第99話「盆休み」

「藤倉課長と安倍マリアさんってどの程度のお付き合いが有るんですか」

「会えば挨拶する程度ですよ、ダンジョン攻略でお世話に成ってますから。それがどうかしたのですか」


 聖王国同盟が発行した同人誌を購入したいとは、なかなか言い出しにくい。


「会うように仲介して頂く事は難しいですか」

「仲介ですか?、聖女様と言う事ですよね、そうなんですか、緒方さんが」

「私と言うより、北海道で会った冒険者の一人がって事ですけど。私としては出来るだけ交流は持ちたく無いと言いますか、ちょっとあの本の理解に苦しむと言いますか」


 藤倉も聖典は読んでいるらしく、まあ納得はしてくれた。


「先方からも緒方さんと話がしたいと聞いていますので、場所をセッテングする事は可能ですよ。教団担当は江下君なんで、江下君から緒方さんに連絡を入れるよう指示しておきます」


 江下か、確か安倍民子と一緒に初級ダンジョンをクリアしたんだよな、それも私達よりも早くに。私達が最初に初級ダンジョンを攻略したから、下級ダンジョン崩壊が延長されったって言う話だったのだが、何かが間違っているのだろうか。

 あのメッセージはダンジョン攻略の成果では無く、何か他の事がトリガーに成っているのか、ダンジョン攻略の目処が立ったと思ったんだが謎は謎のままか。


「藤倉さんは聖王国同盟が出版した同人誌全てに目を通されましたか」

「シュタイナーゼ王国物語しか読んでません」

「他の同人誌を手に入れる方法は有りませんか」

「それも江下君と話して下さい」


 藤倉はターミン先生の件についてはノータッチを貫きたいらしい、出来る事なら私も同意見だ。

藤倉の所で得られそうな情報はこれ以上無いと判断し、帰る事にした、帰り際に7月分の給料を貰ったが、基本給しかなかった。



 肝心の江下と会う約束が取れたのは8月の末にと言う事だった、現在東海中部地方のダンジョン攻略で忙しく動いているので、東京にもなかなか帰れない状況のようだ。


 盆休みに成って母の実家に帰省する、叔父は株で儲けたあぶく銭で、新たな会社を設立していた。


「叔父さんこれ何の会社だか分からないよ」

 

