第94話「北海道合宿8」

 しばらくは十和子の地獄の特訓が続いた、一度夜に父とゴルフのラウンドを回って、私は70台のスコアを初めてだした、これで私もシングルプレイヤーだと素直に喜んだ。

 父は100を切るかどうかと言うスコアだったが、私のスコアを見てプロを目指さないかと興奮していたが、もちろん興味は無いしょせんはレベルの力に依存しているに過ぎない。


金曜日、午前中特訓をしていたが午後からの剣道指南は休みと成った。

 オーバーペースだったのだろう、美奈子の体調が少し崩れみんなで札幌観光にで掛ける事にしたのだ。


「お兄ちゃん美味しいラーメン屋さんに連れてってね」

「小田切先生か、野田さんに聞いた方が良いよ、私はそんなに沢山の店を知らないから」


 結局野田は自分のアパートに帰らず小田切と一緒にコテージに入り浸っていた、その間に色々話をして彼女達の事は少し判った気になっていた。


「任せて、私こう見えてもラーメンの食べ歩きには自信が有るから」


 小田切が胸を張って自慢しているが、女性がラーメンの食べ歩きをするのはどうかと思う。


「先生すごい」


 紀子が小田切の胸に指を刺して褒め称えている、小田切はウンウンと頷き、運転手の森下にラーメン屋の場所を伝えて居た。


「お母さん達大丈夫かな」

「十和子師範も一緒だし大丈夫だよきっと」


 保護者グループとは別々に行動している、こちらの保護者は森下と小田切が買って出ている、体調が優れないと言いつつ、美奈子も同行しているから精神的な疲労なのかも知れない。


