第68話「大爆発」

「後の処理は我々が引き継ぎますよ」


 黒服のスーツを着た男たちの正体は、公安の淡路達だった。


「私はずっと見張られてたって訳ですか」


 淡路達の気配には最後まで気づけなかった、私のスキルでは敵対者か危険物しか察知する事が出来ない。


「まさか、そんなに暇じゃ無いですよ我々公安も」

「じゃあこのタイミングで現れた理由ってなんですか」


 いい加減な言い訳で煙に巻かれそうだったので、思わす熱く反論してしまった。


「そう熱くならないで下さいよ、勿論理由は有ります、危険人物の行動監視は公安の専売特許でしてね。中町町子の仲間で有るらしい小田切伊知子をマークしてたんですよ。緒方君の跡を着けたのは単なる偶然です、呼び出しの手紙に小田切の名前が有ったでしょ、だからですよ」


 つまり跡を追ったのでは無く、先んじて花村達を観察していたと言う訳か、花村達をどうするつもりなのかは解らないがフルスモークのワゴン車に、花村達を次々と詰め込んでいく。


「緒方君、彼らをどうするつもりだったんですか、こちらでもみ消すにしても限度が有りますよ」

「ダンジョンに捨ててこようかと」


 私がダンジョンの話をすると淡路が不思議そうな表情で問いかけて来た。


「冒険者以外が入れない事はご存知ですよね、我々も何度も試しましたから間違い無いです」


 それはまあ普通じゃ入れないだろうさ。


「持って行って捨てる事なら出来ますよ、公安だってSDTFの協力でやってるもんだとばかり思ってましたよ」

「それは・・・一体どう言うことですか」


 淡路の声のトーンが1段下がった。


「文字通り捨てるんですよ、『収納』してから捨てれば、現行法じゃどうやっても罪に問えませんよね」


 私が言う捨てると言う言葉のアクセントを強調させると、淡路もようやくその意味を理解してくれたようだ。


「そうですか、そうですよね。どうやら藤倉課長の見立ての方が正解だったようです。江下さんより緒方君の方がよっぽど適任者だったと言うわけですね」


 何を言いたいのか聞きたい所だったが、淡路には他に聞いて置きたい事が有る。


「結局中町町子とは何者なんですか」

「最初は過激派の中心人物だと考えて居たんですよ、北大には赤軍残党のシンパが居たので。しかしどうやら違うらしいと言う事が最近解りましてね、あんな大げさな話をしておいて何ですが、正体はまだ掴めて無いんですよ」

「中町と小田切が仲間だって言う話は?」

「そっちの方もどうもね、確信は有るのですが証拠が出てきません。特に今年度から緒方君達の担任になって、我々も動くに動けなくなりましたので」


 秘密裏に小田切を探ろうとしていたらしいが危ない事をするもんだ。


「淡路さんの勇気は買いますけど、小田切先生の逆鱗に触れたら公安が50人100人束になっても殺されると思いますよ」


 淡路は私の言葉に驚きもせずに居る、ある程度小田切の正体を看破していたのでは無いだろうか。


「ではやはり小田切は冒険者なんですね」

「公安は『鑑定』もしてなかったんですか、レベル29の魔物使いらしいですよ。北条さんに匹敵するレベルですからねスキル次第では見張りがバレてるんじゃ無いですかね」


 公安とSDTFはズブズブの関係かと思っていたのだがそうでも無いらしい、特に貴重な能力を持つ安達の派遣は簡単には行かないようだ。


「レベル29ですか、それは札幌の下級ダンジョンだけで到達出来る域ですか」

「札幌ダンジョンは攻略済みだったんで無理でしょ、他のダンジョンにも潜ってたんじゃ無いんですか」


 下級ダンジョンをグルグル回っていると強制的にボスとエンカウントするようだし、あそこでレベル29まで上げる事は難しいだろう。


「こうなってくると既に公安マターでは無くなりそうです、ここの後始末と彼らの事は家族を含めて任せて下さい。お送りしましょうか」

「目撃者を出したくないので飛びますよ、その前に連絡先だけ教えて貰えますか」 


 淡路がメモ帳の1ページを破いて電話番号を2つ記載する、1つは030で始まる車載・携帯電話の番号でまだ10桁しか番号が無い、もう一つは馴染みの固定電話への番号だった。


