第79話「聖王国シュタイナーゼ物語」

 色々有った修学旅行は終わって家に帰ってきた、しばらくの間は家から勝手に出られそうにない、自宅に到着した辺りで山田花子の姿が見えなくなった事が唯一の救いだろうか。


 家に帰って落ち着くと、修学旅行に出ている間の新聞を片っ端からチェックした、しかし総理の事も、誘拐の事も、病院に爆弾が仕掛けられた事も、何一つ記事にはなって居なかった。

 今日、NHKでやっていた国会中継で、総理が答弁を行っていたから、その後の経過は良好だったのだろうと思っておく。


「聡志送って行くわよ」


 日曜日、十和子の道場に向かおうとすると母がそんな事を言ってきた、私だけでは無く徹と紀子も同じ用に母の過保護が発生中だ。あんな事が起こった後だから仕方ないとはいえ、私は2人と違い小さな子供じゃ無いのだから辞めて頂きたい。


「涼子と一緒に行くから大丈夫だよ」


 涼子だけには総理の話と狂言誘拐の件について話している、秘密にしておく理由もないし、修学旅行中の公安の尾行に気付いても居たから構わないだろう。


「終わったら真っ直ぐ帰ってくるのよ」


 道場が終わった後、支店に寄りたかったのだがそれは難しいそうだ、今日の所は真っ直ぐに帰るとするか。




「聡志君これ預かって来ましたよ」

「何ですかそれ」


 道場に到着すると森下が紙袋を手渡してきた、ずっしりと重い物で中身をチッラっと確認すると本の束のようだ。


「何でも聖典らしいっすよ」

「室長からですか」

「そうっす」


 出来る事なら永遠に封印してしまいたいが、そういう訳には行かない、この同人誌にひょっとするとダンジョンの謎が書かれているかも知れないのだ。


「森下さんにもお土産を渡さないと駄目ですね」


 師範の十和子からは修学旅行の寸志を貰っていた、当然土産は購入していたし、普段世話に成っている森下の土産も同じく購入して来た。


「何で饅頭なんですか」

「甘いもの嫌いでしたっけ」

「大好物っすけど、仙台や福島って饅頭有名でした?」


 ずんだ餅が仙台の名産だったんじゃないかな、買ってきたのはアンコの普通の饅頭だが。


「日持ちして、それなりの量が有って、しかも何処でも買い易いって事ですよね、聡志さん」


 振り返ると十和子が居た、まさしくその通りで土産物を選ぶのが面倒に成って、同じものを必要数購入していた。


「美味しかったので買って来たでけですって、嫌だな十和子先生」

「甘い物平気になられたんですね」


 しまった、一口もしてないことがバレバレだ。


「しばらく竹刀を握って無かったので訛ったかも、師範一本お手合わせお願いします」



 みっちり一日十和子のシゴキに有った、最近は子供達に教えてばかりだったので本当に訛っていたようだ。とは言え、既に十和子とは腕の差が開きすぎていて勝負にはならない、私を竹刀をあわせて居たのは涼子と森下の2人だ。

 涼子に敵わないのは、端っから解っていた事なので1本も取れなかった事は良いのだが、短剣を使った動きに惑わされ、森下には5本に1本は取られてしまった。


 レベル差は殆ど無いとは言え、私は3ジョブ持ちのチート的存在で、森下は戦闘職ですらない御者、必殺技的スキルが有るとは言えまさか打ち込まれるなんて、流石は意外性の女、森下が1番の成長株なのでは無いだろうか。


 道場が終わる頃結局母が迎えに来た、私と涼子に合わせて帰る為、慣れない自転車を漕いできたらしい。ここまでされると一緒に帰らない分けには行かず、母と一緒に3人で帰った、森下から預かった聖典は『収納』でしまってある。


 食事や入浴を終わらせた夜のまだ早い時間に、ルナリアムーン教の聖典で有る聖王国シュタイナーゼ物語の1ページ目を開く。

 その同人誌には、素人が書いたとは思えないキレイな扉絵が書かれて居る、数ページ読み勧めていくと、この物語の主人公が聖女マリア・ヴィクトリアス・シュタイナーゼ姫殿下、と言う事が朧気に理解出来た。

 聖女マリアは王妃から生まれた王族だったが、双子として生を受け、双子を忌み嫌う風習から人知れず下町の教会に捨てられ、孤児として教会で育てられる。

 健やかに、美しく、そして正義感を持つよう育てられたマリアは、やがて将来を嘱望される教会の見習い修道女となって居た。


 ある日、冒険者として魔物と戦い怪我を負った青年が、教会で治療を受けて居た時マリアを見初めた。この青年正体実は最上位の貴族である公爵の長男ジークフリートで、親に反発して冒険者として、戦いの世界に身を置いていたが、マリアと出会った事で家を継ぐことを決意する。


