が無い。


「佐伯さんはまだ登校してなんだ」

「うんそう、弥生さん病院に寄ってから来るから朝は遅刻なんだって。そう言えば涼子さんは、珍しく1人なのね」


 佐伯弥生はまだ病院通いを続けているようだ、あの怪我が一瞬で直ったら検査したくなる気持ちも判る。それも大分時間が経過して、これ以上調べる事が無いと思うのだが、この先は3ヶ月に1度、半年に1度、年に1度と診察の間隔が空いて行く事だろう。


「涼子はしばらくは休みだよ、親戚で不幸が有ったんだって」

「そうなんだ」


 美智子に散々嫌味を言って来ていた姑が亡くなったらしい、涼子は行きたく無かったようだがそう云う訳には行かないようで、家族と一緒に義父の実家に滞在して居た。



まだエアコンなんか設置されても居ない教室で、残暑の中授業が始まる、授業の内容は殆ど頭の中に入ってこない、眠くて仕方ない。

 長期休み明けでいきなり授業なんか辞めて欲しい、実際クラスの3分の1くらいの生徒は眠って居るんじゃないのか。


「アリ、オリ、ハベリ、イマソカリ」


 駄目だ、教員の話す言葉が呪文のように聞こえる、私もこれ以上起きて居る事が出来ないようだ。この教師ひょっとして冒険者で、スキルが魔法で私達を眠りの世界へ・・・・


「聡志君」


 背中を突かれて覚醒した、不味い教師に指名でもされたかと起き上がると、周りは給食の用意を初めていた。


「あずみさん今何時」

「12時30分よ」


 1時間目の古文の授業から今まで眠り続けて居たらしい、昨日夜ふかしした自覚は無かったのだが、若さゆえに眠ってしまったのだろうか。


「よく寝てたわね」

「先生に見つからなくて良かったよ」

「理科の梅本先生呆れて居たわよ、寝てたのは聡志君だけじゃなかったけど」


 寝起きで尿意を覚えてトイレに行って、帰って来てから給食を食べた、どうもスッキリ目が覚めて無いようで午後の授業も上の空だった。



「佐伯さんいつの間に」


 後ろの席に佐伯が座っていた、彼女がいつ登校してきたのかも気づかない程、集中力が落ちていた。


「聡志さん昨日は夜ふかしですか、たーみん先生の漫画ばかり読んでちゃ駄目ですよ」


 なんでやねん、と佐伯に対して物申したかったが可愛く「めっ」とされたので言い返す気力が沸かなかった。


「午後からもボーっとしてたわね、弥生さん昼休みから来ていたわよ」



 給食を食べた後の記憶が定かでは無い、どれだけ眠気が有ったのだろうか、特段身体を動かすような事は無かったのだが。


「放課後何処かに寄っていく?」

「ごめん、今日は職員室に顔を出すよう言われてるんだ、学級委員も変わるからその話が有るみたい」


篠崎が席の近くで待っててくれている、私は急いでカバンに教科書とノートを詰めると、職員室に篠崎と一緒に移動した。



「緒方君、あなた一日寝てたそうね」


 小田切の席で怒られて居る、私は反省の意味を込めて頭を下げて居る。


「ラジオでも聞いてたの」

「昨日は12時前には寝たんですけど、寝たりなかったみたいです」

「それなら今日はもう少し早く床に着いてみようか、4ヶ月間ご苦労様、2学期からは新たな学級委員にバトンタッチね」


 細々とした学級運営の話と、小田切の授業時間を臨時のロングホームルームにして、次の学級委員選出を頼まれた、それが終われば晴れてお役御免になる。




 話が終わった後篠崎は先に帰された、私は居眠りの罰だと授業に必要な資料の運搬を頼まれ、小田切と一緒に教材準備室へと移動した。


「小田切先生、野田さんと連絡を取る方法って何か無いんですか」

「手紙か電報ね、あの子電話を持ってないし。でもどうしたの何か用?」


 準備室の中に入って小田切に野田の事を聞いてみた、小田切に会うのは北海道から帰って以来だった。


「ミスリルの売却代金ですよ、山分けって言ったでしょ」