「SDTF経由で連絡を取った方が良かったですか」

「我々とSDTFは別の組織ですから、出来れば辞めて欲しいです」


 私は東兼の支店へと一旦飛んだ、自宅前は見張られて居ると『瞬間移動』がバレそうだから飛ぶのは辞めて置いた。

 支店の中には誰も居ないようだ、肥後はこの時間なら本部に居るだろうし、森下は溜まった書類の整理に追われて居ると言っていた。


 ざわついた気持ちのまま制服をすべて脱ぎ捨て『収納』するとシャワールームに飛び込む、身体と髪を隅々まで洗うと今まで来ていた物とは別の制服に着替え家に帰った。


 次の日、何事も無かったように涼子と一緒に学校へ登校する、今日からは朝練が始まるので甲斐と沙耶とは別々だ。

 昇降口で上靴に履き替え教室に移動するとあずみに涼子と共に捕まった。


「ねえ聡志君南が昨日から帰って居ないって話聞いた?」

「南って誰?」

「南弘道よ、捨吉達と昨日一緒に帰った南、小学校6年間一緒だったじゃない」 


 昨日最後に命乞いをしていたやつが南だったのだろうか、そう言われても名前を覚えてすら居なかった。


「涼子知ってる?」

「昨日バーガーランドで見たよ」


 そうか一瞬同じ学校の制服を来た奴を見かけたがアレは南だったのか。


「ふーん」

「聡志君軽いよ」

「興味無いし」

「うちお母さんがPTAの役員やってるでしょ夜中に電話が掛かってきて大変だったんだから」


 南だけでは無く6人全員が帰らぬ人となったのか人知れず何処か遠くの街もしくは国連れて行かれたのか、私が知る必要の無い情報では有る。


「その話お母さんに伝えても良い」

「面倒だから嫌かも」

「でも警察沙汰になったら色々聞かれると思うよ」

「そうなったら見てないって言うから大丈夫」

「えっ、嘘を言うって事なの、それじゃあ私が疑われたりしない?」

「あずみちゃんも黙ってたら良いじゃん、花村の手下なんて関わりに成りたくないし」

「そっか、うん私も口にチャックをしておく、捨吉が何かやったかも知れないしね。うん、絶対、私、話さない」


 あずみが秘密を持ち続ける事なんて出来ないだろう、うっかりあずみの話が警察に漏れたとしても、その情報は握りつぶされると信じよう。



朝のホームルームの時間になっても小田切がやって来る気配がない、そうなると何事かとクラスの中が騒がしく成る。このまま黙って班決めを初めてやろうかと思い私が教壇の前まで進んでいくと血相を変えた教頭が教室の中に入ってきた。


「この中に昨日の放課後、川合、下村、笠間、熊田、荻野、南を見かけた者が居たら名乗り出なさい」


そんな言い方して名乗り出るような奴は居ないだろう、と思いながら数分が経過した、やっぱり誰も反応しないので教頭が教室を出ようとしたので肩口を掴んで引き止めた。


「緒方君、君は何か知っているのかね」

「いえ、小田切先生が来ないのでどうした物かと。昨日班決めと委員会の役員を決めるよう言われてたんですが、それに教科書運びを手伝って欲しいとも言われました」

「ああええっと、直ぐに小田切先生をこちらに向かわせるのでそのままで自習をしておいて下さい」


 自習って教科書も無いのに何を自習するんだか、小田切が来ると言うなら大人しく待っている事にした。


「やっぱり何か有ったのよ、南だけでじゃなくて捨吉軍団全員の名前が上がっていたもの」

「肝心の花村の名前は無かったね」

「警察に捕まったかヤクザの事務所に殴り込みを掛けたんじゃない」


 直ぐに来ると言っていた小田切は3時間目が始まってもやって来なかった、他のクラスの様子もおかしいので教員全員が対応に追われて居るのかも知れない。



 小田切が教室にやって来たのは、4時間目がそろそろ終わると言う時間だった、疲れた表情を見せた小田切が教壇で本日の授業は午前中で切り上げ、集団下校を行って貰うと宣言した。


「あの先生部活はどうなるんですか」

「今日は中止です明日以降の対応については連絡網を回します」


 給食も中止になったようでグランドに生徒全員が集められた、それで地区ごとに集まって下校するのだが、まさか中学で集団下校をするような事になるとは思わなかった。

 下校中花村達の事を涼子に話すわけにも行かず、差し障りの無い話題を延々と話続けた。


 自宅に到着すると珍しく母が玄関まで出迎えてくれる、既に紀子も徹も帰って来ている、低学年の紀子は兎も角徹も自宅に居ると言う事は何か有ったのだろうか。


「おかえりなさい、帰り道大丈夫だった?」

「何か有ったの?」

「それが大変なのよ、今テレビのニュースをやってるから聡志も見なさい、その間にお昼御飯を用意しておくから」


 着替えもせずにリビングに入るとテレビの前には紀子と徹が釘づけてになって視聴している。私もテレビの画面に目をやると、見慣れた場所が黒焦げに成って無残な姿に変わっていた。


