第93話「北海道合宿7」

 一日休みが有ったが次の日からも合宿は続いていく、今日は懸念していた雨の中での訓練、雨の所為で滑りやすくなった日本刀を握っての試し切り。

 幸いこの天気の中で、約束稽古をするほど十和子も常識の無い鬼では無かったらしい。


「古来日本では斬鉄と言う技がありました、当然私どもが修める此花咲弥流にも斬鉄の技が有ります。残念ながら既に失伝していますが、皆様なら必ず再現出来ると信じて居りますので、本日は10ミリの鉄筋を切れるまで試し切りを行います」


 この刀で鉄を切るの?数百万するこの刀で?購入したのは十和子だし今更金に執着するような事も無いが、本気でそんな事をやるのか。

 私や涼子はまだ良いとしたって森下が握るのはナイフと変わらない短刀だ、こんな物で鉄が切れるとはとても思えないのだが。

森下と涼子は十和子の言葉にウンウンと感心していた、疑問に思うのは私だけだったようだ。


「この刀でやるんですか」

「はい、流石に数を揃える事は難しかったので、予備の刀は有りません。折れるか曲がるかしたらそこまでです」


 一発勝負かよ、雨の中体力と気力が奪われて行く、そうそうに試した方が成功率は上がるのでは無いだろうか。私がどうするか躊躇している間に、涼子は刀を腰に据え静かに抜き放つと、セットされていた鉄筋を音もなく真っ二つに切断していた。


「十和子師範失敗しちゃいました」

「見事に切れて居るように思いますが、何が駄目だったんでしょうか」

「刃に傷が入っちゃいました」


 何処に傷が有るのかと、刀身を見せてもらうと僅かに傷が目に入る、鉄を切るのに傷一つ付けちゃ駄目った事なのか。


「どうやったの?」

「リュウ君も出来るよきっと、やってみたら解るから」


 涼子に勧められて私も、涼子を真似て刀を抜き上段から切り下ろして見た。確かに鉄筋を切断する事は出来た、しかし刃には目に見える傷が残った、磨けば無くなると十和子が言っていたが明らかに涼子との差が有る。


「私もやってみるっす」


 流石に短刀では無理だろうと森下の様子を凝視していたら、森下はその場で一回転し、短刀を振り回して鉄筋を切断してしまった。こんな技絶対に此花咲弥流に無いんだろうなと思いながら、知らぬ間に拍手をしていた。


「お三方共に此花咲弥流を極めたと太鼓判を押せます、皆伝の印加を差し上げますね」


 真夏だと言うのに雨に濡れて寒い、早々に訓練は切り上げ、午後からの剣道指南に備える事になった。




「英美里先輩の事ですか、聡志君に教えるのは構わないんですが、会わないと約束してくれますか」

「約束は出来ませんけど、会うと駄目な人なんですか」


 私はシャワーだけで済ませたのだが、涼子と森下は母達と一緒に温泉へ行ってしまった、残っていたのが私と父それに病み上がりの野田の3人きりで、父は一人ゴルフの打ちっぱなしに行って野田と二人で話している最中だ。


「中学生は会わない方が良いタイプの大人です」

「例えばどんな風にですか」

「失恋で落ち込んでる級友を、テロリスト予備軍に引き入れる程度にはクソです、それで居て絶世の美女なんで更に質が悪いんですよ。4年連続ミス北大に選ばれて永世クイーンの称号も貰ってましたし」


 ミスコン全盛時代か、銀行員って言っていた筈だが、アナウンサーかモデルにでも成れば良いのに。


「具体的に何か破壊工作なんてしてないんですよね」

「小田切先輩と2人で文部省襲撃の段取りを組んでましたよ、小田切先輩、聡志君達に会ってだいぶ洗脳は解けて来たようなので、もうやらないとは思いますけど。天使ちゃんが止めなかったら本気でやってましたよアレは」


 仮称中町が止めに入れたと言う事は、彼女は2人に対して影響力を発揮出来る存在なのかも知れない。


「その英美里さんを止められるって事は、中町さんには特別な力が有るって事でしょうか」

「天使ちゃんの人徳です。もちろんそれだけでは無くて、2人が2年生の時にかなり危ない事をしでかしたそうなんです。私は当時新入生でアルバイトしかしてなかったので、詳しい話は知らないですが、警察のお世話になりそうな所を助けたのが天使ちゃんで、その時に天使ちゃんの事を中町町子のようだと英美里先輩が言い出したって聞いてます」


