第80話「うかれ気分でロックン・ルージュ」

 いつの間にやら夏の北海道合宿が決まってしまい、その報告を母に告げると、紀子どころか徹も一緒になって着いて行きたいと大合唱が始まった。


「お父さんが良いと言ったら、お兄ちゃんに着いて行っちゃいましょうか」


 いつもなら駄目よと一喝する母が、結論を父に委ねる、恐らくもクソもなく母も北海道に行ってみたいのだろう。


「十和子先輩に連絡してみないと駄目よね。聡志は、何処に泊まって合宿するか聞いてる?」

「まだまだ細かい話は決まって無いと思うよ、今日思いつきで話が纏まった感じだし」

「あらそうなの、先輩らしいわね、明星道場保護者代表として先輩に聞かなくっちゃ駄目よね。予算の事も有るし、次は金曜が道場が有る日よねそれじゃ遅いから明日お宅に伺ってみようかしら」


 母は盛り上がっているが、父がどう言うかまだ分からない。既に病院は再開していたので長期の休みが取れるのか微妙だ。



 北海道旅行に浮かれている母を、ひとまず放置すると残りの聖典を読むために、部屋に戻って鍵をかけた。

 昨日1ページ目を開けて断念した6巻を読み込む、巻の半分程までは相変わらず勇者がイケメンと懇ろになる話が続いていたが、後半部分で新たな登場人物が現れた。

 それは強力なスキルを持った冒険者で、男漁りをしていた勇者を叩きのめした、男装の麗人アルフォンタルス・ルミーだった。


 ルミーの姿形は美少年としか見えなかった、衣装は男物を着ているし、男装する為には邪魔になる胸元はごくごくお淑やかな存在だった。

 そのルミーは聖剣を片手にして、強力なスキルにものを言わせ、勇者と対等に渡り合える程の豪傑でおまけに美形なのだ。


 この際他の事はどうでも良く、注目に値したのは麗人ルミーの持つスキルに有った、私が知ってるものと同じスキルの数々が羅列されている、ここに来てようやく現実と物語がリンクし始めた。


6巻を読み終え7巻を読み進めて行くと、男同士の恋愛はなりを潜め、性描写も極端に減った。奥付を確認すると、焚書事件の有った頃だったので、作者が日和ったのか、何処かから圧力が掛かったのかそんな事が原因だろう。


 話の方は聖王国シュタイナーゼに、全く目撃された事の無い魔物が現れ、その原因を突き止めると言う話で1巻丸々使われて居た。

 チームリーダーは聖女のマリア、サブリーダーは勇者、参謀は大賢者、支援要員に大商人、護衛は転生騎士木蓮、第二王子と王子付きの近衛騎士、それに男装の麗人を加えた8人で行われた。


 物語も佳境になった8巻、とうとう魔物が氾濫した原因が突き止められる、勿論と言おうか当然の流れと言えば良いか、ダンジョンの存在が明確にされた所で8巻が終了してしまった。

永遠の未完とか、俺たちの戦いはこれからだとか、長い男坂を登っりする結果を、この聖王国シュタイナーゼ物語も迎えてしまったのだ。



「月の女神ルナリアムーン、本当に実在するのか」


 作中1巻から8巻まで随所に登場し、聖女マリアを導いた存在ルナリアムーン、ダンジョンの正確な位置を予見したり、討伐するための力を主人公達に与えたりもしていた。

ターミン先生の妄想が生み出した女神なのか、それとも啓示で示された存在なのか、気になる所では有る。


 聖典を読み終え、解った事はそう多くは無い、しかし読み終えたと言う達成感は有る、しばらくは教団との関係は現状維持で良いだろう。




 翌日の水曜日、森下に涼子と共に呼び出されたので放課後支店に向かう、今日はレベル上げが無いはずなのだが何の用件だろうか、まさかとは思うが春日部ダンジョン攻略に失敗したか。


「修学旅行や誘拐騒動で遅くなったっすけど5月分の給料っす」


 ああそう言えば10日が支払日だったが、バタバタしていたので忘れて居た。4月分の給与はほぼ基本給しか無かった為、そのまま修学旅行の買い物に使ってしまった、公務員時代にこんな散財をしてみたかったものだ。


「5月はいっぱいダンジョンに入ったから、楽しみだね」


 5月中は4回ダンジョンでレベルを上げた、それ以外に目立った活躍は記憶に無いから金額には期待できそうに無いのだが、確かに普通の感覚では大金だ。

封筒を開けて明細を確認した。


 基本給350千円

 危険手当120千円

 レベル上げ手当2550千円

 出張費200千円


 基本給だけの4月に比べると段違の差だ、株での儲けが無かったらウハウハだたんだろう、しかし今の私にすれば誤差の範囲だ。ミスリルの剣の売価を山分けした涼子にとっても、驚くような額では無いのだが。