「これって病院の近くだよね」

「そうだよお兄ちゃん、お父さんの病院の直ぐ近く。ヤクザの事務所が爆発したんだって」


 ニュースの音声を聞いていると爆発したのは花村の親父の組事務所、周辺の被害は数件窓ガラスが割れ隣の倉庫の屋根と壁が吹き飛んでいた。


「父さん大丈夫なのか」

「お母さんが連絡取ったって、怪我も無いみたい」


 これ公安の連中がしでかした後始末って奴なのか、いくらなんでもやりすぎなのでは無いだろうか。


「病院もガラスが割れたんだって、けが人も居るみたいだし怖いわよね」


 昼の支度をしている母が、ダイニングテーブルに食器類を並べながら、そう話しかけて来た。私は制服の上着だけ脱いで母の手伝いをしながら事の経緯を聞き出した。


「ヤクザ同士の抗争が有ったんですって、それでまだ捕まってない組員が居るから学校は急遽休校になるってニュースが流れてたのよ」

「病院から学校って結構離れているよね」

「何処に逃げ込むか解らないからじゃないの、私もテレビの情報しか無いからハッキリとした事は知らないのよ」


 昼食を4人で取り終えた後、私は部屋に移動すると着替えて衛星電話を取り出し昨日教わった番号に電話を掛けた。


「緒方君ですか、誰からかと思いましたよ」

「昨日の事なんですが」

「花村君達の事なら処理を終えましたよ、心配なさらずとも皆さん生きておられます」


 本当かよ、少なくとも花村と川合とか言う奴は、死んでも構わない勢いで攻撃を仕掛けたのだが。


「生きて居るんですか」


  弥生の写真の事を思い出すと花村達には、相応の報いを与えてやらねば私の気が済まない。この際弥生の気持ちは関係無いのだ、私の憤りが花村達に罰を与えよと訴えかけて来る。


「ええですが緒方君の前に姿を現す事は二度と無いですがね、その辺りの事は親御さんも納得されてますよ」

「電話越しじゃ無くて、直接お会いして事情を聞く事は出来ませんかね」


 弥生の話をするには電話じゃどうも気持ちを伝えきれない、そう思い会えないかと聞いてみた。


「そうですか、私は緒方君達のように何処でも自由に移動出来る能力が有りません。ですから何処かで待ち合わせと言う事に成りますが、家を抜けられますか」 


 普段ならどうとでも出来るが、流石にヤクザの組員が逃走している今は母が許さないだろうし、私も母に心配を掛けるつもりは無い。


「東兼に有るSDTFの支店は駄目ですか」

「SDTF関連の施設は出来れば辞めて頂きたい、それならいっそ梅田の喫茶店にしませんか」


 梅田の喫茶店と言うのは、梅田ダンジョン近くに有る純喫茶と呼ばれるタイプのレトロな店の事だろう、時々休憩がてら立ち寄って居る。


「私は構いませんが、淡路さん今大阪なんですか」

「ええまあそんな所です、では午後3時に純喫茶やどり木でお待ちしています」


 15時に大阪か、外に出る言い訳を考えないと駄目だな病院方面に向かう事は論外、学校ですら早々に生徒を帰したのだ、学校方面に向かうのも駄目だろう。比較的安全なのはうちの近所と言う事になるか、駄菓子屋にでも行く事にしておこうか。