 中町町子の名付け親は英美里だったようだ、その英美里にしても何かモデルにした名前が有るらしい。


「北銀にお勤めなんですよね」

「政府を転覆させる為に、資金を政府とズブズブの銀行から調達するとか言ってましたね」


その銀行も、ズブズブの政府から切られて破綻する訳なのだが。


「学生運動とも関係が有るんですかね」

「そう云う連中ともツルんでましたよ、私達とダンジョンに潜るようになってからは、関係が希薄になった見たいですけど。何の理由が有るのかは知りませんが、私達の中で1番ダンジョン攻略に積極的なのが、英美里先輩です」


 冒険者の力が有れば犯罪なんて一見やりたい放題だが、公安や、公安に依頼されたSDTFによって暗殺されるまで有るからお勧めは出来ない。


「札幌に拠点が作れないって事は、その英美里さんも資金力は無いって事なんですよね」

「実家は秋田で大きな農家をしているって聞きました。学費や生活費は親が出してたみたいですけど、札幌市内に土地と建物を用意するほどの親バカじゃないみたいですね」


普通の家庭に生まれて、公立高校、国立大学と進んで何故テロリスト予備軍となったのか、理解が追いつかない。


「英美里先輩はどうしてそんなに政府を恨んでいるんですかね」

「大切な人を殺されたとか言ってましたけど、あれは妄言でしょう、そんな訳が無いですもん」


 殺されたとかちょっと話が大げさに成ってきた、公安が中町町子をマークしていたのは事実だ、何かが有った事は間違い無い、会いたくは無いが淡路の話を聞く必要がありそうだ。


「下級生3人組はどんな感じなんですか」

「あの子達は英美里先輩に脅されて仲間に成っただけなので、先輩2人に比べると普通ですよ。ただ英美里先輩に弱みを握られるような人間なんで、ロクでも無い外道には違い有りません」


 普通のロクでなすでしたか、野田の言葉だけで判断するのは辞めて置いた方が良いか、野田の人物評も大分偏っている気がしてきた。


「夏休みの間にダンジョンに入る計画って有るんですかね」

「1週間後の土曜に入る予定をしてますよ、英美里先輩の休みが土日しか取れないので、土曜の午後から中級ダンジョンに挑むつもりです」

「英美里先輩とは目を合わせないようにしますので、人数制限が大丈夫なようなら、私達も連れてって貰えませんか」


 会って話してみるのも一興だろう、彼女達のおかげで俺はやり直し前生きながらえて居たのかも知れないしな。


「天使ちゃんは来ませんけど本当に良いんですか」

「はい」

「一応英美里先輩には確認を取って置きますけど、私は聡志君があんなクソと会わない方が良いと言った事、覚えて置いてくださいね」

「もちろんです」


 涼子達が帰って来たので私は打ちっぱなしの方に顔を出した、父はベンチに座ってビールを飲んでいたので、代わりに私がボックスに入って球を打った。


「聡志ゴルフの経験なんか有ったかな」

「真似事くらいはね」

「300ヤードを越えて無いか」

「父さんはどのくらい飛ぶの?」

「上手く行って200ヤードかな」


平均くらいかな、やり直し前の私もその程度の飛距離だったように思う、今の私はかなり力を抑えても軽く300ヤードを越えるようだが。


「聡志に負けたら自信を無くしそうだよ」

「一応週3日、剣道の道場に通っているんだけど」

「それもそうだったね、しかも全国大会優勝の猛者だった、飛距離は駄目でも寄せとパターで挽回するしかないか」


 30分の間に100球程打ってみた、平均すると300ヤード程で、父の視線が外れたスキを見計らって、少し強めに打球を飛ばしたら、ネットを越えて明後日の方向に打球が飛んでいった。