「ラーメンを食べた後どうするの?」

「時計台とイチョウ並木見物かな、時間が空いたら市場でも回ろうか」

「賛成ーーーー」


 1番張り切っていたのは、あずみのようだ、私達の居なかった間チビ達の面倒を見ていてくれた見たいなので、今回あすみの行きたい場所に行けば良いと思う。


夕方まで遊び歩いて夕飯は全員合流して、ジンギスカンの店へと移動し、小田切が予約してくれていたので、すんなりと店の中の個室に入れた。


「このお肉羊なの?」

「それは豚肉ね、羊はこっち」

「ジンギスカンに豚肉なんて有るんですか」

「何かおかしい?」

「いえ大丈夫です、豚肉も美味しいですね」


 羊より癖は無くて豚肉も旨い、ジンギスカンは羊肉だけと言うのは固定観念だったのだろうか。


 10時頃まで飯を食べて解散と言うことになったが、そろそろ野田がアパートに帰ると言う事で、私と涼子それに森下が送っていくと言う事にし再び別行動を行う。


「先輩私まだまだあのコテージに居たかったのに、もうお終いですか」

「私も明日、英美里達とダンジョンに入った後に千葉に帰らなくちゃならないの、学校の休みは交代制でね。若手はお盆の間学校に居なくちゃならない宿命なのよ」 


 小田切は明日の夕方の便で千葉に帰る、私が小田切達に着いてきたのは目的が有る為だった。


「珈琲でも飲みに行きませんか」

「この時間から?」

「駄目ですか、話しておきたい事が有るんですが」

「こっちで夜中までやってる所あったかな」


 まだ夜中と言うには早い時間だが、確かに人通りは急激に減って居た。


「雪森珈琲ならやってますよ」

「じゃあ森下さん、大通り公園に向かって貰えますか」


 野田が提案した喫茶店を小田切も知っていたようで、道案内してくれた、店の中には3組程人が居るだけだったから直ぐに席まで案内してくれた。


「それで話って何なのかな緒方君」

「拠点に出来るビルを見つけたんで、チーム中町で使って下さい」

「どういう事?」


 疑問に思うのは当然だろう、なんせ私はただの中学生だからな。


「言葉通りの意味です、幸い大通り公園の近くに確保出来ましたので、ダンジョンに潜るのにも便利ですよ」

「確保したってお金はどうしたの」

「私達はSDTFから報酬を貰って居ますので、お金ならそれなりに持っているんですよ」


 実際には株で荒稼ぎした金だし、手続きをすっ飛ばして権利書を手に入れられたのはレギオンカードのお陰だ。


「それっていくらしたの」

「金額なんてどうでも良いじゃ無いですか、でもそんなに高い物件じゃ無いんです。再建築不可物件でご存知ですか?」

「聞いた事無いけど」


 再建築不可物件は、公道に接続してないとか、公共下水に繋げられないとか、電気水が通せないような物件で、建築確認申請が通らない土地の物件の事を言う。

 田舎じゃ殆ど無いが、都心だとこういう物件がたまに有る、今回手に入れた物件は札幌市内で珍しく再建築が完全に出来ない建物で、既に入居者も居ないビルだった。


「建て替え出来ないんで安いって事です、建物は大正9年に建てられた3階建ての物件で、現在3階は完全に立ち入り禁止状態です。階段が途中で崩れて居るそうなので」


 私が市役所に務めて居た時にも、こんなに老朽化したビルは見たことが無い、地震の多い関東では、このように老朽化したビルは早々に壊れてしまうからなのだろうか。


「それ中に入って大丈夫なの」

「そのままじゃ駄目でしょうね、でも野田さんならどうにか出来ると思いますよ」 


 拠点化した建物の強度はお墨付きで、普通に建てた物件とは比較にならない、その上で奴らの侵入も防げると言うのだからこれ以上に安全な場所は無いだろう。


「もう少し時間を潰してから案内します、人通りがある時間に建物の外観が変わるのは流石に誤魔化せませんから」


 珈琲1杯で2時間粘って、深夜0時を越えてからオンボロビルへと移動した。


「コレ本当に大丈夫なの?」

「大丈夫な筈ですけど・・・」


 絶対に中に入っちゃ駄目だろって言う幽霊ビルが目の前に存在した、外壁はレンガだ、レンガ風とかじゃ無くて本物のレンガ積み、その積まれたレンガの大半は割れて居る。

 ビルの外から中が透けて見えるんじゃないかと言う程の穴が何箇所も有る、窓ガラスには目張りがしてあるし、黒ずんでいるのはカビでは無いだろうか。

 入り口には立ち入り禁止の看板が建っていて、その封印を越えて中に入っていく勇気は無かった。


「野田さんやっちゃって下さい」


・・・


「大丈夫ですか」


・・・


「失敗したって良いですから、思い切ってやっちゃって下さい」

「どうなっても知りませんからね。やっちゃいますよ『ホーム』」


 コスモが鎌倉を拠点にした時も見ていたが、今回の変化はそれどころでは無かった、全ての窓ガラスは傷一つ無い新品だし、外壁のレンガも割れや欠けが一つも無くなっていた。

 内装も恐らく他の拠点や支店と同じ用に木造で所々大理石が使われて居る事だろう。


「スキルってすごいのね」

「聡志君これ大丈夫っすかね」

「どうですかね、でも明日になったら不審に思われる事は確定事項でしょうね」


 外見の雰囲気は元のレンガ調には代わり無い、しかし誰がどう見たって新築にしか見えないだろう。


「野田さん鍵はどうですか」

「鍵ですか・・・ああ3本『収納』されてますね、一本は大家の聡志君に渡さないと駄目ですよね」


 大家と言えば大家か、この後固定資産税は私が払って行かなければならないのだし。手渡された鍵を一本持って玄関の方に移動し、試しに鍵を掛けてから涼子達の元に戻った。


「外見変わらないね」

「そうだね、流石に穴だらけの外見に偽装するのは無理だったか」


 鎌倉の拠点のように元の姿に偽装することは出来なかったようだ、それじゃあと内装を調べに中に入る事にした。


「電気が有るのね」

「水道と水は契約していた見たいです、下水は接続されて無かった筈なんですけど、何をどうやったか勝手に接続しちゃってるみたいですね」


 トイレの水を流したらちゃんと流れていって、そのくせ外部の側溝には水が出ている様子は無い、台所も大浴場も同じことで、どうやら近くに有る本管に直接接続してしまったらしい。