「リュウ君これで北海道で遊べるね」

「そうっすよ北海道ですよ、何して遊べば良いですかね、そうだドラマでやってた富良野に行ってみたいんでした」


 札幌周辺で宿泊するなら、富良野なんて一日がかりの小旅行だ、北海道のデカさを舐めちゃいけない。


「それだと車が必要ですね」

「レンタカーは嫌なんで道警の車を借りちゃいましょうか」

「持っていけば良いんじゃないですか、『収納』で入るでしょ、最悪はJupiter号でも良いですよ。あれを森下さんが借りた事にすればいいじゃないですか」


 長い間『収納』して居て肥やしになっているJupiter号も、時が止まってはいるが、たまには動かしてやったほうが良いだろう。


「えっ、あの可愛くない車ですか、私運転するの嫌なんですけど、それにデカイだけで人数乗れませんよね」

「確か6人乗りです」

「まだワゴンを持っていった方が良いですね、アレなら9人までは乗れますし」


 森下は普通免許しか持ってないのだろうか、大型の免許を持っているなら出発までに、マイクロバスを購入しても良いだろう。


「森下さんって大型の免許はお持ちなんですか」

「まだ取れないっすよ、普通免許取ってようやく2年ですもん」

「大型免許って、誰でも受験できるんじゃないんですか」

「普通免許を取ってから丸々3年経過しないと受けられないっすね、室長から受験資格を満たしたら直ぐに取るよう言われたんで、間違い無しです」


 そんな罠が有ったのか、ならば肥後が持っている事に期待しよう、そう言えば肥後の姿が見えないが本部で勤務しているのだろうか。


「肥後さんは本部ですか」

「隊長達のお手伝いっすね、昨日は地下2階へ続く階段を見つけたって言われてたんで、今日はボス探しじゃないっすか」


 私達に相談無く勝手に肥後を取られた、肥後も肥後だ、私達に一言くらい相談が有っても良いと思うのだが。


「怒らないで下さいよ聡志君、剣人さんもダンジョン討伐に使命を燃やしているって事っすから」


 肥後が私達に強力した理由に、市民を護ると言う言葉があった、その為には法を犯す覚悟まで負っていたのだから、ダンジョン討伐に誘われたら1も2も無く返事したのかも知れないな。


「涼子ちゃん、北海道の夏は短いっすけど、海水浴くらいはできる場所も有ると思うんですよ。ですからこの間買いそびれてしまった、水着を買いに行かないと駄目だと思うんす」

「和美さん天才かも、いつ行く?今から?」

「買い物はユックリじっくり選べる時に行かないと駄目ですよ、夏休み直前の夏物バーゲンを狙いましょう」

「リュウ君楽しみだね」


 全く楽しみでは有りません。だが3人で行くなら救いが有る、特権でもコネでも何でも使ってデパートを貸し切ってしまえば良い、総理の命を助けたんだこのくらいの可愛いお願い聞いてくれる、いや無理矢理にでも聞かせてしまえ。


家に帰ると、やけにテンションの高い母がわざわざ私を、玄関まで出迎えてくれた、この反応は何が有ったのか聞けと言う事なので、素直に母に何か有ったと訪ねて見た。


「お父さんね、夏休み取れるんだって」


 たまりに貯まった有給と、北海道で学会が有ると言う事も重なり、十和子主催の夏合宿に同行する事を母に約束してしまったようだ。


「それで十和子先生はなんて言ってたの」

「合宿は7月の25日から8月の8日までの2週間で、合宿場所は先輩のお友達やってるコテージを借り切ってやるんですって。千歳と札幌の中間で西の里って言う場所で、近くにゴルフ場とプールが有って、温泉施設まで有るの」


 ゴルフね、市長の接待のためゴルフを覚えされられた、腕前は大した事は無かったが、今なら70を楽勝で切れるんじゃないだろうか。試しに広大な北海道のゴルフ場で、1ラウンドくらいは回ってみたい物だ。


「人数は大丈夫だったんだ」

「コテージって貸別荘の事でね、それが20も30も有って、1つのコテージにベットルームが4つ有って、私達家族で1コテージを借りる事も出来そうなのよ」

「行くのは家だけ?」

「涼子さんの所は声だけかけて見たけど、多分こないわね、他には武君の所も来るかも知れないって。武君のお母さんPTAで先輩と一緒だったらしくてね、道場でもボスママなのよ」


 武はタックンの事だろう、確か横田武と言う名前だったしかし横田か、あずみの弟って言う事は無いよな。市役所時代を思い出そうとしたが、あまりに色々な事が有りすぎて記憶に残って居なかった。