 繁華街のビルを買い取って商売を初めたのだが、外から見ると何を扱っているのか解らなかった。


「聡志の話を参考にして作った会社なんだけどな」


 叔父が作った会社は携帯ショップだった、大手通信会社の代理店で県内では最大規模と言う話だったが、今の所はビジネス用の顧客しか居なく、主戦商品はポケベルのようだ。


「叔父さんそれ、私と涼子の分も契約出来ないかな」

「出来なくは無いが高いぞ」


 これで連絡が取れるように成る、2人とも同じ会社で同じ機種の携帯を持っていれば使い方を教えるのも容易だ。


「叔父さん、いつだったか十和子先生の事、優しい先生だなんて言ってゴメンね。あの人は真性の鬼だったわ」

「まあそうだな、悪い人では無いんだけどな」


 私は十和子の事を愚痴りつつ、叔父の事業の話を聞いて居た。



翌日、森下が紹介してくれると言う下宿先を母と一緒に尋ねるた、場所は市内の一等地で駅前に有った。


「和美さんの会社って大きい所なのね」

「そうみたいだね」


 なんせ親方日の丸だ、この物件も国が購入した物なのだろう、駅前の一等地にも関わらず、広い駐車場が確保されている。

 支店化しているので万が一の避難所を兼ねているからなのだろうか、建物の高さは3階しかないのに、道路との境界には3m程の塀が続いている。


「今日美智子さんと涼子ちゃんも来るのよね」

「そう聞いてるけど」


 母は中に入る事を躊躇しているようだ、無論私はなんと言う事も無いが、母に合わせて驚いて見せて居る。



「聡志君とお母さん早かったっすね、約束の時間までまだ大分と有るっすよ」


 外で待っている事に気づいた森下が外に出て来てくれた、監視カメラが有るのかと視線を壁に向けると、カメラが数台有る事に気づいた。


「ねえ和美さん本当に大丈夫なの、とても小さな会社だとは思えないんだけど」「大丈夫、大丈夫っす、余裕っすよ。こんな外に居ても暑いっすから中に入りましょ」


 駐車場への出入り口は鉄製のシャッターが締めれている、シャッターが開くと母の運転する車を中に入れるよう言われ、そのまま中に入っていった。


「ここがエントランスで、聡志君の部屋は3階っす」


 エントランスもだっだ広い、市役所並とは言わないが避難所代わりに使う事も可能に思える、置いてる椅子も病院に有る物と同じで、万一の場合にはベットに転用出来る物だ。


「管理人は森下さんなんですか」

「私は常駐してないっすよ、管理してるって言っても現場担当じゃ無いっすから。今はお盆休みで居ないっすけど、春になったら管理人も正式に紹介するっす」


 官舎にしては大分豪華で、食堂と大浴場とプールが備え付けて有る、こんなの税金の無駄使いとしか思えないのだが、SDTFの職員なら命がけだ、多少の優遇が有ってもおかしくは無いか。


3階にエレベーターで移動する、高々3階程度の建物にエレベーターかよ、と思ったが地下階の表示が有ったので下に伸びているようだ。


「ここが聡志君の部屋っすよ」


 案内された部屋は3LDKの部屋だったが、リビングが実家より広かった。普通に借りると月に20万くらいの家賃が必要なのでは無いだろうか。ここなら涼子と一緒に暮らせと言われても全然平気に思える。


「和美さん、いくら何でも広すぎないかしら。わたし1ルームくらいの部屋を想像してたんだけど」

「空き部屋が沢山有るんで問題無いっす。この建物が本格稼働するのは大分と先なんで」


 本格稼働するような日が来るのだろうか、このまま何事も無く平穏無事に、ダンジョンが攻略されていく事を願うばかりだ。しばらくしてから涼子と美智子がやって来た、浩介も連れて来ている、預け先が無かったのだろう。


「本当にこんな立派な部屋を借りられるのですか」


 美智子はかなり心配しているようだ、格安で貸して貰えると聞いて居たのが、まさかこんな一等地の立派な部屋だとは思って居なかったのだろう。


「心配なら社長に直接聞いて確認して欲しいっす」


 盆休みなのに、態々私と涼子の為に顔を出したと言う体の、社長役がやって来た。


「聡志君と涼子さんは我が県民の誇りですから、是非私どもの部屋を提供したいと言う事です。こう見えて私も学生時代にはそれなりにならした物なのですよ」


 社長役は大濠だった、わざわざSDTFの統括本部長が私と涼子の為にやって来た事には驚いた、てっきり藤倉か佐伯が来る物だとばかり考えて居たのだが。

 大濠も学生時代には剣道をやっていたようで、全日本選手権への出場経験も有るような話をしていた。


「お家賃の方は・・・」

「そうですね、全くゼロと言うのも親御さんとしては心配ですな。ではこうしませんか、休みの日に我社の仕事をお手伝い頂くと言う事で、家賃の代わりとしましょう」


 既に十分手伝って居ると思うのだが、これ以上私達に何をさせるつもりなのだろうか。


「アルバイトのような事ですか」

「まだここが本格稼働するに至っていませんでので、掃除や荷物運びをお手伝いしていただこうかと考えて居ります。勿論部活や学業の邪魔にならない程度で構いません」

「そう云う事でしたら是非お願いしたいです、良いわよね涼子」


 涼子は殊勝にも首を縦に振って頷いて見せた。


「聡志もそれで良いかしら」

「勿論森下さんのお手伝いをさせてもらいますよ」


 話はまとまったと大濠は一足先に席を立って帰って行った。


「貫禄の有る社長さんだったわね」

「うちの社長警察を退官したキャリアで天下りなんすよ、ああ見えて剣道6段の猛者っすよ」

「そう、警察の人だったのね、それじゃあ安心ね」


 元警察官だと知って母も、美智子も安心したようだ、更にここで寝泊まりしている社員も元警察官が何人も居ると言う情報を聞いて、やっと私と涼子がここで下宿する事に同意してくれた。