「ああ、あんなの緒方君が1人で倒したんだし貰って置けば良いのよ。野田や、ましてや英美里に渡す必要は無いわよ」


 野田に連絡が取れないなら英美里経由で連絡を取ってもらえば良いんじゃないのか。


「英美里さんとは連絡取れるんですよね」

「それはねえ一応、英美里経由で野田と連絡を取ればいいのね、それでまさかとは思うけど北海道に行くつもりなの?」


 そりゃあ当然そのつもりなのだが何か問題が有るのだろうか。


「行きは良いとして、帰りはどうするつもり?」

「こっちの支店に飛んでいきますけど」

「私は?」


 飛行機で帰って来いやと言いたい所だが、日帰りでとんぼ返りは辛いだろう、涼子の瞬間移動で一緒に連れて帰ってやろう。


「涼子と一緒なら東兼に帰って来れますよ」

「それって川上さんのスキルって事?」

「そう考えて貰って差し支え有りません。当日までその話森下さんには内緒にしてもらえますか、まだ話して無い物なんで」

「勇者の『瞬間移動』のスキルよね」


半分冗談かと思っていたが、例の中町町子どうやら本当に勇者のジョブを所持しているらしい。


「そう云う事です」

「そっか、私がこっちで家を買えば支店化出来るのよね」

「そうですね、野田さん次第だと思いますけど」

「北海道に行くのは、私と緒方君と川上さん、それに和美さんの4人で良いのね」「はい、出来れば日程は土曜か日曜でお願いします」


 平日でも良いのだが、どうせ行くなら休みの日に観光もしたい、涼子が帰って来るのも週末だろうし。


「私も英美里も休みじゃ無いと動けないから、丁度良いわ。英美里に連絡を取るけど、夕方か夜にしか帰って来ないから野田と連絡取るにはしばらく時間が掛かるわよ」


 私は頷いて今日の所は帰る事にした。



翌日、登校すると野田と英美里に連絡が取れたと言われた、野田があのビルに電話回線を引いたらしい、そんな話私は聞いて居ないのだが。


 約束の日時は9月8日土曜の午後、授業が終わると森下に連絡を入れ時間を空けてもらった。涼子の携帯に電話を掛けてみたが『簡易アイテムボックス』の中に仕舞って居るのだろうか、繋がらなかった。


 涼子と電話が繋がったのは6日の木曜日の夜、やっと葬式が終わって明日帰ると言う電話だったが、かなりご立腹の様子義父の実家でひと悶着が起こったらしい。

土曜の件は伝えられたが、次の日の金曜の朝から涼子の愚痴を聞く係に徹していた。


「ねえリュウ君どう思う?」


 何が起こったかと言うと、義父の母親が死んだ事で遺産相続で揉めたようだ、よくある話と言えばそれまでなのだが、涼子から見て義理の叔父の妻が義父と美智子に対して相続放棄を迫ったようだ。


「もう縁を切るって話になったんだったら、無視してたら良いんじゃない」


 美智子に対して相当ひどい言葉を投げかけられた事で、義父が憤慨しその場で相続う放棄の書類に印を押し、二度と連絡してくるなと啖呵を切って絶縁状態に陥ったようだ。


「私には関係無い人達だから良いけど、浩介が可愛そうで」


 うちの場合は既に祖父母は死んでいる、祖母はかなりキツイ人で、母に当たり倒していたが叔母にどのような態度で接していたか、そこまでは覚えちゃ居ないな。

 ただ実家を父が相続している事を考えると、叔母も相続に関しては妥協している物だと思われる。


「おばさんは何か言ってるの」

「お母さん?特別何も言ってなかったよ」

「そうなんだ」


 姑が死んで干渉してくる相手も居なくなった、嬉しそうにしているのかとも思ったのだが、そのような態度には出て居ないようだ。


教室到着した頃には涼子の鬱憤も晴れたようで、愚痴を聞かされる事は無くなった、既に学級委員は交代しているし、進学先も決まっている。

 これから卒業するまでの半年は、ダンジョン攻略に集中出来ると良いなと考えながら授業に集中していった。




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