「タックンのおばさんがボスなんだ、そうすると母さんはどういう立場なの?」

「それは優秀な息子を持った、師範の幼馴染って言う立場ね」


 幼馴染だったのか、実家は近所だったがそんなに近しい間柄だとは思わなかった。


「飛行機の日程とか、そういう詳しい話がまとまったら教えて貰えるかな」

「逐一報告するわね、お父さんの学会の用意も必要だし、札幌にもホテルを手配してもらわないと駄目だから忙しくなるわね」


 そのまま過保護が終了してくれると助かる、札幌の支店の件森下に伝えただけでは不安だな、直接SDTF上層部に直談判してみるか。



木曜日、森下からダンジョン攻略隊1班が春日部ダンジョンを攻略したと言う連絡が入った、肥後の話を聞くために涼子と一緒に支店へと向かった。


「肥後さん怪我は有りませんでしたか」


 治療されていると見た目では判断出来ないが、今会った感じだと怪我をしているようには見えない。


「はいご心配をかけてしまいましたが私は怪我1つ有りませんでした」


 どうやら怪我を負うような事は無かったらしい、春日部ダンジョンの推奨レベルは15なので、言うほど心配はしていなかったが。


「他の人達はどうだったんですか」

「はい、軽症を負った隊員は居ましたが、概ね順調に攻略を完了出来ました」


 概ね順調と言うことは、順調では無かった事も有ったと言うことだろう、しかし肥後が話さないと言う事は私に話す出来事では無さそうだ。


「石碑の解読も終了済みなんですよね」

「はい、魔物から採取できる魔石の利用方法が書かれて居たようです」


 存在するとは思って居たが、SDTF内でも石碑を解読できるようになったんだな、これで1つ収入の口が減ってしまった。


「魔石って魔道具に使用する石でしたか」

「すみません、詳しい事は知らされて無いんです」


それもそうかと思い、森下に北海道の支店について、どこまで話が進んでいるか聞いてみた。


「隊長には話ましたけど、どうなってるかなんて知らないっすよ」

「藤倉課長か佐伯室長にお伺いを立てれませんか」

「無理っすよ無理、私なんて下っ端が恐れ多い、室長なら話す機会が無い事も無いっすけど課長は絶対に無理です」

「じゃあ私が会いたいって言っていたと、アポイントメントを取って下さい」

「了解っす。なる早で会える方にアポ取っときますね」


 森下が電話でアポを取ると、課長の藤倉が今直ぐにでも会えると言うので、本部の課長室で会う事になった。




「ご無沙汰して居ります緒方さん」


 藤倉と面と向かって話たのはミスリルの剣を売りつけた時以来だったが、顔を会わせるだけなら、SDTF本部内で何度がすれ違っている。


「ご無沙汰と言う程では無いような」

「首相の件では大変にお世話に成りました、うちの佐伯がだいぶ無理を言ったようで、それで今回は報酬の件でしょうか」


 首相の報酬ね、今の今ままで忘れて居たが、給与に上乗せしてくれるとかなんとか言われた気がした。


「北海道に支店を作る話を、夏までには進めて欲しいって言うお願いです」

「そちらの件でしたか、何か動きが有りましたか」


 動きが無いと作ってくれないのかよ、道内のダンジョンの事は本当におざなりにされているようだ。


「夏に剣道の合宿で北海道に行く物で、何か有る前に安全を確保して起きたかったんですよ」

「合宿と言われると、明星道場でと言う事ですか」


 私が明星道場に通っている事は周知の事実だ、今回の合宿は道場と言うよりも此花咲弥流の剣術合宿だが。


「それプラスうちの担任の小田切伊知子先生も一緒です、元は小田切先生が大学時代の旧友と、冒険に出ると言う話に乗っかった話なので」

「それは、厄介な事態ですね。解りました早急に札幌市内に場所を確保します、一点注意をして置いてもらいたい事が有るんですが宜しいですか」


 小田切の名前1つで支店の確保が確約された、大学時代小田切は何かしでかして居たのでは無いか、主に犯罪的な何かを。


「はい、何ですか」

「道警の協力は難しいと考えて下さい」


 道警と何か有るのだろか、以前弘岡が札幌署の警察官が無気力だと言っていた、あの後直ぐに警備の仕事があると東京に帰って行ったので、詳しい経緯は聞けて居ない。


「何か理由が有るんですか」

「緒方さんにしてみれば、下らない事だと笑われそうな事なのですが。派閥の力学で、道警とSDTFは仲が悪いと言う事なんです。勿論完全に仲違いしている訳では無く、応援を要請すれば答えてくれます。向こうの派閥に借りを作る形になるので、出来れば避けたいと言う事なんです」


なるほど派閥が関係していたか、3人居れば派閥が出来るのが人間社会、警察機構にない筈が無いな、公務員は持ち回りで部署を移動するので。完全に相手の言うことを聞かないなんて事は出来ないが、市役所にも派閥は存在した。


「解りました、なるべく警察のお世話に成るような事は避けます」

「何処に行っても警察沙汰は、なるべくでは無く完全に辞めて頂きたい」


確かにと思いながら、北海道での滞在先や合宿の日程などを話た、それとなくデパートの貸し切りの件も混ぜてみたら、検討しますと躱されてしまった。


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