 母達は先に帰って貰って、私と涼子はこの建物に残った、早速森下の手伝いをお願いされた形だが、実際には設備の説明が行われて居る。


「食事は24時間この食堂で食べられるっすよ、でも時間が合えば私が作っても良いっす」

「料理されてる方もSDTFのスタッフなんですか」

「工作隊が飛んで帰って来るっすから、秘密保持の為にSDTFの職員が作ってますよ。私もどちらかと言えばこっちの仕事の方が良かったっすね」


 攻略隊の宿舎は都内に有るらしい、詳しい場所は教えて貰えなかったが、皇居近くと国会近くに分散して存在しているようだ。


「地下のプールはいつでも使えるっす、大浴場は掃除の関係で昼の13時から14時までは使用禁止っす。地下で駅に繋がってるんで通学に電車を使えたらもっと楽だったすね」


 付属までは駅からバスが出ている、20分程で到着出来るようなので苦にはならない、帰りは飛べば良いし、行きも何処かの建物を購入して支店化してもらっても良い。親の目を心配する必要が無くなったので、その辺りは自由に出来そうだ。


「涼子この携帯使ってよ」


 叔父が契約してくれた携帯電話を涼子手渡し、私の番号も伝える、当然そばに居る森下にも番号が伝わる事になった。


「リュウ君お金どうしたら良い」

「いいよそのくらい払っておくから」

「中学生で携帯電話って早く無いっすか、私なんて今だにポケベルっすよ」

「SDTFから携帯支給されないですか」

「仕事用のは有るっすけど、プライベート用も欲しいじゃ無いっすか」


 億単位で金が有るくせにまだ、貧乏性が抜けないようだ、携帯なんて月に数万も有れば借りられるのに。金と言えばミスリルの売却代金をどうしようか、涼子と森下の2人に先に分配しても良いが、6人揃ってから分けた方が良いか。

 小田切はしばらく学校から動けそうに無いらしいし、盆休みが終わった後に札幌のビルに飛べば良いか、帰りは仕方ない勇者の転移で帰してやるか。


「和美さん、ここって何人くらいが使ってるの」

「40人くらいっすね、既婚者は別の官舎なんで、当直や夜勤も有るんで殆ど部屋には居ないっすけどね」


 設備の案内が終わって食堂で軽く食事を出して貰った、定番のメニューは一通り揃っていた、可もなく不可も無いと言う味だったが無料でこの味なら不満は無いかな。


「和美さん、部屋で料理しても良いの」

「それは大丈夫っすよ、涼子ちゃんの手料理で聡志君の胃袋を捕まえちゃう作戦っすね」

「それも勿論だけど、学校が始まったらお弁当も必要でしょ」  


 私立の学校だし学食くらいは有るのでは無かろうか、受験の時にその辺りの話は聞いてないな、改めて入学案内が有るような話をしていた気がする。


「弁当っすか青春っすねー、女子校育ちの私には縁遠い話っす」


 食器類を返却棚に帰してから、森下の車で送って貰った。涼子は鎌倉に行くと言うので官舎で別れた、このまま電車に乗って祖父母の家に行くらしい。



「森下さんあの後、野田さんや英美里さんと連絡を取ったりしましたか」


 車中で野田達の話を振ってみた。


「イッチャンとは連絡取ってますけど、梨乃っちとは連絡取ってないっすよ。だって梨乃っち電話が無かったですもん」


 そう言われて見るとあのビルに電話を引いた記憶が無い、元のアパートにも電話が無かったように思う、となると英美里と連絡を取らないとならんわけか。まだターミン先生との接触を果たして居ないから、しばらくは放置しておくのが吉だな。


「大濠さんが来たことには驚きましたよ」

「聡志君と涼子ちゃんに貸しを作りたかったんじゃ無いんすか、また無理な事を頼もうって言う算段っすねアレは」


 九州地区の冒険者のレベル上げか、それよりも私やコスモで一気にミスリル鉱脈を掘り起こせない物だろうか、鉱脈が枯れたならダンジョンを攻略してしまっても良い筈だ。


「森下さん北九州ダンジョンの事って何か耳にしてますか」

「知らないっすよ、2班の隊員とは帰って来てから誰とも会って無いっすもん」


 ミスリル掘削で帰ってくる暇も無いのだろうか、ダンジョンに入ってしまえば時間経過を気にする必要は無いが、体力気力は削られるから向こうで休んだ方が良いのかも知れないな。

 飛んで帰れると言え、その為には多少の魔力は消費するからな。


「森下さんレベル上げとミスリル堀に行くのどっちが良いですか」

「ミスリルでお願いします」

 

 そりゃあそうだよなと納得して、会話を終えた。




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