第92話「北海道合宿6」

「例えばだけど、5gとか10gとかでも買い取って貰えるのかな」

「SDTFに持ち込めば大丈夫だと思いますよ」


 森下と涼子と小田切は野田の着替えを買いに出ている、毒が消えたと言えどまだ本調子では無い野田は留守番で、私は付添と言う形だ万が一具合が悪くなっても私なら対処出来る。


「そんなに金欠なんですか」

「私親が居ないんですよ、居ないって言っても死んでる訳じゃ無くて、両親共に子供を置いて出ていったんだすよ。私と弟と妹は祖父母に育てられて居て、私を育ててくれて居たおじいちゃんが死んで、年金が半分に成って、おばあちゃん一人の力じゃ弟達の生活費まで手が回らないんです」


 重いな、話が重い、もっとホストに突っ込んだとか、2次元にのめり込んだとかそう云う軽い話にして置いてほしかった。


「それで仕送りを送ってる感じですか」

「私の貰ってる奨学金が月に15万、その内の10万円を仕送りにして、残りの5万円は学費と教材費と家賃です」


 90年くらいだと授業料は月3万ちょっとか、それに教材費と施設利用料が必要だから、恐らく5万じゃ足りない。生活費は丸々無いし、バイトをやらないと生きては行けなそうだ。

 高卒で働けば良いとはとても言えない、この頃まだ高卒の初任給は手取りで10万を切る時代だ、実家に10万を入れる事は不可能だったろう。


「それって働きだしたら途端に家計が崩壊しませんか」

「今年弟が来年には妹が高校を卒業するんで、仕送りの額は減らせられるんですよ、そうじゃなきゃこんな事やってられませんから」


 2人が高校を卒業しても、仕送りは必要だと言う所が、もう破綻間近に思える。

 奨学金の返済が始まるのは働き始めてすぐだったか1年後だったか、私には縁の薄い話なので覚えちゃ居ない。


「端の方削っちゃいますか」

「それはやぱっり人として駄目ですよね、私あの子には返しきれない恩が有るんです。あのクソみたいな先輩達と腐れ外道の後輩たちなんて、どうでも良いんですが・・・中町さんは天使ちゃんなんです」


 うん・・・マジ天使ちゃん?


「私が1年生の頃、パンの耳を買うお金も無くなって、水だけで生活していた時にご飯を恵んでくれたのが天使ちゃんなんです。だから私は天使ちゃんの事だけは絶対に裏切れないんです」


 本当の空腹時に食事を与えてくれた人の事は忘れられない、本当の空腹を経験した事の無い人間にはそれが解る訳が無い。


「他にダンジョンで見つけた物は無いですか、SDTFじゃ無くて私が買い取っても良いですよ」

「これくらいの物しか無いですけど」

「首飾りですか」

「はい、私が一人で下級ダンジョンを潜った時に見つけた物なんです、貴金属店に持っていったらよく解らないって買取を断られて」


 下級ダンジョンから出てきた物ならあまり期待は出来ない、しかし一人でダンジョンに潜るなんて自殺願望でも有るのだろうか、切羽つまってダンジョンを頼ろうとしたのかも知れないが無謀過ぎる。