「伊知子先生、こっちこっち、ここが図書館だよ」


 この拠点にも図書室が有った、小田切と一緒に移動すると、やはりこの拠点にも生活魔法の事が書かれた魔法書が存在していた。


「先生この本です、これで探さなくてすみました」


 私がほっとして小田切に魔法書を手渡した。


「この本を緒方君は読んだの?」

「そうですけど、やっぱり読めませんよね、私には賢者のスキル『言語の加護』が有るので読めるんですよ」

「そんなスキルまで持っていたのね、磯村先生が緒方君には言語のセンスが有るって仰ってたけど、そう云う事か」


 言語のセンスが有るのか、中学英語だから簡単なのかと考えて居た、市役所では日系ブラジル人とのコミニュケーションを図る為、片言のポルトガル語を学ばされたが、今だともう少し流暢に話せる様になっているのだろうか。


「聡志君聡志君、ここに住んでも良いですか」

「好きに使って貰っても構いませんけど、騒音なんかで警察沙汰は辞めて下さいね」

「そんな事しませんよ、それで家賃はいくら払えば良いですか」

「じゃあ管理人って事で無料で構いませんよ、余ってる部屋を貸すのは辞めて下さいね、法律が絡んで来ますから」


 借家借地法だったかな、住居の貸し借りには難しい法律が作用してた筈だ、貸したら最後出ていって貰うのには様々な障害が有った筈だ。


「後輩達なら大丈夫ですか」

「後輩ってチーム中町の後輩さん達ですか」

「そんな感じです」

「それは大丈夫ですよ」


 腐れ外道と野田は一緒に暮らして行けるのだろうか、その辺りの事はどうでも良いか、俺には直接関係無いし。


「緒方君、そんな甘い顔してると骨の髄までしゃぶられるわよ」

「それは別に構いませんよ、野田さんはもう友人だと思って居ますから。それで野田さん商会の設立って出来た感じですか」


 ウルウルとした目で野田が私を見ている、あまり心にもない調子の良いこと言っちゃだめだと、反省した。


「多分大丈夫だと思います」


 私も商人って訳じゃないから、その辺りの事は良く解らない、コスモ商会と呼んでは居るがそれが正式名称とも限らないしな。


「先輩、野田商会と梨乃商会どっちが良いですか」

「どっちでも同じような物でしょ、あなたの好きにしなさい」

「じゃあ野田商会で、先輩を平の商会員で登録しました。ちょっと何処からか『リターン』って叫んできて貰えますか、出来ればコンビニで何かを買ってきてくれると嬉しいです」


 平なのか、幹部枠が有ったように思うのだが。


「ビールとツマミで良いわね」

「明日の朝食系でお願いします」

「判ったわよ」


 小田切が財布一つだけ握りしめ、外に出て行った。


「聡志君は同盟商店って事でお願いします」

「小田切先生を同盟員にしなくて良いんですか」

「資金力がないので落選です、涼子さんと和美さんもお願いしたいです」

「良いっすよ」

「私はリュウ君が入るなら良いけど」


 二重に商会に加盟していても問題無いようなので、同盟商店として加入した、これで私達3人はこの先野田が作る支店を無制限で利用出来ると言う事になった。


「私が逆に聡志君の所の商人さんと同盟組んだら、東京や千葉へも行けるって事ですよね」

「多分小田切先生達と縁を切らないと無理だと思います、移動先に政府機関がガッツリ組み込まれて居ますので」


 国会とか御所とか、テロリスト予備軍の小田切と英美里の2人と、繋がったままででは公安が24時間体勢で張り付かれる事になるだろう。


「それは残念です、私達だと支店を作るのに大分と時間が掛かりそうですから」


 その辺りの事は私がバックアップしても良いし、SDTFに場所を用意してもらっても良い、彼らも中町グループの事は監視下に置きたいだろうからな。


「本当に一瞬で到着したわね」


 コンビニの袋を大量に持った小田切が帰って来た、これで中町グループもより安全にダンジョンに潜る事が出来るようになった。

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