 すったもんだが有って、ジークフリートは近衛騎士として第2王子付きに成る、この王子こそがマリアの生き別れた双子の弟だが、勿論そんな事は2人とも知らず、マリアの事を知った王子はマリアに恋心を抱く。


公爵令息、第2王子、幼馴染の大商人の息子、異世界から転生してきた騎士木蓮、聖王国を支える宰相大賢者リュウズワルド、それで最後の最後、真打ちとして登場し、暗黒神ブラックルシファーの息子にして破壊と再生を司る神シバムーンの加護を得た勇者クロノ。

 6人が6人ともマリアに夢中で、取り合いの逆ハーレム状態が発生する。

 最終的にマリアを娶ったのは、暗黒神ブラックルシファーを討伐した勇者クロノだった、ここまでだったなら私も分からないでも無い。

 少女小説にありがちなパターンだ、ただこのシュタイナーゼ物語がPTAから目の敵にされ、焚書まで行われた理由はこの続きのストーリーに有った。



 聖女マリアと大恋愛の末、競争相手を蹴落とし結婚した勇者クロノだったが、結婚してから僅か2週間で、恋の競争相手だった男たちとねんごろになって居た。

 それは凄まじい有様で3日に1は物にしていた、同人らしく肉体関係ありありの酒池肉林だった、その光景を主人公マリアは陰ながら怒りもせずに「尊い」と言いながら見守るのだ。


 更に時間が経過すると、その現場にマリア自身が踏み込み、男たちの挽歌に混ざるのだ、しかもマリアの股間には作中随一の巨大なナニが生えて来て、浮気相手をクロノと共に蹂躙するのだ。


「これ絶対駄目な奴」


 4巻目を読み終えた所でそっと聖典を『収納』にしまった、今日、これ以上読み進めるには私の精神は幼すぎ耐えきれなかった。


 残りの聖典は5巻から8巻までの4冊、SDTFの関係者や教団に命を救わっれた人達も、この同人誌を読んだのだろうか。

 肝心なダンジョンについては4巻までの同人誌には記述されていなかった、続きは明日以降に読むとして、これ以外の同人誌についても読んで置いた方が良いのだろうか。


 月曜日、登校すると修学旅行の余韻がまだ残っていた、そんな空気も授業が始まるにつけ、だんだん薄くなって昼休みにはいつもの日常がやって来た。


「リュウ君なんだか顔色が悪くない?」

「昨日寝付きが悪かったからかな、大丈夫身体は元気だよ」


 精神的にはかなり疲れて居たが、体調は悪くない。


「明日道場行けそう?」

「勿論、明日は流石に母さんは来ないと思うから、支店に寄ってから行こうかコスモ君と肥後さんにお土産渡したいし」

「そう言えば2人には渡して無かったね」


 午後からの授業は軽く聞き流して過ごし、家に帰ると気合を入れて5巻目を手に取った。


 初っ端、1ページ目から勇者クロノが大賢者に乗っかって居た、しかも正面から抱き合って居るので、穴の位置がおかしい。

 この体勢で行為をするためには第3の穴が必要に成ってくる、たーみん大先生にその辺りの知識が薄い為か、過激描写想像で書かれているのだろう、何かが違っている。


5巻の中身は概ね、勇者クロノが次々と男性登場人物を落としてくだけの内容で、最初の設定に有った、邪神の息子が勇者として神の加護を得た事に対する苦悩という物は、完全に忘れされてしまったようだ。