「金やプラチナじゃ無いって事なんですね」


 見た目には薄い金、メッキか真鍮を磨いたように見えるが、素人判断では解らない、『鑑定』するのが手っ取り早いと『鑑定』を掛けて見た。


「龍の首飾り!!」


 何でこんな物が札幌の下級ダンジョンで出てくるんだ、こういう物はもっと難易度の高いダンジョンのボスが持っていて然るべき物では無いのだろうか。


「鑑定するとそんな風に出ますが有名な物なんですか、装備の効果とか無さそうなんですけど」

「これって装備品として売れなかったんですか?」


 確認の為一応聞いてみた。


「売ろうとしたんですが、買取不可だったんです」


 それはそうだろう、こんなキーアイテムが売れてしまったら、クソゲーどころの話じゃない。詰むのはゲームじゃなくて人類だが。


「もちろん買取はさせて貰いますけど、値段の付け方が判りません。私経由でSDTFに売るって事にしません?」

「私自身はSDTFの犬でも手下でもなんでも良いんですけど、それって緒方君の迷惑にはならないですか」


 最終目的の新宿ダンジョンに入る為にはこの、龍の首飾りが必要だ、一本だけとは限らないが、早いうちに確保しておいた方が良いだろう。


「迷惑だなんて、そうだ、今近々にお金が必要なんですよね、手付にいくらか支払わせて貰いますよ。500万も有ったら急場はしのげますか」


 しばらく生活が出来る費用は渡しておこう、この野田と言う大学生、森下とは別種類のヤバイ臭いがする。


「500万だなんて中学生からは貰えませんよ」

「こんなのあぶく銭なんで大丈夫ですよ、この首輪がSDTFに売れたら少しくらいはマージンを貰いますから」


 受け取れないと言いつつ、視線は札束に釘付けになっている。


「そんな・・・本当に良いんですか」

「はいどうぞ受け取って下さい」


 遠慮する素振りを見せて居たが、最終的には500万を胸に抱いていた、現金500万で変わる貧乏暮らし、一瞬でこの金を溶かすようならどれだけの金を手にしても変わらない事だろう。


「まずいです、こんな大金家に置いておけません」


 この臭い家の中じゃ、もっと少額だって仕舞って置きたくないが。


「銀行に預けるなりなんなりしたら良いんじゃないですか」

「銀行なんて信用出来ません」


 野田の中では銀行の信用度は低いらしい、確かに北銀に預ける事は私も嫌だが。


「持ち歩けば良いんじゃないですか」

「そんな事して擦られたらどうするんですか」


 折角貰ったスキルを有効活用すればいいのに、部屋の中の荷物も片付けて居ないと言うことは、その発想自体が無かったんだろう。


「じゃあ『収納』して置いたら良いんじゃないですかね」

「聡志君は天才ですか」


 名字呼びから名前呼びに変わっている、露骨すぎてちょっと怖い。


「ついでにもう一つ提案ですが、部屋の中に有る使わない物も『収納』しておけば部屋を広く使えますよ。食べ物なんかは腐らないので安い時に買い置きしておくとか」


 賞味期限間近の投げ売り商品でも、旬で安くなった素材でも、『収納』さえしておけば節約出来る事に違いは無い。


「聡志君の事、先生って呼ばせて下さい」


 女子大生に先生呼びされるのなんて辞めて頂きたいので、丁寧に辞退を申し上げた。野田と話しているうちに涼子達が帰って来た、その瞬間テーブルに置かれて居た札場は一瞬で『収納』され、何事も無かったかのように野田はおかえりなさいと出迎えて居た。


「緒方君、少し席を外して貰えるかな」

「じゃあ北大の中でも見学してきます」

「そう、北大の入り口に私のパペットが居るけど、気にしないで良いから」


 パペットが何なのか聞きたい所だったが、野田が着替えだそうとしていたので慌てて外に出た。

アパートから北大の南門へは直ぐの場所に有ったが、ここでも西門と同じ用に入り口前に不良共がタムロしていた、半年経過したまり場が変わったのだろうか。シンナーなんかは吸っていないが、かなり目が虚ろに成っているように思えた。


 不良の脇を抜け目的地のダンジョン後へと移動する、まだ瓦礫は残ったままで、誰も『収納』しては居なかったらしいので、私が『収納』しておいた。

現れた石碑にはやはり、北海道・東北地区のダンジョンの位置が記載されていた。数はかなり少なく、北海道の3箇所の他には、仙台市と郡山市それに青森市の3箇所に下級ダンジョンが有るだけのようだ。


 北大ダンジョンに石碑が無かったのに何故、チーム中町は中級と上級ダンジョンを見つける事が出来たのだろうか、大通公園の中級ダンジョンはまだ解る普段から目にする場所だ。

 しかしすすきのか、繁華街で飲み屋も有るから大学生ならコンパに使うか、私が北海道に逃げ込んできた頃には、ほぼ廃墟になっていたが。


既に10分以上経過している、野田の部屋に帰ってもラッキースケベな状況にはならないだろう。野田の部屋に戻って扉を一応ノックすると、涼子が扉を開けてくれたので部屋の中に入る。