 軽めに打って行った方が良さそうだ。



午後からの剣道指南には小田切も参加して練習を行う、涼子が小田切の相手をして、私は美奈子の指導兼模擬戦の相手を務めた。

 森下はニヤニヤしながら師範と一緒に小田切の試合を観察している。


「大分良く成ってきましたね」

「私自信を無くしそうです、小田切先生と涼子さんの模擬戦を見ていると」

「あの2人は例外中の例外ですから気にしないで下さい。先ずは新人戦のレギュラー入を目指しましょう」

「そうですね、そうでした。ではよろしくお願いします」


 夕方まで美奈子の相手をして、美奈子の体力が尽きた所でお開きとなった。


「土曜のダンジョン討伐に着いて来たいんですってね」

「野田さんからお聞きに成りましたか」

「危ないわよ」


 危ないのはホームに帰れないチーム中町の方だろう、大通り公園近くに土地と建物を確保してやった方が良いか、予算は掛かるだろうけどコンシェルジュに連絡を入れてみるか。


「危険は承知の上です」

「そうじゃ無くてね、英美里の事よ」

「先生から見ても危ない人なんですか」

「離れて見て判ったんだけど、英美里はやっぱりおかしい物、緒方君や川上さん達と出会って、私ようやく自分が間違えてるかもって思えるようになったの」


 小田切でさえも英美里を危険人物だと判断しているのか、そこまで言われると会いたく無く成ってくるな。


「国会議事堂に魔物の群れを突っ込ますって駄目だと判ったの」

「それは絶対に辞めて下さい、先生何を考えて居るんですか」


 魔物使いの小田切なら可能なのかも知れないし、証拠なんて絶対に出ないし、表に出せる訳も無いが。確実に小田切は公安かSDTFに暗殺される事だろう、その依頼がこちらに回されたら目も当てられない。


「そうよねやるんだったら、警察署よね」


 駄目だまだ洗脳が溶け切って居ない。


「標的は誰なんですか」


 聞きたくは無いが聞いて置いた方が良いだろう、森下も言っていたが知り合いだと言う可能性も有る。


「正義よ」

「正義への挑戦なんですか」


 中2病炸裂か。


「弘岡正義、それが諸悪の根源よ」


 めちゃくちゃ知り合いだった、寄りにも寄って遊馬の後輩かよ、知らないフリをつきとおすしか無いな、弘岡に有ったらそれとなく警告しておくか。


「先生美人なんだし新しい人探した方が良いじゃない」

「川上さん、私をからかっちゃ駄目よ。それとも川上さんが誰か紹介でもしてくれるのかしら」

「肥後さんとか?」

「剣人さんは私の物なので駄目っす」

「ああこのあいだ十和子さん所の道場でお会いした」

 

 話が肥後に向かって行ったから、私は静かに後ずさってその場から姿を消した、



 翌日の北海道合宿6日目、昨日の雨が嘘のように晴れて居る、まだ7時を少し過ぎた所だと言うのに既に熱い。

 カラッとした晴れ間が北海道の特徴なのに今日はじっとりと湿度が高い、濡れた地面から陽炎が上がっているのが見えた。


「本日は趣を変えて、精神統一を行います」


 滝行でもするのだろうか、熱いから丁度良い。


「美奈子も呼んで、道場で座禅を組みます」


 座っているだけなのに汗が滝の用に流れて居る、道場は現在締め切られて居る、断熱性能が高い北海道の建物とは言え、締め切っていれば熱く成るのは当然だ。

 涼子も森下も何も言わずに座り続けている、冷房とは言わないせめて窓くらいは開けさせて欲しい物だ。


「美奈子集中しなさい」

「はいすみません師範」


 脱水症状にならないかが心配なので、適時に『鑑定』を行いそれぞれの状態を確認している。


「聡志さん雑念は捨てて下さい、何も考えずただ無心で」


 そうか魔法を使えば涼しくなるな、いやしかし一人だけそんな快適に座っている事に意味があるのだろうか。

 そもそも座禅を組む事に何の意味が、駄目だ思考がどんどんおかしな方へ向かっていく、自問自答を知らず識らずに行っていると言うことは、精神修養の効果は有ると言うことか。


「休憩にしましょう、みなさん水分は十分に取って下さい」


 十和子が的確に休みの指示を与えて居た、若干美奈子が脱水気味に成っていたのだが、どうやって読み取ったのだろうか。

 親子だから判ったと言う事は無い筈だ、十和子には人智を越えた能力が備わって居るのかも知れない。


「リュウ君美奈子さんを扇いで」


 タオルを渡され扇ぐように言われたので、若干温度を下げた風を送って見た。


「気持ち良いです」


 涼子からスポーツドリンクを渡され少しずつ飲み込んでいく、口元がエロいなと精神修養の効果が無いような事を思い絵楽いてしまった。


「ありがとう御座います、もう十分です、聡志君も涼子さんも休んで下さい」


 美奈子事は森下に任せて私と涼子はトイレに行く為移動した、廊下で小田切が野田と少し揉めている風だったので仲裁に向かった。


「聡志君土曜日の許可が出ましたよ、英美里先輩も聡志君達に興味を持ってしまったようです」

「今から断っても良いのよ、合宿の都合で駄目になったとか、色々理由は着けられるでしょ」


 私達の事で揉めさせてしまったよで申し訳ない、小田切がこんなに私達の事を思ってくれるとは思わなかったな。


「大丈夫です、取って食われる訳じゃ無いですよね」

「「・・・」」



 えっ取って食われる感じなのかよ。


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