夕飯が出来たと呼ばれたが食欲がわかない、それでも食べないと心配を掛けるので無理して全部食べた。


夕食後に6巻を読もうとしていたのだが、最初の1ページでお腹いっぱいになり、今日の所はここで許してやるかと本を『収納』すると、横になって早めに就寝した。




 火曜日、学校を終えて家に一度帰ってから東兼支店に移動する、母さんには昨日の内に森下の所に寄ってから道場に行くと説明していたので、着いてくるような事は無かった。

涼子と2人東兼支店へと移動すると、わざわざ森下が外に出て出迎えてくれた。


「聡志君のお母さんに2人をよろしくって頼まれたんで、車で送って行きますよ」「そんな事になってたんですか、森下さんにはご迷惑をおかけします」

「なんか今の他人行儀で嫌っす」


 森下に対して少し硬い言葉を使いすぎたか、最近ますます涼子が森下に懐いているので、私の態度が浮いて見えるのかも知れない。


「まあ良いっすけど、中に入ってお茶を飲んで下さい、コスモ君と剣人さんが待ってますよ」


 森下の勧めに従って中に入ると、コスモ君と肥後さんに修学旅行の土産を渡した、やっぱり2人に渡した土産も饅頭だったけど。

 少しお茶を飲んでほっこりしてから、肥後と森下に安倍の事を聞いてみた。


「安倍民子さんですか聞いた事は有りませんね、その人が緒方君の探していた安倍マリアさんだったんですか」

「安倍さんが神託のマリアさんとは限りませんが、当人は聖女マリア・ヴィクトリアス・シュタイナーゼ殿下と自称して居ましたね」


 聖女マリア・ヴィクトリアス・シュタイナーゼの名前を聞きつけて、森下がすこし驚いた表情になった。


「それってルナリアムーン教会のお偉いさんっすよね、聖女様の話になると隊長の機嫌が悪くなるから名前だけは覚えて居たっす。聖女様の本名は民子だったんですね」


 肥後はダンジョンに関わる前から、ルナリアムーン教団の事は多少知っていたらしい。警察官として一応注意を払って居ただけで、数有る新興宗教の1つに過ぎないと思っていた、それが本物の奇跡を扱えると知って、ルナリアムーンの勢力拡大の速度が異常な程早かった理由を理解した。


「お二人はダンジョンで教団の人と会わなかったんですか」

「聡志君のチームに入ってからは無いっすね、怪我なんて誰もしなかったし、聡志君の方が回復魔法得意でしょ」


 それもそうか、そう言えば肥後の怪我を治したのも私だったし、江下達の酷い怪我を治したのも私だった。


「教団の聖職者は、押し並べてレベルが低いと考えて良いでしょうか」

「緒方君、私達のレベルが高いと言った方が正解だと思います、私がコスモ君と一緒に支店の設置に回っていた時には教団の方々と、工作隊のレベル差は有りませんでした」


 SDTFと公認冒険者のレベル上げを行った事により、相対的に教団のレベルが低くなってしまったと言うことか、もし教団からレベル上げの依頼が来たらどうしようか、善良そうな人達だから受けざる得ないか。


そろそろ時間と成って道場に向かって練習を始める、コスモはタックンと一緒に竹刀を振るっている。

 コスモも私と同じレベルな訳で、タックンでは相手にもならない、2人で稽古をする時にはコスモが上手く手加減していた。


「先生どうして居るんですか」

「ちょっと腕試し的に、2人に揉んでもらおうかと思ったのよ。夏休みに北海道に遊びに行くんだけど、そこで大学時代の仲間たちと一緒に冒険しようって約束しちゃったの」


 夏休み、冒険、仲間か、普通なら大学時代の仲間たちと遊びに行くと言う風に聞こえるが、文字通り本当にダンジョンへ冒険しに行くのかも知れない。

 私が関わるべき事では無いかも知れない、しかし小田切は悪い教師じゃ無い、ダンジョンに潜るつもりなら多少の手助けはしてやりたかった。


「伊知子先生、北海道に遊びに行くの?良いな私もまた行きたい」


 いつの間にやら涼子が、小田切の事を名前呼びしている、涼子は距離感が詰まると名前で呼ぶ習性が有るらしい、その事に気づいたのは最近の事だが。

 小田切の名前を呼んでいると言うことは、何処かで涼子と小田切が仲良くなったと言う事だが、涼子が小田切に心を開いていたとは今日まで知らなかった。


「2人なら私が連れてって上げても良いんだけど、在学中は拙いわよね。どう思います十和子先生」

「私にそんな事を聞かないで下さい。ですが涼子さんと聡志さんには道場の事でお世話になって居ります、此花咲弥流の合宿を北海道で行うのも良いですね」

「十和子師範私も行きたいっす」


 森下も一応此花咲弥流の門下生だ、此花咲弥流の合宿と言うのなら参加する資格は有るだろう。


「森下さんお仕事休めるんですか」

「有給がまるっと残ってるから無問題っす、それに聡志君と涼子ちゃんが行くなら室長が許してくれるっす」


 SDTFの話を出すかと思ってヒヤヒヤした、何故私と涼子が参加すると森下が上司から休みを貰えるのか、十和子と小田切から疑問の声が上がるのかと思ったのだが、森下の話だったのでスルーされたようだ。


「北海道旅行楽しみっす、私北海は行った事ないんすよね」

「もう行く気に成ってるみたいですけど、ただの雑談ですよ。そろそろ休憩は終わりにして練習の続きをしましょう」


 私が面を着けて小田切と模擬戦を行おうとしていると、十和子が私の発言を否定した。


「雑談だなんて聡志さん、私も久しぶりに北海道に行く気ですよ。聡志さんも涼子さんも参加して頂けますよね」

「十和子先生ありがとう」


 涼子が十和子に抱きついてお礼を言っている、これは北海道合宿が決まり、盛大なフラグが立ったように思う。まだ北海道ダンジョンの事は何一つ解って無いのだ、SDTFの藤倉か佐伯に連絡して、早急に支部を作ってもらわないといけない。


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