「野田さん達お風呂に行っちゃったよ」

「どういう事?」

「野田さん3日間お風呂に入ってないって言う話になって、森下さんが銭湯に強制連行しちゃった」


そうか、臭かったのは部屋の中だけでは無く、野田自身の臭いだったか、どうりで部屋の中を掃除しても臭いが取れなかった訳だ。


「布団も汚そうだし捨てちゃおうか、新しいのを買ってくれば良いでしょ」

「そこまでしなくても良いじゃない、リュウ君の優しさを勘違いされても困るでしょ」


 勘違いするのか、少なくとも私は3日も風呂に入らないでも平気な人間と、お付き合いしたいとは思わないが。

 布団を捨てる事は諦めたが『クリーニング』の魔法で臭いだけは取り除いて置いた、予想外に魔力を持っていかれたので、どれだけ汚れて居たんだと寒気がしてきた。


森下達が帰ってきたはのはそれから2時間後だった、涼子と2人北海道まで遊びに来て、汚部屋で話をするだけの無駄な時間を過ごしたなと思った。


「遅くなってしまったっすね、これからどうしましょうか」


 ひとっ風呂浴びてスッキリした森下がこの後の予定を聞いてきた、もうだいぶ気疲れしたので、コテージに帰りたかったのだが。


「中級ダンジョン覗きに行こうよ、場所を登録しておきたいし」

「登録っすか?」


 『瞬間移動』の件はまだ話して居なかったか、最近全く使って居ないので忘れて仕舞っていた。


「場所を確認しておくのも良いかも知れませんね、中級だけじゃなくて上級の方も」

「緒方君、大通り公園は案内出来るけど、すすきのの方は駄目よ、英美里が居ないと中に入れないの」


 その英美里が何者か聞いてみたが、小田切の大学の同窓生だと言う以外の事は教えて貰えなかった。アパートから大通り公園までは5キロも無かったが、森下の運転で車で向かった、人通りの多い場所だったがダンジョンが存在していた場所は木々が生い茂っている場所で、目的も無くたどり着ける場所では無かった。


「どうやってこのダンジョンを見つけたんですか」

「野田が野草を探しにこの辺りをうろついて居て見つけたの、偶然と言えば偶然なんだけど、野田の日課だから見つかる事は必然だったと思うわ」


 私も大通り公園中級ダンジョンを登録出来たので、涼子も登録は完了したことだろう、中に入ってみたかったが病み上がりの野田が一緒なので辞めて置いた。


「すすきのの方は建物の中に有るんですか」

「そうなんだけど、さっきも言ったように私達だけでは絶対に無理よ」

「場所だけでも教えて貰えませんか」

「緒方君と川上さんに教えるのはちょっとね、後で森下さんにだけお店の場所と名前を教えるわね」


 私や涼子に教えられない場所と言うと、風俗関係の場所だろうな、そんな場所に出入り出来る英美里と言う人物の謎が深まった。


大通り公園を後にして、私達はジャンクな食べ物を買ってから、コテージへと帰りの途に就く。小田切はもちろん病み上がりの野田を一人には出来ないと、野田も一緒に連れて行く事になった。





「部屋は空いていますから歓迎しますよ」


 小田切と野田は十和子達のコテージの部屋を使う事になった、2人で一部屋なのだが不満は無いようだ。


「十和子さん突然すみません、この子を一人部屋に置いておく事が不安だったので」

「全然気にしないで下さい、野田さんも何か不便な事が有れば直ぐに言って下さいね」


 夕飯は別々に食べるのだが、私と涼子と森下は、森下の部屋に集まって、ジャンクな夕食を食べて居た。


「上級ダンジョンが有る場所は『あぶない部屋』って言うファッションヘルスっすね」

「ファッション??」


 流石に涼子は知らないようだが、私もどういう物かは知らない、そう云う場所に一度も足を踏みれて事が無い、とは言わないがヘルスには行った事が無かった。


「どうして小田切先生の友達は中に入れるんですかね、それも部外者を連れて」

「キャストなんじゃ無いっすか、女子大生のアルバイトって多いって聞きますよ」 


 北大生がすすきののヘルスで働くか?身バレが置きそうだし、仮に働くにしてももっと別の街に行くと思うのだが。


「スキルの力とか?」

「それはありそうだね、小田切先生に聞いても答えてくれなそうだし、聞くなら野田さんかな」

「買収するっすか」

「そんな事はしませんけど」


 確かに金で転びそうでは有る、コテージに泊まり続けるなら、野田と込み入った話が出来る機会も訪れるだろう。

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