 頃合いを見計らって1階のリビングに移動すると、母が紀子と一緒にテレビに釘付けに成っていた。


「何か動きが有ったの?」

「逃げてた組員が駅前の酒屋さんに立てこもったのよ」


 駅前の酒屋?駅前にそんな所有っただろうか私もテレビの画面を見ると、映し出されて居た場所は東兼で1番最初にコンビニが出来た場所だった。

「駅前以外は安全そうだね、田丸屋まで出掛けて来るよ」

「おやつなら有るけど」

 田丸屋は駄菓子屋で、1つ5円の商品から取り扱っている、アイスクリームや缶ジュースなんかも売っているのでコンビニが出来るまでは買い物に立ち寄って居た商店だった。


「缶コーヒーが飲みたくなってね、それに的当に摘める物も買って来ようかと」

「早く帰って来るのよ」

「勿論」


 紀子が着いてくるかと思ったが、テレビから流れるニュースの方が気になるらしく着いてくるとは言わなかった。


外に出ると早速梅田に飛んだ、梅田支店には何人かのSDTFスタッフが居たが、見咎められる事無く純喫茶に向かった。

 店の中に入ると警察官とは思えない程派手な服を来た淡路が手を振ってくる、淡路の存在に気づいた私は淡路の目の前の席に座った。


「お待たせしました」

「約束の時間まではまだ15分有りますよ」


 私は店員に珈琲を頼むと早速今回の件に着いて淡路に質問を始めた。


「予定に無い事で事態を収集するのには苦労しましたよ、ですが電話でお話した通り彼らの処分は無事に完了しました」

「それはありがとう御座いますとうべきなんでしょうね。そんな事よりもですね、花村組の組事務所爆散してますけどアレって公安の仕事なんですか」

「半分正解で半分不正解ですよ、花村組は上部団体に圧力を掛けて解散に追い込んだんですがね。まさか手製の爆弾で自爆するとは思いもしませんでした、あんな4次団体の組が爆発物を所持しているなんて想像もしませんでしたよ」


4次団体と言うからには上部組織が幾つも存在するのだろう、公安はその上部組織に働きかけて花村組を解散に追い込もうとしたようだ。


「酒屋に立てこもった組員ってのは?」

「花村組の構成員ですよ、私達は感知しておりません」


 花村組の事は最早どうでも良い、問題は花村達がどのような状況で過ごしているのかと言う事の方が問題だ。


「花村捨吉は今何処で何をしているんですか」

「治療中ですよ、見事に股間の玉と一物が破裂してましたので、少なくともこの先の人生で彼が性犯罪者になる事は無いですよ」


 潰れて居たか、そのような感触はたしかにあったが、それだけで花村と取り巻き達のした事を許せそうには無かった。


「他の6人は」

「川合は脳挫傷で寝たきりに、下村は下半身不随に成ってます。右手首を握りつぶされ肘がグチャグチャになっていた荻野は、右肘から先を切断しました、それでも川合と下村よりはましですがね」


 怪我の具合からして、私が直接手を下した連中はそれなりに重い障害を負ったようだ、いい気味とは思わないが代償を支払わせる事は出来たようだ。


「笠間と熊田は軽い怪我を負った程度で元気ですよ、南に関しては外傷すら有りませんよ」

「笠間と熊田と南は今後どうなるのですか」

「私達の存在を忘れて貰って親元に帰しますよ、忘れて貰うのは花村達も同じですが」


 記憶を消すのか・・・そんな事が出来る科学力が存在するのだろうか。


「疑いですか、まあそうでしょうね。薬を使って脳を破壊する事も出来ますが、確実では有りませんから。緒方君や冒険者の皆さんになら、確実に実行する方法に心当たりが有りますよね」


 私だけなら兎も角冒険者と言う固有名詞が出たからには、何かしらのスキルで心を壊すのだろう。

 つまりは公安の中にもジョブを持った人員が存在すると言う事なのだろう、取り込まれないように気をつけなければ。


「佐伯弥生の事について何か尋問はしたんですか」

「ポラロイドの少女の事ですね、勿論話してくれました。裸に剥いて写真を取ったり口や手は使ったようですが純血は守られたようです、かなり激しく抵抗したと言う事ですから。花村の一物を噛み切ろうとしたらしいですよ」


 脅しの為に写真は撮られたが、現像に出せないのでポラロイドだけのようだ、ネガが無い為複製は出来ない。反抗したことでかなり酷い暴力を受けたようだが弥生の貞操は守られた、弥生が休んでいる原因の1つに怪我の治療と言うものも有るらしい。


「6人の親に佐伯さんの所には治療費と慰謝料を振り込ませました、それに6家族とも本州から出て行かせますので会うことも無いでしょう」


 親兄弟までも引っ越しを無理強いするらしい、こんな事憲法にすら違反するのだが、公安の手段としてはよくある事のようだ。


「小田切伊知子の能力を教えて下さったお礼代わりだと考えて下さい、私達公安は小田切の件からは手を引く事に成りましたから」

「もう見張りは辞めですか」

「はい、中町グループに関しても放置です、そのうち札幌にも支店が出来て緒方君に解読の依頼が行く事になると思いますよ」



 そろそろ駄菓子屋に出掛けて来るには限界の時間と成った、聞きたい事はおおよそ聞けたので淡路と別れ、缶コーヒーとおみやげのたこ焼きを買って家に戻った。


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